第4話

「食事介助の人数は斎藤ちゃんがいた時よりも2人減…」

「ひぃ…」

「休日は1人で待機することも…」

「ひぃぃ…」

「行事の時には複数人を1人で誘導することも…」

「ひゃゃ…」

「どうだい?復帰する気になったかい?」

「どーうだろうか…、というか本当に復帰させる気あります?」


優希は不思議そうな顔で主任の顔を見上げる。


「そりゃ戻ってきてくれれば嬉しいさ、まぁでも今年はすでに4人内定が出ているからちょっとだけ余裕があるのも事実なのよ。」

「夏の段階で4人ですか、そりゃまた多いですね。僕なんて同期いないのに…」

「そうなんよ、この調子じゃ6人か7人入ってもおかしくないかもね。」

「じゃあ余計に疑問なんですけど、なんで今日ここにきたんですか?」

「何度もメッセージ送ったのに何も返答がないから心配になったの!退職した理由も理由だったからね…」


話しているうちに主任は真剣な表情になっていき、声色もすっかりと変わった。

一緒に働いていた時によく見ていた雑談から仕事モードになる時の変わり方と一緒だ。

優希はそんな主任を見てまた一緒に働きたいという気持ちは確かに芽生えてきた。

しかし、金銭的余裕が少し生まれたことですぐに決断できなかったことも事実だ。


このお金があれば数ヶ月の間ゆっくりと就職先について考えることもできるし、バイトで自由な時間を伸ばしたり、趣味で描いていた絵で仕事に挑戦してみることもまた旅行に行くことだって可能になる。


「ご心配、ありがとうございます。戻ってきても良いという話、とても嬉しいです。ただ、もう少し考えさせてもらっても大丈夫ですか?今は元気に見えるかもしれませんが、実を言うとやっと最近精神的にも肉体的にも安定してきたところなんです。」

「もちろん、考えてくれるだけで嬉しいよ。それに元気な姿を見ることができてよかった。ならば、私はこの辺で失礼することにしよう。」

「もう帰っちゃうんですか?真波を追い払ってくれたお礼にお菓子でも出したかったんですけど、ほら、北海道の…」

「いいや、帰る。今日は夜勤入りだから、帰って昼寝する。」


(この人夜勤入りの日にきたのか?もう昼過ぎだぞ?帰って1時間程度昼寝してからすぐに夜勤をはじ得るつもりか?相変わらず元気だな…)


優希がそんなことをグルグルと考えていると、主任は優希が出したお茶を一気に飲み干して素早く出ていった。


「じゃ!」

「はい、お元気で!」


バタン…


(よかったね、働けて…)

(いやいや…まだすぐに働く必要もない…、別に仕事に戻るのは嫌じゃないけど…、どうかね、どうせ浮気をするような奴らからもらった金だしぱーっと使うか!)


………


ゴーー…


電車の音が遠ざかっていく。


(ここはすごい大型のショッピングモールと駅がつながっているようなものじゃないか、実際に使ったのは時初めてだけど、こんなに便利なんだな…)


優希は大型のショッピングモールでイラストの画集を探しにきていた。

実際に本屋で購入したことはないが、ここまで大きな本屋であれば1冊か2冊は見つかるだろう。

優希は本屋に向かって歩き出した。


(お、そうだ、久しぶりにファストフード店に行くのも良いな。いやいや、なんならうどうんでも食べてみるか?あんまり興味ないけど服も買ってみたりして…。ふふふ、意外とショッピングモールって楽しいことが多いじゃないか!)


「あら?」


優希がデザインに関する本を探していると、後ろから聞き覚えのある声がした。

振り返ると、民泊で食事を一緒にした女性が立っている。


「えぇ!ここで何しているんですか!?」

「私のセリフでもあるんだけど…、私はなんとなく本を探しにきただけ。あなたは?」

「僕はその…」

「画集…、絵が好きなの?」

「まぁ、はい…」

「自分で描いたりするの?」

「趣味の程度ですよ。人に見せれるようなものではないですけど…」

「ふーん…」


女性は興味深く優希と優希が持っている本を見ると、静かに口を開いた。


「ねぇ、またご飯でもどう?こうして会ったのも何かの縁だと思うし、ぜひ話したいの。」

「え、えぇ…、構いませんけど、フードコートで良いですか?」

「もちろんよ、でもね…、本を買い終わったらあっちにきてくれる?ちょっとこっそりと出ないといけないから…」

「わかりました…」


女性は優希に近づき、耳打ちをすると、持っていた本を置いて指差した方へと歩いて行った。

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