第10話

「人攫いは、私くらいの年齢の子たちを狙っているようなんです」


 語り始めたルルはまず初めにそう言った。


「ルルはいくつなんだ?」

「今年で十二になります」

「なるほど」

「ルルも大きくなったわねぇ」


 俺がルルに相槌を打つと、アンさんはずれた反応をした。ルルとアンさんはどうやら古い付き合いのようだ。


「しかし、表の連中にも被害が出ているって言っていたぞ。大人にも」

「そうなんですか?」


 俺がそう言うと、ルルはきょとんとした表情を浮かべた。どうやら表のことには明るくないらしい。レオーネさんから聞いた話曰く、被害者はルルのような子供だけではないらしいが。


「私が聞いた限り、攫われたのは子供ばっかりだと……」


 それだとレオーネさんから聞いた話と食い違ってしまうがなあ。


「単に裏町の大人には関わりたくないだけかもね。ほら、腕っぷしが強い人が多いでしょう?」

「なるほどな」


 アンさんの言うことには妙に説得力があった。確かに、裏町にいる大人たちは喧嘩自慢だったり冒険者崩れだったりと戦闘力の高い奴が多いイメージがある。戦闘力のない子供、そして表の一般人を狙うのはリスクを考えても当然か。


「で、いったいどんな奴らがそんなことしてるんだろうな」

「……ここ裏町では攫う理由ならたくさんあります。奴隷は、お金になりますから」

「……そうね」


 ルルの言葉にアンさんがうなずいた。

 誰がやっているか、まではわからないか。そうまでして金が欲しい奴はこの裏町には何人もいる。


「あ、でも」


 話が行き詰まりかけたところで、ルルがポツリとつぶやいた。


「おとぎ話に過ぎないかもしれないんですけど」


 控えめに言うルル。


「続けてくれ」

「はい。……これは昔お母さんから聞いた話なんですが。……裏町には悪魔が出るそうなんです」

「悪魔?」

「聞いたことないわね」


 俺が首を傾げると、アンさんも知らなかったようで俺と同じように首を傾げた。


「子供を攫う悪魔がいるって。日が暮れる前に帰ってこないと、悪魔が子供を攫うってよく脅されたんです」


 ――そう言ってルルは、「お母さんが生きていた時ですけど……」と力なくつぶやいた。それを見たアンさんはルルの頭に手を置いて優しく撫でた。

 なるほど、悪魔か。ほんとにおとぎ話に過ぎないのかもしれないが、実在する組織のメタファーだったりするのかもしれない。

 とりあえず頭に留めておくとしよう。


「私が知っているのはそのくらいで……。すみません。お力になれなそうで……」

「いやいや、十分だよ。ありがとう」


 申し訳なさそうにするルルに俺が礼を伝えると、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。


「じゃあ、一旦話はここまでにして」


 手をポンと叩いたアンさんがそう切り出す。


「せっかくお店に来てくれたんだし、楽しみましょうよ」

「そうしようか」

「いっぱい飲んでくださいね!」


 アンさんはアルコールのメニューを差し出してきて、俺に注文するよう勧める。さすがは売れっ子を自称するだけあって、俺もついついその気になってしまう。


「ほら、ルルも一緒に。いいですよね、ジークさん?」

「ああ、もちろん」

「えっ、あ、ありがとうございます」


 調査に一役買ってくれたことだし、一緒に酒の席を楽しもうじゃないか。もちろんルルは未成年だから飲酒はさせないが。


「ジュースでも飲むかい?」

「は、はい。ありがとうございます!」


 俺の隣に縮こまるようにして座ったルルに、ジュースを勧める。奴隷の彼女はこうして一緒に席に着くなんて普段はありえないだろう。ルルは恐縮した様子だったが、次第にその表情も解けていった。


「もう少し大きくなったら、ルルもこうしてお客さんを取るかもね。磨けば光るわよ、きっと」

「ほ、ほんとですかっ!」

「そうよ。それに、お客さん取るようになったら、身分を買い戻すなんてあっという間よ」

「が、頑張ります!」


 俺を挟んだそんな会話に、俺は微笑ましくなる。確かにルルは顔立ちが整っていてポテンシャルを感じる。


「ジークさんに最初のお客さんになってもらうよう、今のうちから言っときなさい」

「じ、ジークさん!」

「はは、そうだな。楽しみにしてるよ」


 キラキラした目でこちらを見上げるルルがいとおしく思えて、俺は思わず彼女の頭を撫でた。ルルはくすぐったそうに目を細めた。


「……でも私、アンさんみたいにスキルもないし……」

「スキル?」

「ええ。魅了のスキル。この職業にぴったりでしょう?」


 なるほど、確かに。魅了できるスキルなら夜職にぴったりだ。


「でもジークさんにはスキルが効いていないみたいなのよね」


 笑いながらアンさんはそう言った。


「そうか、じゃあ、こんなにメロメロなのはスキルじゃなかったってわけだ」

「っもう! またまたぁ!」


 そう言って、はははと笑いあう俺たち。酒が入ったからか口が軽くなる。アンさんはただの軽口だと思っているだろうが、あながち冗談でもない。彼女の魅力に俺はかなりひかれていた。

 アルコールのせいか、アンさんの顔は心なしか赤かった。

 そうして裏町での夜は更けていき、俺は両手に花の状況を満喫した。


  ◇


「てんちょー、酒臭いです……」


 そうして朝帰りを決めた俺は、俺が帰ってきた物音で起きてきたミーナに文句を言われた。


「くんくん。香水の匂い。てんちょー、女といましたね」

「なんでわかるんだ」


 鼻をひくひくと動かしたミーナが、ジト目で俺をにらんだ。


「ミーナ抜きでお楽しみ……」

「お楽しみ言うな!」


 どこで覚えたんだそんなセリフ。


「いいなあ、ミーナも連れてってくださいよぉ」

「お前にゃ十年早いよ」

「ぶー」


 ぶー垂れるミーナをあしらいつつ、俺はアルコールの残る体を引きずってベッドにもぐりこんだ。

 開店にはまだ少し時間があった。

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異世界雑貨屋、世界を救う 雨田キヨマサ @fpeta

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