第五章 モードレッド

 私は漁師に拾われました。

 拾った綺麗な子供だと、小さい頃から男たちの集まるところに連れてこられました。

 男たちは私を寝転がして身体中に触れました。身体の中にも触れました。

 何をされてるのかわかりません。

 ただ痛くて、怖いのです。

 だんだん慣れて、こつがわかってきました。

 一生懸命媚びて媚びて媚びると、優しくしてもらえるようでした。

 とにかく謝れば、殴られなくてすむとわかりました。

 丁寧な言葉で喋れば、殴られにくくなるとわかりました。

 それでも殴られることはありました。

 あるとき、旅人が来て、その人は散々に私を打って、散々にひどくして、そして私に言いました。

「お前はキャメロットのアーサー王に似てる。小さな王を犯してるようだ!」

 旅人はげらげら笑いました。

 私に傷がついたので父さんが余計に旅人からお金をとりました。

 キャメロットのアーサー王?誰でしょう。

 次に来た違う旅人にまた尋ねました。

 すると旅人は言いました。

「あぁ、君は冒険譚に興味があるのかい?」

「私はアーサー王に似ているって、それを犯すのが楽しいって言われました」

 その旅人は私をギュッと抱きしめ「可哀想に、可哀想に」と言いながら、アーサー王の冒険のお話をしてくれました。

 お話はすごくワクワクしました。

 そんな不思議なことが起きるの?

 強い強い騎士がいるの?

 綺麗なお姫様がいるの?

 素敵なお妃様がいるの?

 旅人は「また来るね」と言って、それから度々来てくれました。

 私といるのはお金がいるのに、父さんにジャラジャラ払わないといけないのに。いつもいつも。

 その旅人は私を抱きしめてお話だけして帰っていきます。

「てっきり普通の娼婦と思って買ったんだ。君みたいな子が、君みたいな子が、出てくるなんて」

 普通の娼婦なら良くて、私だったら駄目なんでしょうか。よくわかりません。

 旅人は泣きながら、また話をしてくれました。

 アーサー王のお話。

 アーサー王。私に似ているアーサー王。

 どんな人なんでしょう。

 もしかして、もしかして。

 本当の父さんだったり。

 しないですよね。


 ある日、あの旅人さんがやって来ました。

「君のことを話したら、君を買い取るという貴婦人が見つかったんだ!」

 旅人さんは父さんに物凄いお金を払って私を買い取り、私は旅人さんと旅をしました。

 毎日いろんなお話をしてくれました。

 アーサー王と、アーサー王の持つ円卓に座る、素敵な素敵な騎士の話。

 やがてお城に連れてこられ、奥の奥の部屋に通されました。

 旅人さんは「元気でね」と言って、どこかへ行ってしまいました。

 しばらく部屋でまっていると、奥の壁が動いて、扉の形になって、開きました。

 すごい、すごい、旅人さんの言っていた隠し扉!

 その扉の向こうから、黄金の髪が腰まで伸びて、緑の目の、すごくすごく美しい貴婦人が現れました。

「ああ、あなた。本当にアーサーに似てるわね」

 貴婦人は私に近寄って、頭に手をかざしました。

 私がビクリと縮こまると、髪を一本プチリと取りました。

「男娼を買うゴミ男と一緒にしないで」

 フン、と貴婦人はまた、隠し扉の向こうに消えました。

 しばらく時が立ちました。

 貴婦人が隠し扉から出てきました。

 そして私に微笑みました。

「ごきげんよう、モードレッド。あなたの叔母のモルガンよ」

 モルガンさんは、旅人さんのお話に出てくるお妃様のようでした。

 モルガンは私の手を引き、隠し扉の向こうに連れていってくれます。

 すごいすごい!これはお話の世界!

 薄暗い廊下にところどころ置いてある松明が、赤赤と燃えています。

「モルガンさん」

「モルガンだけでいいわ。愛しいお姉さまの息子ですもの。お前のことは大事にするわ」

「私が大事?」

 私の言葉にモルガンは顔を顰めました。

「あぁ……だいぶ酷い目にあったのね。男はこれだから嫌いなのよ。大丈夫、叔母さまはそんな趣味はないから」

「はい、趣味がないんですね」

「お前ね……まあいいわ。変な受け答えだけど、汚らしい言葉遣いじゃないから」

 廊下が終わって扉がありました。

 モルガンはペタリと手を当てて、何か唱えます。

 扉がひとりでに開きました。

 すごい、すごい、本当にあるんだ、魔法の扉とその奥にある魔法の部屋!

