第82話 アメリカの危機①

1936年(昭和11年)1月


毎度毎度申し訳ないが、俺は50歳となった。

通算110歳だが、全く実感が無いのはいつも通りだ。


さて、ウクライナからの民族大移動は継続しつつ、台湾独立を段階的に進める第一歩として、現在の台湾・沖縄開発庁の機能を徐々に新設・新築した台湾政府庁へ移管していた。


同時に段階を経て選挙権も日本と同様に25歳以上の男女全員に段階的に付与しての選挙も開始され、第1回と第2回のお試しの選挙を経て、本格的な第3回の総選挙が行われ、与党となった台湾民衆党の党首となっていた林献堂が初代首相に選出された。

これから日本は徐々に一歩ずつといった感じで撤退していくことになるが、インフラ設置は既に完了しており、新たに資本を投入して建設すべき課題は存在していないと思われる。


早速台湾は独立を宣言し、多くの国が承認したことで同時に国際連盟へも加入した。

一方で、立法・司法・行政以外の経済面における日本の影響力は残ったままで、特に産品に対する権利は日本が手放すことは無かったし、土地の多くは日本資本の法人が所有していたから、経済的な支配は継続することとなった。


だがまあ、これで英仏へ植民地を独立させていくよう説得する資格は得た事になるから、全体としては一歩前進と言えるだろう。

台湾の状況を見た世界中の各植民地国では英仏蘭米に対する独立運動がますます盛んになっていくだろうから、世界中の植民地解放はもう時間の問題と言ってよいだろう。


さあ、いよいよ今年秋には4年に一度のアメリカ大統領選挙が行われる。

そろそろ内閣遠方駐在所(NEC)に対してF・ルーズベルト再選阻止作戦の発動を命令しよう。

計画を立案してから9年かけて地道に関係者を巻き込み、誘導してきた成果がどれほどのものか不安だが、タイムリミットが迫っているし、そのための準備はほぼ完了しているから発動させる順番とタイミングが極めて重要な要素となる。


