第3話

小旅行を終えて散らかった部屋に帰り着いた優希は持っていたバックを放り出してパソコンに向かった。


「そうだ、今までなんとなく半年という時間を過ごしていたけど、いい加減金がない!」


優希は民泊で料理を食べ終わった後、我に帰ったようにアプリで自分の口座残高を見て驚愕した。

残り30万円もなかったのだ。


(やばいやばい、とりあえずなんでも良いから仕事を見つけないと…!)


優希はパソコンで求人をひたすら検索していた。

が…、一向に見つからない。


(冷静になって考えよう。どこに就職する?前の職場に出戻りとして就職するか?一応主任以上の役職がついている人は事情を知っているし、戻って来れるなら戻ってきて欲しいといってくれていた。いくら社交辞令でも頭を下げれば就職できる可能性はある。それかとりあえずバイトで食い繋ぐ?いや、それにしては貯金が少なすぎるか…。じゃあ別の職場に再就職?それも大丈夫か?こんな状態の自分を雇ってくれるような場所があるのか?)


ピン…ポ…!


(あぁ、もうなんだよこんな時に!今頭がぐちゃぐちゃになっているところなんだから宗教の勧誘だったら許さないぞ!それにしてもやっぱりインターホンボロボロだな!)


「はい?」


優希は若干不機嫌な様子で玄関のドアを開けた。

優希の家のインターホンにモニターはない。いつもであれば誰が訪ねてきたのか窓から確認するのだが、今回は勢いで玄関を開けてしまったのだ。


「あの!…、あっ、ごめん。まさか出てくれるなんて…」


真波だった。

玄関のドアを開けると、少し離れたところに真波が立っている。

真波は少し古びたシャツを着て気まずそうに立っている。


そんな真波を見た瞬間、優希はどう思ったか?


優希は自分でも驚くほど何も感じなかった。

確かに真波を見た時は驚いたが、それ以上の感情は沸かず、そこには怒りも悲しみもなかった。

むしろ、真波を目の前にしても「就職先はどうするの?」という杏の声が聞こえたほどだ。


(今はこっちが先だろ…、でも、なんできたんだ?)


「どうしたの?」

「あぁ、いや、ちょっと話ができないかな?っと思って…。その…、前よりも元気そうだね…」

「そう、もう話すことはないと思うけど、今はちょっとそれどころじゃないんだ。今働いていない状態だから早く仕事を探さなくちゃいけいんだよ。」

「お金?もう慰謝料も使ってしまったの?それなりにあったはずだけど…」

「慰謝料?あっ!忘れてた!確かにあったな!そうだそうだ!」


バタン!!

「あっ、ちょっと…!」


優希は慰謝料について思い出すと勢いよく玄関のドアを閉め、慰謝料をしまってある棚へ向かった。

棚を開けるとそこには、真波とその浮気相手からもらった慰謝料が無造作に入っている。

現金でこんな札束は見たことがない。

優希は就職についてもう少し考える期間ができたという喜びと始めてみる札束に興奮して声を上げた。


「うひょほほ!お金だお金だ!これで後何ヶ月もつかな?とりあえずしばらくは大丈夫だ…。」


『ちょっと!あんた何してんだよ!!浮気野郎が今更なんの用だ!?まさか今更謝りに来た?あの子が許しても私が許さないからね!さっさと帰り!!!』


(誰だよもううるさいな!人の家の前でギャアギャアと…、ん?待てよ…、なんか聞いたことあるな、この声…)


優希は静かに玄関に向かい、こっそりとドアを開けると、目の前に女性が立っていた。


「主任…」

「久しぶり…、斎藤ちゃん…」


………



「なんで主任がいるんですか?」

「久しぶりにあった主任に対する言葉がそれで良いの?せっかく心配して来たのに…」

「そうなんですね。ありがとうございます。実を言うと、会えて嬉しいです。あの時は急に辞めることになってしまってすみませんでした。」

「あぁ、別に斎藤ちゃんは悪くないよ。あれは浮気した方が悪い。それに、あの時は本当に心配したけど、随分元気そうね。家の中もこんなにトレーニング器具揃えちゃって…。走ったらスッキリするよ?どうね?一緒にマラソンでるね?」

「いや、走るのはまだちょっと…」


優希は久しぶりに主任を見ておかしくなってしまった。

ここで初めて登場した主任は、優希が働いていた部署の主任を務めていた人物で、厳しくも優しい女性だ。

背は小さく、顔立ちも綺麗なため、パッと見ると可愛らしい印象を持つかもしれないが、少し話すだけで圧を感じてしまうほどの芯の強い女性だ。

入職したてのころは優希も怖がっていた記憶があるが、主任の元で仕事をすることでこの人のもとで働きたいと強く感じたし、今でもその気持ちは残っているほどだった。


「斎藤ちゃん、急で悪いんだけど、もう一度私と働く気はない?」

「え?」

「いや、今施設人不足なのよ…」

「元々でしょ…、」

「違うて…、もっとよ…」

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