「思ってたよりは地味だけど」

「……お前、ちょっと……ああもう、いいわ」

 モルガンが何か言っています。

 壁中一面、棚、棚、棚、棚。

 いろんな瓶の中に草の乾燥したのとか、実とか、いろんな色の液体とか、液体に使ったぐにょぐにょしたものだとか、丸まった何かわからないのとかがあります。

 丸いのと、四角いのと、三角の、不思議に透明な大きな瓶も沢山あります。

 部屋の真ん中に陣取る、人が五人は横になれそうな大きなテーブル。そこには本や瓶や容器や棒の小さいのや、いろんな草が転がっていて、紙にいっぱい書きつけがあります。

 部屋の奥にはひとつだけベッドがあります。

 モルガンはそのベッドに私を連れてきて、座るように勧めます。

「思ったより硬いですね」

「硬い方が寝やすいのよ。ああもう、そんなのどうでもいいの。こっち、見て」

 モルガンはベッドの奥の壁を指します。

 全面びっしり本棚です。

 モルガンは本棚の赤い本を一冊抜き取りました。

 すると、本棚が、まるで窓のように四角い形にシューッと切れ目が入り、左の縦を軸にグルン!と回転しました。

 大きな棚がありました。

 透明の大きな箱があり、そこに人の生首が入っていました。

 私が大きく息を呑むと、モルガンがシーッと口もとに人差し指を当てました。

「叫んじゃダメよ。大丈夫。この男は人間じゃないから」

 人間じゃない?

 でも人間みたいです。

 髪はキラキラ銀の髪。お顔立ちもすごく綺麗。男か女かわからないけど、モルガンが男というならそうなのでしょう。

「半分だけね」

「なにが半分?首の前だけ人間で、首の後ろが化け物なのですか?」

「……いや、見た目は全部人間よ。人間じゃないというのは、血の半分が人ではないの。悪魔なの。それも夢魔。不思議な力を持っているのよ。過去が見えるし、多少は未来も見えるの」

「彼は目を閉じてるから、現在が見えないですね」

「……もういいわ。続けるわね」

 モルガンは首を瓶から取り出し、自分の顔の前に持ってきて、そっと口づけました。

 首が目を開けました。綺麗な綺麗な青空の色。

「私たちの口づけでしか目を覚まさない。そういう風に魔法をかけたの。まったくもう、お母さまは変な魔法をかけるわ。こんな男になぜ口づけなきゃいけないの」

「あら、素敵な魔法じゃない」

 真後ろからいきなり声がして、心臓がはねあがりした。振り返ると少女がいました。さっきまで、いなかったのに!

 少女はモルガンが若返ったような見た目でした。

 モルガンがフゥとため息をついて言いました。

「便利よね、マーリンのそれ。私も早く影で移動できるようになりたいわ」

「習練さえ積めばあなたも簡単にできるわ。マーリンにたくさん教えてもらいなさい。さあ、首を貸して」

 少女はモルガンから首を受け取り、口づけました。

「マーリン」

「おお、ヴィヴィアン」

 少女、ヴィヴィアンは生首のマーリンと微笑み合います。

 少女はマーリンを膝に置いて歌います。


 五月の女王 きょうもごきげん

 あたらしいのがやってきた

 あたらしいのがやってきた

 