改めてF・ルーズベルト政権を揺さぶるネタは下記の八項目だ。

①アメリカ国内の南北対立を煽る

②ネイティブアメリカンを焚きつける

③ハワイの独立派を支援する

④アメリカの病巣、黒人差別に対する工作を行う

⑤植民地における蛮行をアメリカ国民に宣伝する

⑥テキサス州の独立派を支援する

⑦メキシコとの関係を悪化させる

⑧カリブ海諸国を焚きつける


どれもこれも単独で起こしても全く意味がなく、瞬く間に潰されて終了だろう。

連携して実行するからこそ意味があるのだ。


よって上記の中で、まず最初に行うのは⑤の知識層に対する宣伝工作だ。

ここでじっくりと時間をかけてWASPたちの意識を徐々に蝕んでいこう。


6ヶ月ほどの空白を置いた後は、次に①⑥を順番に起こそう。

南部諸州とテキサスの独立派を決起させてここに耳目を集めるのだ。


その次は3週間〜1ヶ月ほど間をおいて②④を連発させる。

抑圧された層の実態を喧伝し、人種差別の根深さをアメリカ国民に知らしめて無策なルーズベルト政権に対して反発するよう仕向けるのだ。


そして⑦⑧を若干のタイムラグを付けて発動させたうえで、仕上げが③だ。

メキシコとキューバにおける仕掛けは完了しているから、後は南部で騒ぎが起これば発動できる。

そしてトリを飾るのはハワイだな。

超重要拠点ゆえに、ここを最後にしないと徹底的に潰されるだろうから、アメリカ政府に余裕が無くなりつつある状況で騒がないと意味がない。


作戦名は少し前にベストセラーになったアーネスト・ヘミングウェイの小説「武器よさらば」をもじった「ルーズベルトよさらば」作戦と命名した。

ありきたりなネーミングセンスしか持っていなくて嫌になるが、それはともかく。


さあ、作戦開始だ。


2月初旬

・ルーズベルト大統領、ドイツにてヒトラー総統と会談。

この際ヒトラーに対して共産主義との共存を提案し、日露英仏との対決に向けた「ルーズベルト・ドクトリン」の提案をも併せて行った。


・ルーズベルトのドイツ訪問に対しては日英露仏共に激怒した。

戦争を煽っているに等しい行為だからで、完全にアメリカ政府は独ソ側に付いたとみなされた。


なんとルーズベルトの方から先に仕掛けてきた。

大統領選挙を前にして外交的得点を狙うのと同時に、日露との戦争へと誘導させたいのだろうが、日露を邪魔に感じているのは明らかだな。

史実だとドイツの事も敵視していたはずだが、こうなると先に日露を潰しにかかると見て間違いないだろう。

日本としては黙ったままだと是認したと思われるから当然抗議をしておいたが、これの効果は無いだろうし彼らが大人しくなるとは思えない。

ルーズベルトの動きは完全に「有罪」で、もはや一刻の猶予もないな。

アメリカ内部の混乱を誘発させないと危険だ。


今から数年後の第二次世界大戦終了時に判明した事だが、この「ルーズベルト・ドクトリン」はドイツが東欧諸国を征服し、ソ連が中央アジア諸国を領有したうえで日英露仏と対峙しようという壮大な提案で、独ソが直接協力するのではなく、ドイツは英仏に対して西部戦線を構築し、ソ連は日露と相対し東部戦線を戦い、戦争が加熱した段階で日英の背後をアメリカが襲うという密約内容であったと判明した。

要するにヒトラーの共産主義に対する拒否感が根深いから、独ソ間の懸案事項は一旦棚上げしたうえで日英露仏との戦争へとけし掛けたわけだ。


2月末

・アメリカのWASPや高学歴層、特に若者の間でフィリピンやカリブ海諸国におけるアメリカ軍の蛮行についての噂が出回り始める。

最初は小さなさざなみ程度の噂話でいわゆる「陰謀論」と片付ける人々も一定数存在したが、どうやら本当らしいとなって、高い教育を受けた人たちの間でアメリカ合衆国に対する失望と嫌悪が拡がり、少しだが騒ぎになりつつあった。


自軍の蛮行なんていちいち国民には知らせ無いだろうから、後から知ったらショックだろうな。

ついでにこの噂に尾ひれを付けて流してあげよう。

アメリカなんて正義のヒーローでも何でもない、単なる悪役でやられ役だという現実を認知してもらいたいし、合衆国と星条旗に対する愛着が下がれば素晴らしい。


7月中旬

・ルーズベルト大統領は国務長官コーデル・ハルを通じて「ハル・ノート」を作成させて日本に突きつけてきた。

内容は下記の通りだ。


①中東の原油をタダ同然で搾取しているのは、国際常識とビジネス面の双方から見て問題があるから適切な価格で取引しろ。


②日本の台湾政策には大きな誤りがある。即時に日本人は台湾からすべての利権を台湾政府へ明け渡すべきである。


③最近、アメリカ国内において過去のアメリカ軍の行為を非難するような動きが出ているが、これはアメリカ在住の日系人がバラ撒いている噂であり、アメリカ政府は報復手段として彼ら日系人の財産を没収する。


・・・何なんだこの内容は?と内閣でも問題になったが、NECによる活動実態を父以外には共有していない俺は「交渉をするフリをして時間を引き延ばしましょう」と提案し、その通りに外務省はマトモに対応せずに、のらりくらりと交渉を継続している。

史実のハル・ノートでもそうだったが、期限を明記していないし、方法に関する細目も無く、正式な外交文書でもないから一応話は聞くふりだけして、後は馬耳東風といった態度で問題無いだろう。


しかし支離滅裂な内容だし相当焦っているのかな?

ハワイの作物を搾取しているのはどなたかな?それと確実に言える事はアメリカ国内の日系人は全く関与していないという点だ。

こんな理由で日系移民に対して迫害を続けたら、後になって国家の犯罪として断罪してあげるつもりだが、覚悟の上かな?

