09

 翌朝、兄が俺の髪を撫でているのに気付いて目が覚めた。


「おはよう、朔」

「おはよう」

「やっぱり寝顔は赤ちゃんみたい。可愛い」

「……やめてよね」


 ここのビジネスホテルに朝食のサービスはなかったので、どこか喫茶店でモーニングをしようか、と散策した。


「あっ、あそこ、喫煙可だよね。ステッカー貼ってる」

「基準そこ?」


 兄が目星をつけたのは純喫茶風のところだった。比較的新しそうだ。店名は「くらく」と書いてあった。メニュー表が置いてあり、チェーン店より値段は高いが、美味しそうなハムタマゴサンドの写真が載っていた。

 店内には客はまだ誰もいなかった。金髪の店員にテーブル席を案内された。兄はとにもかくにも喫煙したかったらしく、注文する前にタバコに火をつけた。


「俺、ハムタマゴサンドにするけど」

「じゃあ僕はチーズトーストかなぁ」


 特に音楽は流れていない。兄が紫煙を吐き出す音だけがその場を満たしていた。俺は金髪の店員を呼んで注文した。

 ここから見えるカウンターの向こうには、長髪の男性がいて、顔の右半分を前髪で隠していた。何か事情があるのだろう。彼がコーヒーを作っていた。


「あのさ、朔。段々思い出してきたんだけど」

「何?」

「あの時言ってたじゃん。俺のお兄ちゃんだ、って。お兄ちゃん、っていう響き、いいなぁ。もう一回言って?」

「やだ。一生言わない」


 そして俺たちは、顔を見合わせて笑った。

 モーニングを食べた後、不動産屋が開くまで時間を潰し、内見をして新しいところに決めた。今度こそ何もなければいいが。

 さよなら、九〇二号室。




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九〇二号室 惣山沙樹 @saki-souyama

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