 五月の女王 きょうもごきげん

 かわいいかわいいこどもたち

 わたしのかわいいこどもたち


「色気の足りない声ですね」

「なんなのこの子!モルガン!」

 私の言葉にヴィヴィアンが怒鳴りました。

 怖い。

 モルガンが苦笑いしました。

「この子、受け答えが変なのよ。あと酷い目にあってるから感性が変なの。諦めて。可哀想だし。この子はお姉さまの子モードレッド」

「モードレッドは男の子のはずだけど」

「男よ、この子」

「嘘!」

 ヴィヴィアンが私の股のあいだをいきなり掴みました。

「本当ね……」

 怖い。怖い。この人怖い。

「お母さま、もう!モードレッド泣いちゃってるでしょ。話が進まないじゃない」

「えっ、あら、大変。えらく繊細な男の子ね」

 ヴィヴィアンに頭を撫でられました。

「いい子、いい子よ、モードレッド。私の小さなお孫さん」

 私は不思議に思いました。

「あなたは私のお祖母さん?」

「そうよ。そして今は貴方のいとこ」

 モルガンがヴィヴィアンを見ながら言います。

「お母さまは私の娘になっているの」

 モルガンの娘がヴィヴィアンでお母さま?何が何だかわかりません。

「わからなくてもいいわ。よし、泣き止んだわね。続けるわよ、モードレッド」

「はい、モルガン」

「あなたは今からキャメロットに行きなさい」

「キャメロット!アーサー王がいるところ!」

「あら、知ってるの。話が早いわ。あなたはね、アーサー王とお姉さまの息子なの。早速お姉さまに手紙を送っておいたわ。『幸い、生まれたときに首に特徴的なアザがあった。だから大丈夫。モードレッドと保証できるわ』って。手間が省けたわ。マーリンなら親を確認して、しかも信用してもらえるけど、もう首だし。私もできるけど、私の言うことは誰も信じないもの」

「お姉さま?モルガンのお姉さまが私の母さん?」

「そうよ。私のお姉さまがあなたのお母さま。あなたが死んだと思っていたから、とっても喜んでいたわ」

「私を喜んでくれる?」

「ええ、お姉さまは私と違って子供が大好き。だから、あなたをとっても愛してくれるわ」

「愛してくれる、愛してくれる、母さん」

「良かったわね。ま、どうでもいいけど。どうせ皆すぐ死んじゃうからね」

「皆すぐ死んじゃう?」

「人はすぐ死ぬでしょ」

「それはそう、ですね」

 モルガンは、人は死ぬから愛さないのでしょうか。お姉さまも愛してないのでしょうか。それを訊いたら、またなにか言われそうな気がしたのでやめました。


 モルガンに上等の服を着せられて。

 そして、キャメロットに行きました。

 モルガンは嫌われてるからキャメロットに来れないそうです。

 だから私、ただ一人。

 怖いけど、怖いけど、父さんが、アーサー王がいるなら行きたいです。

 母さんも来てくれるって言ってます。母さんは妹のモルガンに似てるらしいです。

 門番の人に「モードレッドといいます。アーサー王の息子です。アーサー王への面会はどうやったらできますか?」とたずねました。

 すると門番の人は仰天して、泡を食って門の中に駆け込みました。

 いつになったら帰ってくるんでしょう。

 じっと立ち尽くしていたら、二人の人がやってきました。

 一人は銀髪を肩より少し長めに伸ばした、茶色の瞳の優しそうな隻腕の人でした。彼は穏やかな声で言いました。

「モードレッド様でいらっしゃいますか。私は円卓の騎士のベディヴィアです。アーサー王への面会をご希望とのことですね。お連れします。どうぞ」

 聞いたことあります!ベディヴィア卿!

 ベディヴィア卿に付いて行きながら、私は話しかけます。

「知っています。アーサー王と一緒に巨人退治にいったベディヴィア卿ですね」

 すごいすごい、本当にいるんですね!お話の中の騎士!すごい!優しそう!かっこいい!お顔が良いです!

「光栄です」

 うわぁ、優しい笑顔です。素敵!

「大好きです!」

「ふっ」

 ベディヴィア卿が笑います。なにかおかしかったですか?

「ああいえ失礼、パーシヴァル卿みたいだな、と」

「パーシヴァル卿も聞いたことあります!」

「無礼と非礼と破茶滅茶のパーシヴァル、ってか?」

 物凄く人相の悪い人が顔を出しました。

 怖い、怖い、怖い!

 でも、大丈夫!騎士様なら助けてくださるはず!

「ベディヴィア卿、助けてください!この人、悪い人です!」

「……ッアハハハハハ!」

 えっ、ベディヴィア卿が笑ってます。どうしてですか?

 もしかしてこのベディヴィア卿、偽者ですか?悪い人の一味ですか?

