社畜転生録 ~前世社畜は、自由気ままに過ごしたい!~

アスパラガッソ

第1話 「赤ちゃん?」

 俺はいつものクセで目覚ましよりも前に起きる。


 そしていつものルーティーンと、いつもの日常が始まる。


 そしていつも会う家族達と挨拶とも言えない挨拶を交わして、いつも食べるご飯、みそ汁、昨日の残りモノを、いつもの朝のニュースを観ながら完食する。


 そしていつもの時間に家を出て、いつもの時間の電車に乗って、いつもの仕事場へと向かう。


 そしていつもの同僚と仕事をして、いつもの上司に怒られて、いつもなら残業のところ、奇跡的に午後10時に仕事が終わったあと、いつもの帰り道で帰宅していたところだった。



 あぁ、今週もまた何ら変わらない週末を潰して、無駄に余生を過ごしていくんだろうな。


 あれ、俺って何の為に身を削って、時間を削ってお金を稼いでるんだっけ?


 自分の為?違うな、俺の人生が始まってから一度も自分の為にお金を使った事なかったな……いや一度もってのは嘘か、小学生の時は自分の為にお金使ってたな……あれ、何の為?


 家族の為?これも違うな、家族とは家で一緒に暮らしているだけで、ろくに会話も交わさないし家族同士誕生日プレゼントで祝ったりもしない……あれ、何の為?


 あれ、俺って何の為に働いてるんだ?何の為に身も心も削って、鬱病発症して、それでも上司に鬱病は甘えだって言われて、出社して……あれ、何の為?


 社会の為?いや、上司に散々お前がいなくとも社会は回るって言われてるし、あれ?あれ?何の為?そもそも何で俺理由なんて探して……これ、なん―――あ、通知だ。



 ――――――――――――――――――

 件名:大事な話

 ―――――――――

 何て言っていいか分かんないけどよ、俺結婚したんだよね。

 だからさ大学時代の友人、いや親友として結婚式に来てくれよ!

 どうせお前の事だから仕事が~って言うだろうけどさ

 その上司?も結婚式ぐらいは許してくれるだろ?

 な、結婚式来いよ!日程はあとで電話で話そうぜ!

 他にも色々積もる事もあるだろうしな!


 ―――――――――――――――――――



 えーと……誰だっけ?


 あ……このメアドは丸尾か!久しぶりだなぁ何年ぶりだろ。


 仕事始めてからほとんど連絡取れてなかったけど、アイツ結婚したのか。


 そっかこういうお金の使い方もあるよなそりゃ……あー、俺マジで何やってたんだろ。


 いやでも結婚式には行けないと思うな、だって仕事あるし、返信はあとでいいか。



『間もなく……2番線に普通電車~~行きが到着します』



 やっと電車来たか。



「ちょ、お前止めろよ!」


「あはは!良いだろ?」


「お、ちょ!ダルイって!落ちるって!」


「うぃ~」



 今日は早く帰れたから、明日こそ休みの日―――。



「あ、すんませ……」


「あ」


「キャーーーー!」


「おい、人落ちたぞ!」


「マジか!」



 え、人が落ちた?いやこれ俺か……あれ、身体が動かねぇ……ヤバくねぇかこれ、俺、マジでか、マジで死ぬぞこれ。



「あぁ……うぅあ」



 ダメだ。


 落ちた時にどっか当たり所が悪かったのか、身体が動かねぇ……指先が辛うじて動くくらい……



「おい!早く起きろ!」


「誰かボタン押して!」



 動かねぇんだよ、身体。


 てかお前が押してくれよ……この世にもう夢と希望はないけどさ、ただ漠然と生きてれば良いからさ、まだ死にたくねぇよ。



「誰か助けろよ!」



 今更後悔したって遅いってか?こんな終わり方誰が予想したよ。


 俺はまだ、俺にはまだ明日があるって思ってた。


 思ってただけか……あぁ、いつも通りに仕事が終わってたらな。



「寝てんのか!早く起きろよ!」



 確かに俺は大学卒業してからずっと同じ事の繰り返しだったけど、休日も年末年始もほとんど仕事漬けだったけど、いつかは報われるって信じてたから……。


 なんの目標も無く生きてきた結果がこれか?あまりにも酷過ぎるだろ。



「あ、もうダメだ!」



 あ、もうダ――――



「あぁ……うゎっ。ぎゃっ」



 うわ!眩し、い?


 あれ、ここ……どこだ?部屋の中?


 俺は確か、さっきまで駅に……そうだ!あんの馬鹿野郎共のせいで線路に落ちて、それで……死ん、だ?


 いや、でも生きてるぞ?


 もしかして、電車で轢かれても死ななかった?そんなことあるのか?



