再出発は君と
優美
第1話
※再度修正を行っております、何度もすみません。今後は投稿している内容を大幅に変更することはありませんので、ぜひお楽しみいただけると幸いです。
第1話
(ここは…、あぁ、部屋か…)
斎藤優希(さいとうゆうき)は1人、小さな部屋で絶望しながらパソコンの画面を眺めていた。
動画の内容はかろうじて理解はできているが、ほとんど内容は覚えていない。ショックのあまり記憶が飛ぶなどという感覚は嘘だと思っていたが、実際に今優希は目の前で流れている動画が繰り返し流れているにも関わらず、いまいち内容を覚えることができずにいる。
ここは優希が妻である真波(まなみ)と暮らしている家の中で一番狭い部屋だ。優希が真波と借りている戸建ては少し古いが大きくて、家賃も安い。
他にも部屋はあるのだが、真波や今後真波との間に望んでいた子どものために優希は進んで1番狭い部屋を自分の部屋にしていた。
ただ、そんな未来の話をしていた真波は画面の中で他の男といちゃついて行為に及んでいる。
(…、えぇっと…、なんだっけ…、あぁ、そうだ…)
優希は動画が停止していることに気づき、再度動画を再生し始めた。
見たくもない動画だし、別にそういう癖があるわけでもない。
それでも動画を見続けようとしたのは単純になぜこんなことが起きているのか理解しようとしていたのだ、と思う。
「ねぇ?優希?ちょっと、いるんでしょ?入るよ?」
ドアの奥から真波の声が聞こえる。優希は水の中で音を聞いているような感覚になりながらぼーっと真波の声を聞いていた。
「ねぇ、ちょっと、いるなら返事くらい…」
真波が痺れを切らし、部屋に入ってくる。ただ、そんな真波は真っ暗の中で流れているパソコンの画面を見て叫び声を上げた。
それもそうだろう。そのパソコンには真波が裸で男性と抱き合っている映像が流れているのだから。
なぜ家の中に監視カメラがあるんだ?と疑問に思う人も多いだろう。
実際のところ、優希も真波を監視するためにカメラを設置していたわけではない。むしろ、完璧に真波を信用していたことでカメラを設置しようなどという発想すらなかった。
ではなぜか…、この映像は飼っていた老犬のために設置したカメラなのだ。
この老犬は元々真波の祖父母が飼っていたものだったのだが、持っていた戸建てのローンを払えなくなったことで引っ越すことになり、同時に老犬を手放さなければならなくなったのだ。
ただ、この老犬は真波の祖父母がとても大切にしていた犬だったため、優希と真波で引き取り、その映像を祖父母に届けてあげようとカメラを設置して日々の様子を録画していた。祖父母は元気な時は会いにくることもあったが、老犬が亡くなるのとほぼ同時に施設に入ってしまい、今ではほとんど会っていない。
なんとなく悲しい気持ちになってしまうとなんとなくカメラをつけたままにしていたのだが、ふと老犬の姿が残っていないものかと優希が取り外して動画を再生していたのだ。
そこまで高くないペット用のカメラで3日前くらいのデータしか保存することができない。ただ、カメラをつけっぱなしにしていたことで動画は保存され続けており、ここ3日の映像が録画されていた。
つまり、真波が他の男と家で抱き合っていたのは3日以内に起こった出来事だということになる。
「優希…、その、違うんだよ、その…」
「何が違うの?日付は2日前になっているけど…、ほら、今から始まるよ、ここから2人で」
バチンッ!!
真波は勢いよくノートパソコンを閉じ、再度絶叫する。
「違う!これは違う!違うから!」
「もう何回も見たんだ、何度見ても真波だったよ。それで、気になったんだけど、なんで僕のプロポーズを受けたの?子どもが欲しいねって話していたのは嘘だったの?」
「いや…それはちが…」
「それともこの男の人との子どもが欲しかったの?それを育てるのは誰?僕に育てさせるつもりだった?」
優希は無表情のまま真波を見ずに話し続ける。
真波は必死に何かを言っていたが、優希はだんだん声が聞こえなくなっていき、そのまま目の前が真っ暗になっていった。
そこからは記憶が曖昧だ。
全くの記憶喪失というわけではないが、記憶が断片的で恐ろしく早く1日1日過ぎ去っていったような気がする。
そして動画を見た日から真波は家から姿を消した、と思う。
「優希?」
「ん?」
声がした方を見ると、目の前に真波と浮気相手がいる。
2人は何かを一生懸命話しているが、内容は曖昧であまり覚えられない。
刺繍的に真波は最初から最後まで頭を下げながら記入済みの離婚届を持って帰ったし、浮気相手も真波と一緒に札束を置いて出ていった。
(…、ん?飯がない…、いつも暗くなったらここに置いてあるのに…、あぁ、そうか、真波が作ってくれていたのか…、どうしたもんかね、まぁ良いか、でも、何をしようかな…まぁ、良いか、風呂に入って寝よう…)
ただ、洗面所で鏡の前に立った途端、優希は鏡に映る自分を見て驚いた。
これまでは細身でも福祉関係の仕事をしていたからか、それなりに筋肉はあったはずなのだが、鏡にはガリガリで痩せこけた男が立っている。
(あばら骨まで見えている…、そんなに何も食べていなかったのか?どうしよう、このままじゃ死んじゃう…、鍛えるか、プロテインが…、いや、ご飯が先か、どこかに…)
……………
半年。およそ半年の間、優希はわずかな退職金と貯金を切り崩して生きていた。
と言っても、節約しながら細々と生きていたわけではなく、結構贅沢に生きていた。
ガリガリになっていた体を大きくするために筋トレの器具を買い足したし、食生活にも気を使うようにもなっていた。
筋トレはガリガリな自分を見て命の危険(大袈裟)を感じて始めたのだが、それが幸いしたのか、優希は少しずつ気持ちが前向きになっているように感じた。
もちろん、外に出てみようという気持ちにはならなかったが、それでも自ら命を断つようなことは考えなくなったし、ご飯が美味しく感じられるようになってきているのも感じることができていた。
(でも、もう半年も経つんだ。久しぶりに少し遠出してみるかな…、車で行くか、電車で行くか…、でも最近車は近くのスーパーまでしか運転してないからな…、うん、電車で行こう。)
優希はそう思い立ってすぐ、しばらく使っていなかった旅行アプリで旅館を探し始めた。
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