何れにせよ挑発行為だろうが、日本から手を出すつもりは絶対にない。


7月末

・南部ジョージア州の人々が北部の横暴と専横に対して疑義を唱えるデモ行進を起こし、テネシー州やアラバマ州、ミシシッピ州、バージニア州へも広がりを見せている。

直接の不満点は「ニューディール政策によって、北部出身のルーズベルト大統領が北部ばかりを優遇している」というもので「我々南部を見捨てるな!」が合言葉になった。


ちょっと実情は違うような気もするけれど、単純化したワードの方が効果があるだろうから、まあいいや。

この時代のルーズベルト信者、いわゆる「ニューディーラー」なんて資本主義国のアメリカにおいては胡散臭い連中と思われていたのが現実だから保守的な南部人には受け入れ難いだろうし、南部の農業地帯も恐慌のあおりを受けて苦労しているから、鬱憤を晴らすには丁度いいだろう。

ルーズベルトの人気が下がりそうだから素晴らしい!


8月初旬

・フィリピンにおいて陸軍元帥の地位にあったダグラス・マッカーサーに対して、アメリカ本国への帰還命令が出る。

これは彼をフィリピンに留めたままだと、彼の父親がフィリピンにて起こした残虐行為を、アメリカ政府とルーズベルト大統領が公認していると受け止められてしまうとの新聞記事が多数掲載されるようになったからで、アメリカ政府もこういった噂を無視出来なくなった事になる。


もちろん新聞社にカネを払って記事を書かせたのはNECのメンバーで、少しでも騒ぎが大きくなることを狙っての行動だ。


8月中旬

・全米でネイティブアメリカンと黒人層による劣悪な待遇と人種差別に対する抗議集会が発生。

白人知識層がこれに支持を示し、大きな騒動に発展していく。


・南部諸州の騒動はテキサス州へ飛び火し、一段とヒートアップの度合いを高めつつある。

テキサス州においてはサン・アントニオ、ダラス、ヒューストンといった都市部でのデモ行進が行われるようになり、「テキサスに自由を!」を合言葉としてテキサス人に共有されつつある。


マイノリティの人々は常に抑圧され差別されているから、ちょっとしたキッカケを与えてあげれば声を上げるよな。

なんかついでにヒスパニックの人達も混じって居るらしいが、いいぞいいぞ!どんどん声を上げろ。

それとテキサス人はワイルドで粗野で血の気が多い人たちが多いから、いったん火がついたら止まらなくなるぞ。


9月初旬

・カリブ海諸国、特にキューバとハイチにおいて反米デモが発生し、大きなうねりとなり始める。

キューバにおいては「アメリカのイヌになったバティスタを追い出せ」がスローガンになった。


・テキサス州の反政府暴動は拡大の一途を辿り、警察だけでなく州兵が動員されて集会の解散を命令し始めているが、大半の州兵はサボタージュしているらしい。


・アメリカ南部にて黒人排斥集団として悪名高いK.K.K団(クー・クラックス・クラン)と、攻撃対象にされ続けてきた黒人集団との衝突事件が発生し、双方に多数の死傷者を出す騒乱に発展。

アメリカ政府は陸軍部隊への出動を命じて鎮圧に当たるが、黒人ばかりを狙って鎮圧したために却って騒乱が拡大し、黒人の中でも穏健であった層までが騒乱に加わったため収拾がつかなくなりつつある。