「―――――、――――……―――!――――」


「――――、――!―――――――……―――――」



 なんだ?横から何か喋り声が聞こえる。


 でも、少なくとも日本語じゃないな……四方は白い布?の壁で、その外の様子はどうしても見れなかった。


 ここはどこだ?……ダメだ。


 事故の後遺症か、上手く身体が動かせないせいで左右しか見れない。


 俺は本当にどこにいるんだ?いや、そうか……言葉は通じなくともこの向こう側に呼び掛けれるはずだ。



「おぁあう!あぅあー!」



 は?



「あぅ?」



 待て待て、あれ?


 もしかして事故の後遺症って俺が思うよりもヤバい?


 確かにさっきから手足の感覚有れど、感じる感覚の大きさや長さが違う気がしてた、けどそれに目を瞑ったとしても、発声もまともにできないくらいの後遺症ってこと?


 いや、まぁ電車に轢かれたらこんくらいの後遺症にはなるか?


 っていうことは、日本では治せないからもしかして海外に?


 だから言葉が分からないのか?


 でも、あぁ!ダメだ、解らん!……とりあえずは謎だ。


 そもそも情報が足りな過ぎる。



「――――?――――――――!」


「――――、――――?」


「――、――――――!」


「あぁう!?あぁ……?」



 俺の呼び掛けが聞こえたのか、向こう側から足音が聞こえて来て、その声の主らとご対面、そこで驚いたのはその衣服、彼らは何世紀か前のヨーロッパを題材にした映画に出て来る薄い赤色の民族衣装みたいなのに身を包んでいた。


 それに対して驚いているとそこから更に驚いた出来事がそのすぐ後にあった。


 それは、なんと彼らの内の1人の金色の髪が綺麗な女の人が、俺の事をヒョイっと軽々持ち上げて、顔を近づけたりしているのである。


 確かにあまり栄養を取っていなかった俺の身体は、平均体重よりも少なかったが、まさかそんな赤ちゃんを持ち上げる……よう、に……え?


 持ち上げられて顔を近づけられた時に、無性に恥ずかしくなって横に目を逸らした瞬間、そこには鏡があり、そして鏡の中の推定俺はまるで、いや、完全に赤ちゃんの姿をしていた。



「あぁあうあーー!!?」


「――――!?―――、―――――?」


「――――――――……――――」



 俺がそれに対してビックリして叫んだのに驚いたのか、女の人は心配そうな声で喋ると、俺を藁で編まれた推定ベビーベッドに戻した。


 なるほど、確かに俺が赤ちゃんになったという結末なら全てに説明がつくし、俺はもしかしたら、赤ちゃんになっているのかもしれないという推測はあったが、あまりにも現実味も突拍子もなさ過ぎて困惑が収まらない。


 分かった、俺が赤ちゃんなのはこの際無理矢理飲み込んでしまおう、だって考えたって仕方ないし、これはもう変わらない事実なんだから。


 そこで問題なのがここはどこで何時代なのかって話、服装やさっきチラっと見た家具から推測するに、俺が以前生きていた時代から多分相当昔の時代に生まれていると思う。


 それでここは少なくとも日本じゃないどこか海外で、その中でも候補地として挙げられるのは、服装からしてやはりヨーロッパのどこかということだ。



 あれから数日経ったがこの赤ちゃんライフは、一般的成人男性の精神ではあまりにも恥辱が多すぎることに気付いた。


 まずは、この我慢する事を知らない括約筋共のせいで生じるおむつの交換だろ?


 それと感情のブレーキがぶっ壊れてるのか、些細な事で泣いてしまう年相応の涙腺だ。


 生前の俺は涙が枯れ切った砂漠地帯の涙腺だったからな、ここは素直に羨ましかった。


 あとは…………と上げればキリが無いが、とにかく屈辱的な日々を過ごしている。


 それに言葉が喋れずそれが通じないということは、かなりの窮屈かつ疎外感がして気分が悪いし、赤ちゃんが一生懸命栄養を補給している様は、かわいらしくてほほえましいが、その実成人男性が多分年下の女の人のおっぱいに、被りついて飲んでいるという絵面なので、気分が悪いしなんか、というか真っ当に恥ずかしい気持ちになって来るのだ。



 そういえば、たまに俺の身体の親に抱っこされて、外に行く機会があるが、この身体になってからというもの楽しみと言えばそのくらいである。


 どうやらこの村のすぐ横に大きな山脈があり、それを見降ろすようにそびえ立っているのだが、その山から流れ落ちる滝は太陽の光の加減で銀色に輝き、整備された田畑に生える小麦達は爽やかな風によってなびいていて、村にかよっている川には大小さまざまな魚が泳いでおり、その周辺では子供達が笑っている、ここはそんな絵に描いたような平和で平穏な村だった。

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