 ベディヴィア卿は、私の背中をトントンと優しく叩きます。旅人さんみたいです。一味じゃなさそうです。そしてそっと耳に「大丈夫」とささやいてくれました。

 ベディヴィア卿はいたずらっぽい顔で悪い人に言います。

「ケイ、悪い人と言われていますよ」

「……ああ、悪い人ですよ、俺は」

 あ!ケイ卿も聞いたことあります!

「すごく口が悪いけど、ほんとはそんなに悪い奴じゃないケイ卿ですね!怖がって損しました」

「……ッアハハハハ!」

 ベディヴィア卿がまた笑います。

「おい、ベディヴィア、笑うな、おい、畜生、モードレッド、お前、お前な」

「フフフフ、ケイが言い澱むのを初めて聞いた気がします」

 ベディヴィア卿は涙を流して笑っています。

 そうです。ケイ卿とベディヴィア卿は一緒に冒険をたくさんしてるから仲良しなんです。

「お二人は本当に仲がよろしいんですね!」

「ええ」

「腐れ縁だよ……」

 ケイ卿は不服そうです。知っていますよ。腐れ縁とか言い出す人は照れているだけなのです!

 歩いてるうちに大きな扉の前に来ました。

 扉が開きました。


 そこからは怒涛のようでした。

 アーサー王が扉の真後ろにすぐにいて、私の顔を見て「モードレッド!」と叫びました。

 そしてギュウギュウ抱きつかれ……

「いたたたた、いた、痛い!痛いです!ベディヴィア卿、助けてください!」

「失礼」

 ベディヴィア卿が私の腕を掴み、王からベリッと剥がしてくれます。

「な、なんで、なんでベディヴィアを頼る?」

 アーサー王は涙目です。

 ふふ、力は強いのに全然怖くないです。

「私と陛下の冒険譚をご存知なのです。先ほどケイが脅したときも頼られました。どうやら私をご信頼いただけましたようで」

「余を信頼してくれ!」

「信頼してほしいなら、まずは陛下はご自身の力加減を調整することを覚えてください」

「それは……すまん……」

 面白いです。本当にお話通り。アーサー王は円卓の騎士を友達のように思っていて、とっても仲良しだと旅人さんは言っていました。円卓の騎士は遠慮なく容赦なく王様になんでも言うのです。

 その後、ベディヴィア卿とケイ卿に連れ出されました。

 綺麗なお部屋にやってきました。

 ケイ卿が言いました。

「アーサー王はすぐに信用したようだが、俺たちは簡単に信用するわけにはいかん。これからお前の母親や兄に連絡する。あいつらに確認してもらうまでは、アーサー王には面会禁止」

 そんな。

「でも父さんなんです」

 そう言うと、ベディヴィア卿が申し訳なさそうに切り出します。

「すみません。これは冒険なんです。偽物か本物かを見分ける冒険なんです。私たちは円卓の騎士。冒険を必ずや、やり遂げなければならないんです。あなたも協力する冒険です」

「冒険」

「そうです。だから成功させるために耐えるのです。モードレッド様は騎士になりたいですか」

「騎士、なりたいです!」

「では、これは騎士になるための第一関門です」

「頑張ります!」

「その意気です!」

 ベディヴィア卿とガッと腕を組み合わせます。

「普段はこちらの部屋で寛いでください。城からは出てはダメです。外に出るときは扉で見張ってる衛兵に声をかけてください」

 私はうなずきます。これは冒険なのです。

「やれますね?」

「はい!」

「健闘を祈ります」

 ベディヴィア卿はにこにこ笑って、手を振って、ケイ卿と行ってしまいました。

 ケイ卿は「いたいけな若者を……」とかなんとか言ってましたが、いたいけってなんなのでしょう。


 お部屋には毎朝、ベディヴィア卿が来てくれます。

「お話が好きなのなら吟遊詩人が来ているから毎日来させましょう」

 毎日、吟遊詩人さんが来て、ずっとお話して竪琴を弾いてくれました。

 寝るときだって、竪琴を奏でてくれます。おかげで寝るとき全然怖くないのです。

 そして毎朝、昨日の話をベディヴィア卿に確認します。すると「ああ、それは本当ですよ」「うーん、それは誇張してますね」「それはさすがに嘘です」と裏話を聞かせてくれます。

 すぅごくすぅごく楽しくて、毎日はあっという間に過ぎていきました。


 ある日の朝、ベディヴィア卿とケイ卿がやってきました。ベディヴィア卿が言いました。

「今日、お母様とお兄様方がいらっしゃるそうです。アーサー王のいる広間へ参りましょう」

 ケイ卿が表情をひん曲げて言いました。

「これでお前の軟禁生活もおしまいだな!」

 軟禁生活?軟禁生活だったのですか?

