ライトな読み切り

@monokakiblog

あげたのは全部お気に入りだったよ

「いっぱいあるからあげる」


消しゴムを忘れた俺に葡萄の形をした消しゴムを貸してくれた幼馴染。

小学生の時分にたった1日忘れてしまったその日のその瞬間の借りであっさりと落ちてしまったこの恋の責任を、俺の恋焦がれるあの天使はどう責任を取ってくれるのだろうか。

女子の間で流行っていた文具は香りも姿形のままだが用途に似合わず消しにくい。

それを後生大事に部屋の勉強机の引き出しへしまって眺める俺はかなり愚かしい。

彼女にとっては被ったコレクションの1つをくれただけのことかもしれないのに。


もちろんそれはきっかけにすぎず、彼女の魅力はそれだけではない。

世話焼きで面倒見がいい。

一生懸命なことも好ましい。

あと単純に可愛い。


誰よりも長い付き合いである自負はある。

誰より深い愛を内在している自信がある。


「頑張ってるねぇ、差し入れをあげよう。私のおすすめドリンク」


俺にだけ見せる顔があることを知っている。

10年前から好きだ。

5年前も好きだ。

1年前だって好きだ。

昨日も好きだ。

今日ももちろん好きだ。

明日もきっと好きだ。

1年後だってきっと好きだろう。


無限に続く坂を転がり落ちていくような途方もない恋だ。


部活の練習中。俺と同じバスケ部の後輩が体育館裏に彼女を呼び出しているのを見てしまった。

目の前が真っ暗になる想いだ。

どれだけ途方のない恋であろうと、そこに彼女は居続けるという勘違いが俺にはあった。

帰り道、同じく部活帰りの彼女と帰路につく。

「今日もお疲れ様」

「そっちもな」

なんでもない風に返す。彼女の様子は少し気落ちしているのようにも見えた。

何故だろう。やはりあの呼び出しは告白だろうか。

気落ちしているのは断ったということだろうか。罪悪感だろうか。

何故断ったのだろうか。

好きな人が居るからか?

励ましたい。これだけ情けなく自分本位な疑問を巡らせて起きながら励ましたいと思った。しかし励ます権利が俺にあるのか、それさえ今更分からない。

それは俺が彼女にとってなんなのか明確にしてこなかったからだ。

明確にしなければならない。

あぁ、嫌だ。

明日も1年後もきっと好きなのに。

それでもこれで終わりかもしれないなんて。

「あのさ」

「なに?」

「俺、お前が好きだから」

「は…」

「だから…元気ないと心配する」

「それは…は、あ、私も、君のことは…家族…みたいに…」

「………………いや、女として見てんだわ、ごめんな?」

戸惑う声に気まずく返す。顔が見れない…情けなく前方だけを見て歩を進めていると、隣の気配がなくなる。振り返ると蹲る幼馴染。

「えええええ!?どうした!?」

「…いや、ちょっと…まって…」

「まてるかっ、どうした。熱中症か?水飲んでたか?」

「ち、ちが…ちがう…」

「じゃあどうし…」

指の隙間から見える頬、髪の隙間から見える耳。全て真っ赤に染めた彼女は言う。

「ちょっと…今日…色々あって…我ながら…大した人間じゃないのに…その…好意を断ってきたとこなので……そこにそんな嬉しいことを言われてしまったら…罪悪感で…やばい…」

「…………………日を改めます…」

「………うー…」

「ただお前は大した人間ではあるので…ぶっちゃけ天使の類だと俺は思って…」

「もう勘弁してぇ…!」

複雑な心境の彼女を起こしながら、俺のほうは申し訳ないことに顔が緩んで仕方なかった。


無限に続く坂を転がり落ちた先に、君も居たなんて。


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