・キューバにて革命騒動が発生。

親米政権だったフルヘンシオ・バティスタが反米勢力によって、国を追われてアメリカへ亡命、反米勢力が政権を掌握。

これに対してアメリカは軍を派遣し暴徒の鎮圧を行うとの対応を検討するも、国際連盟は緊急非難声明を発表し、アメリカへ牽制を行い自重を促す。


黒人の怒りに火がついたな。

一気に騒ぎが大きくなってきた。

キューバへの対応だが、いかに傀儡であっても外国に軍隊を派遣したらモロに内政干渉だもんな。

日本もホロドモール時にやったが、相手は国家として未承認の団体だし、背景もまるで違う。

そもそも国際社会の承認は得ていたから全くの別物だし、日本政府としては以前のお返しとして「他国への内政干渉をするな」とアメリカ政府に通告した。

しかし、アメリカにとって最悪の場所での暴動だ。

どうする?ルーズベルト。


9月末

・メキシコがテキサスとの国境付近に陸軍を派遣して演習を開始する。

メキシコ政府は「隣のテキサス州において不穏な動きがあるための対処である」と声明を出すがアメリカ政府はこれに抗議し、テキサス州のメキシコ側国境へ陸軍を差し向ける。

同時にテキサス州政府へも州兵の派遣を命じたが、州知事はこれを拒否。


・ルーズベルト大統領、テキサス州における暴動鎮圧のため陸軍部隊に暴徒の排除命令を下す。

これに対し白人知識層は兵役を拒否して対抗。

「自由を殺すな」が合言葉になる。


・ハル国務長官、交渉に応じない日本政府への苛立ちを隠すことなく表面に出すようになる。

「アメリカの敵は日本であり、すべてのアメリカ国民は日本をこそ敵視すべきである」と発言。

これに対するアメリカ国民の反応は薄かった。


やはりインテリ層を怒らせると怖いな。

俺も肝に銘じよう。

それとハルさんよ。言っている事が支離滅裂で、日本側では「アメリカ政府を相手とせず」との父による「近衛声明」が出るに及んでいるのだが・・・これってどこかで聞いた歴史用語だよな?

何だったか?身近過ぎて混乱する。


10月

・ハワイ準州オアフ島にてハワイアンによる暴動が発生。


・日本政府はハワイ在住の日本人同胞を救出するとの目的で艦隊を派遣し、オアフ島沖で大演習を開始する。


・南部諸州のデモはますます拡大、ネイティブ・アメリカンと黒人層もデモに参加し、アメリカ合衆国からの分離独立を主張し始める。


・アメリカ軍、キューバへ陸軍を派遣し反米政権を打倒。

バティスタが政権を奪い返す。

これに対し国際連盟、キューバを承認せず。


おお?遂に実力行使に出たかルーズベルトよ。

しかしこれは悪手では?

反発がもっと拡がるのでは?


10月

・K.K.K団が壊滅、黒人層は勝利宣言を行う。


・ルーズベルトはソビエト共産党のスパイだとの噂が拡散し始める。


・共和党、ルーズベルト大統領への攻撃を強化し全米を分断する激論へ発展。


思うツボにハマってきたぞ。

ルーズベルトの支持率は急降下だろう。

特に御年52歳となるエレノア大統領夫人と、若い共産党員の密会写真をバラ撒いたのは決定的に効いたな。

しかし見たくない写真だった。


11月3日

・アメリカ大統領選挙においてルーズベルト大統領は史上稀にみる大差にて落選。

同日、共和党アルフレッド・ランドンは勝利宣言を行う。


ようーーし!!

これでアメリカがソ連側に立って参戦する恐れは相当低くなったぞ。

目的達成だ!NECの皆さんお疲れ様でした。


11月25日

・アメリカ南部諸州は「アメリカ連合国」再建を宣言

首都をバージニア州リッチモンドに制定


ええ!???何だって??


12月8日

・テキサス共和国独立宣言を発表

首都をダラスに制定


おお・・??

ええ!??本当に独立するの?


12月20日

・ハワイにて反米勢力が政権を掌握

7歳となったアビゲイル・カワナナコアを国王とした立憲君主制ハワイ王国の再建を宣言。


何!?こっちもか?


・・・こうなってしまっては仕方ないから状況に乗るしかないだろう。

特にハワイは見捨てられない。


12月25日 

・国際連盟はアメリカ連合国、テキサス共和国、ハワイ王国の国家承認を行う。

・アメリカ合衆国、民主党政府は猛然と反発。

共和党ランドン次期大統領も反対を表明。


12月27日

・日本とハワイ王国の間で国交樹立、日布安全保障条約締結。


なんか予定と違って大変な事になってしまった。

仕掛けたのはいいが、クスリが効き過ぎて毒になってしまった感じだ。

日本の工作がバレたら大変な事になるから、NECのメンバーは一旦ロシアに退避して潜伏してもらおう。


いったいこの先はどうなるんだ?

俺にもさっぱり分からなくなってきてしまった・・

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