 ベディヴィア卿を見ます。

「騎士は晴れて外に出ることができ、お父様やお母様、お兄様と会うことが出来、めでたしめでたし。ですよ。モードレッド様」

 ですよね!


 広間に行き、アーサー王に会う。

「近う寄れ、近う寄れ。余は信じておるぞ」

「はい」

 アーサー王の玉座の側まで行く。

「びっくりするぞ、モードレッド。そなたの母もそなたの兄もそれはそれは美しいぞ」

 そうです。母さんはモルゴース。兄さんって誰なのでしょう。

 モルゴースの名が出てくる冒険譚はありません。

「王!」

 綺麗な大きな声です。誰でしょう。

 振り返りました。

 大天使ミカエル様みたいな人がいます。連れていってもらった教会で見ました。私の兄さんは天使様なんでしょうか。

 その横に大天使様の子供みたいな男性が二人います。たぶん大人だと思うのですが、どう見ても大天使様の子供です。

 もう一人、女性がいます。ミカエル様と似ているけれど、小柄で、私よりもう少し小さくて、しなやかで綺麗な身体の線の美しい人がいます。旅人さんが語っていた女神様みたいです。湖から上がって来そうです。

 この方が、母さんの、モルゴース?

「モードレッド!」

 女神様が駆けてきて、私の胸に飛び込んできました。

「……かあ、さん?」

 わかりません。すごくやわらかいです。いい匂いがします。モルガンのお姉さまだそうですが、全然違います。モルガンよりずっと柔らかくてふにゃふにゃしています。

「そう、そうよ、お母様よ」

 母さん、母さん、こんな女神様が私の母さんなのですか?

「まだ決まったわけではないが」

 アーサー王が言いました。

 そ、そうだったのですか!

 で、でもでもベディヴィア卿がめでたしめでたしって、めでたしめでたしって!

 ベディヴィア卿の方を見ると、口だけで「こ・れ・か・ら!」と言いました。おまけにウインクしてくれました。

 そうです。まだお話の終わりまで来てないのです。

「いいえ、この子はわたくしとあなたの子。モードレッドよ。わたくしは覚えています。首の付け根に馬蹄型のアザが三つあるの。あったわ、ここに」

 母さんがグイッと私を引き寄せます。もちろん私は従います。母さんは服の首周りを引っ張って、ずらしました。いつもなら怖いのに母さんだと怖くないのです。母さんは本当にふにゃふにゃなのです。

 母さんはアーサー王に私の首を見せました。

「覚えてる!あったよ!」

 大天使様の横の小天使が叫びます。

 小天使は私が生まれたとき、この世にお使いに来ていたのでしょうか。

 母さんは小天使を見てうなずきました。母さんは女神じゃなくて大天使様なのかもしれません。ガブリエル様にそっくりです。

 母さんは言います。

「ガヘリスはモードレッドを産んだときにずっとわたくしの側にいました。ですから見ております」

「ガヘリス卿、確かか?」

 アーサー王が言いました。

 小天使様はガヘリス卿。ガヘリス卿、聞いたことがあります。誰か他の騎士にくっついていたはずです。

「はい、間違いなく」

 ガヘリス卿が証言します。

「そうか……」

 アーサー王がぐったりしました。

 冒険の終了はわりと疲れるものなんでしょうか。

 でもきちんと終了か確認しなくては!

「私、は、母さんの子でいいんですか?」

 口に出すと怖くなってきました。

 私が、私が、こんな、こんな、大天使様の子で良いのでしょうか。

「ええ、ええ、間違いないわ」

 大天使様は可哀想らしい私を救いに来てくださったのでしょうか。

「ああ、母さん!」

「モードレッド!」

 母さんに抱きしめられます。

 これが母さん。母さんというものはこれなのですね。

 ふにゃふにゃ柔らかくて、気持ち良くて、全然怖くなくて、いい匂いの母さん。

「良かった……」

 アーサー王が言って、母さんと私を抱きしめます。

 冒険終了めでたしめでたしです!

 あれ?ガヘリス卿とは違う、もう一人の小天使が来ました。

 すごく可愛い。

「モードレッド。初めまして。君の兄のガレスだよ。よろしくね」

 兄さんってこんなに可愛いのですか。

「モードレッドです。兄さん、可愛いですね」

 兄さんが止まりました。魔法にでもかかったのでしょうか。さすがキャメロット、不思議の都です。

「そうでしょう、モードレッド。ガレスは可愛いでしょう?ウフフ、私の自慢の息子よ!」

 母さんがフフンと威張ります。可愛い息子は自慢。

 私は、私は可愛いですか?自慢ですか?

「私は、可愛いですか?」

「当たり前よ、モードレッド。二人とも私の可愛い子供たち」

 母さんが背伸びしながら私の頭を撫で、もっと背伸びしてガレスの頭を撫でました。

「母様、可愛いは、ちょっと」

 ガレスが母さんに言いました。

 ガレス、可愛いは嫌なのでしょうか。自慢なのに。あ!そうです!

「大人になったら子供扱いは嫌ということですか!」

「モードレッド、わかってるなら言わないでよ……」

 ガレスが困って眉をしょんぼりさせます。

 騎士になったのに子供扱いされたら嫌だという騎士さんのお話がありました!知っています!旅人さんは言っていました。

「『優しい優しいお母様が僕を可愛いと子供扱いする。僕は我慢ならない。僕はキャメロットへ行って、騎士になるんだ!』そう決意したガレスはキャメロットへやってきました。名前を隠して身分を隠して行くのです。ガウェイン卿の弟とわかれば依怙贔屓されてしまいます。ガレスはそれもいやなのです」

 ガレス卿!

「ガレス卿はガレス卿なのですね!」

「そ、そうだけど」

「お話で聞きました。ガウェイン卿の弟とわかれば依怙贔屓されるからいやだって!」

「いや、ええ?そんな風に伝わってるの?!」

「はい、旅人さんにお話を聞きました」

「嘘でしょ。そうじゃない、いや、どうなんだろう、それもあるかもしれない、でも僕お金貰っちゃったし、兄様に構ってもらっちゃったし、アグラヴェイン兄様は思いっきり構ってくれたし、うっ、お話の僕の方が立派……」

「あらあら、ガレスはいつだって頑張り屋さんよ。お話よりずっと素敵よ。モードレッド、想像してたよりガレスはどう?」

「可愛いです!」

「でしょう!」

「エーン」

 ガレスはしょんもりしています。

 しばらくガレスと母さんとやりとりしていると、母さんが広間の入り口の方を見て言いました。

「あら、ガヘリスとガウェインがいるわ。早くこちらにくればいいのに変な子たちね。わたくしが行きましょう」

 母さんが走り出しました。

 ガヘリスとガウェインもこちらへ向かってきます。

 合流した母さんとガヘリスは一緒になにかおしゃべり。抱き合いました。仲良しです。

 となりにいるのはガウェイン。

 ん、ガウェイン?ガウェイン?ガウェイン卿!あの有名なガウェイン卿!

 ガレス卿の兄の!たくさんある冒険譚で有名な!え、では、では私の兄さん、兄さんなのですか?本当に?本当に?

 あれ?赤毛の人が母さんに近づいて跪きます。知り合いでしょうか。

 母さんはガヘリスを離し、赤毛の人の顎を触っています。顎を触られるのは嫌なものです。その後口に舌を入れられたりして苦しかったり、指を入れられたり、太いものを入れられたり、とにかく苦しくさせられるからです。

 ガヘリスが何か言うと母さんは手を離しました。母さんは嫌なことをわからずにやったのでしょうか。ガヘリスは注意したのでしょうか。とても優しいです。母さんもすぐにわかるので優しいです。

 赤毛の人は母さんの手を掴みました。怒ったのでしょう。強そうな人だから母さんを傷つけるかもしれません。ガヘリスが頑張って押しのけようとしているけど動きません!

 母さんが打たれてしまう。やめて、やめて、誰か助けて!!

 すると母さんが宙に浮きました。

 ガウェイン卿!ガウェイン卿が母さんを抱き上げています!

 赤毛の人はおろおろしていましたが、母さんにまた近づいてきます。やめて!

 ガウェイン卿がものすごい距離をこちらに飛びすさってきました。ひとっ飛びです。そして私の目の前にピタリと着地しました。

「どうしたガウェイン?」

 びっ……くりしました。いきなり声が聞こえました。そういえば私の真横にアーサー王がいたのでした。忘れてました。

 アーサー王は母さんの手を両手で握りました。

「まあ、アーサー」と母さんはご機嫌です。アーサー王も微笑んでいるので怒っているわけではないようです。

「母上にラモラック卿が言い寄ってくるので、逃げてきました」

 ガウェイン卿の声は綺麗な声なのにすごく険しい声です。

「ほう」

 アーサー王は言いました。

 ガウェイン卿は赤毛の人を見ました。

 赤毛の人がバタンと倒れて床に頭を打ちつけました。身悶えて苦しそうです。

 どうしたんでしょう。天罰が落ちたんでしょうか。母さんを打とうとしたから。

 あ、ガヘリスが動いてこちらに走ってきます。

「おお、ガヘリス」

 アーサー王は嬉しそうです。

 母さんがガウェイン卿と一緒に呼んでいたから、私の兄さんなのでしょう。ガウェイン卿のお話にちょっとだけ出てきていました、ガヘリス卿。

 ガヘリス卿はアーサー王に抱きつきます。子供みたいです。近くで見ると小さな天使です。

「なんだ、ラモラック卿が怖かったかな?」

 アーサー王が甘い声で言います。ガヘリス卿はアーサー王にも可愛がられているらしいです。

「あの人、ガウェイン兄さんを追っかけてて、元々気持ち悪かったんです」

 ラモラック卿、ガウェイン卿を追いかけて気持ち悪いのですか。敵ですね。

「何?!」

 アーサー王が言って、ギラリと睨みました。睨んだ先をみるとラモラック卿が倒れています。アーサー王が天罰を追加したのかもしれません。

「あ、あれ、死んでませんか?アーサー王」

 ガヘリス卿が怯えています。

「あやつは円卓の騎士だ、そこまではせぬ」

 あのラモラック卿、円卓の騎士なんですか!そういえば、パーシヴァル卿の兄のはずです!

 パーシヴァル卿は私みたいだとベディヴィア卿が言っていました。兄のあの人も私に似ているのでしょうか。でも私は母さんを打ったりしません。

 それにしてもガヘリス卿です。兄さんです。はじめて会ったら挨拶なのです。

「あ、あの、ガヘリス卿」

 言葉がつっかえました。恥ずかしいです。お話のようにはいきません。

「ん?」

「モードレッドです。あの、初めまして」

 ガヘリス卿がじっと見てます。私がつっかえたから怒っているのでしょうか。打つのでしょうか。怒鳴るのでしょうか。口にいろいろ入れるのでしょうか。下の口にも入れるのでしょうか。謝らないと謝らないと、でも謝っても打たれるかも、

「ああ、初めまして。ガヘリスです」

 えっ?

 手を差し出してきます。

 握手です。

 握手は手を差し出して互いの腕を握り合うのだと、それが友情の証だと、ベディヴィア卿が私に毎朝やってくれていました。

 私はガヘリスの腕を握り、私の腕をガヘリスが握ります。

 友情の証でした。

 良かった、良かった、良かった!

 すると横からそっと声がします。

「ガヘリスは赤子の君の面倒を見ていてくれたんだ。しかもきちんと証言もしてくれた。優しい兄上なんだよ。ね。お礼を言おう」

 赤子のとき、面倒を見る。

 面倒を見るといつも男たちが言っていました。そして私を打ちました。そして私を触りました。私に入れて揺さぶりました。次の人に「次はお前が面倒見てやれ」と言いました。ガヘリス卿はしていたのですか、赤子のときに私の面倒を見ていたのですか。私はお礼、お礼、お礼を言うのですか。確かにお礼を言えと言われたことはあります。でも言ったら、何度も入れられ揺さぶられるだけでした。苦しいのです。あれは、あれは嫌です!

「す、すみません!私は本当に不調法者で、あの、怒らないでください……」

 謝ったら、謝ったら、許してくれるでしょうか。

「怒ってないよ。気にしないで」

 良……かった、良かった、良かったです!

 でも、でもガヘリス卿、怖い、怖い、怖いです。小天使様のような見た目なのに、村の男たちと同じなのかもしれません。

「ねえ、ガヘリス」

 ガウェイン卿が言います。

「いったんロジアンに帰ろう。アグラヴェインにモードレッドを紹介しなきゃ」

 アグラヴェイン。聞かない名前です。

「まあ、そうね。アグラヴェインにも会わせないと!」

 母さんが言うので、それも兄さんかもしれません。

「久しぶりに皆で帰れるね、ガヘリス兄様!」

 ガレスが言います。

 でもガヘリス卿には来てほしくないです。

 しかし私にそんなことを言う権利はありません。ガヘリス卿の方が偉いのです。

「そう、だね、ガレス。帰ろう」

 ガヘリス卿が言いました。私にいやがる権利なんてありません。


 物凄い時間をかけて旅をしました。

 そしてロジアンにつきました。

 焦茶の毛が肩の下にまで落ちてて、灰色の目の男の人が待ち構えていました。

 ごつごつした身体つきで、目がアーサー王みたいに優しくありません。

 怖い、怖い、この人もガヘリス卿と同じかもしれません。

「やあ、お帰り!君がモードレッドかな。うんうん、アーサー王にそっくりだ。間違いなくモードレッドだね。ここは君の生まれた場所で君の居場所だ。さあ、こっちに来るがいい、案内しよう」

 声が大きくて怖い。

 母さん、母さんの姿が。母さんの姿がありません。

 母さん、母さん、優しくてふにゃふにゃの母さん。母さん、どこ、どこですか?

 そっと優しい声が聞こえます。

「ほら、モードレッド行こう。あれが私の弟のアグラヴェイン。いや、アグラヴェイン卿だよ。……怖い?」

 ガウェイン卿が、話しかけてきます。

 ガウェイン卿は優しい目で、大天使様みたいで、評判が高い誉高き騎士です。

 きっとベディヴィア卿のように助けてくれるはずです。

「はい、怖、怖い、です。あの人目が怖いです。私に怒っています。ガウェイン卿、助けてください」

「……モードレッド、観察眼が鋭いね。アグラヴェインもまだまだだ。ああ、いや、ええっとね。アグラヴェインは物凄く怒りっぽいんだ。でもそれを一生懸命抑えながら、彼なりに騎士として振る舞えるように頑張ってる。だから酷いことはしないよ。まあ、怒り出したりは……ある、かもしれない。でも私がいるからね。大丈夫。怒り出したら助けてあげる」

「はい。わかりました」

 ただ怒りっぽい人なのですね。そういうことならわかります。でもケイ卿みたいに悪い奴じゃないのか悪い奴なのかがわかりません。「絶対ガウェイン卿、側にいてください」

「いるよ。絶対に助ける。でも勇気を出して、アグラヴェイン卿の側に行こう。でないと失礼だからね。私と距離が空いても大丈夫。すぐ行けるからね。母上を抱えて私が飛びすさったのは見てただろう?」

 そういえばそうです。母さんを抱えたままひとっ飛びで、グーーーーーンと遠い距離が、一瞬でした。ガウェイン卿の跳躍力はすごいのです。

「わかりました。勇気を出します」

「よし!行っておいで!」

 私は意を決してアグラヴェイン卿の真横まで歩いていきます。アグラヴェイン卿が肩を組んできます。怖い。でも勇気です!

 アグラヴェイン卿は大きな声で案内してくれます。怖くて何を言ってるのかよくわかりません。

 なにか、言わなくては。うぅん、うぅん、キャメロット!キャメロットと比べたなにかなら言えます!

 壁を見たら装飾がありません。

「あ、キャメロットみたいに装飾はないんですね」

「ああ、キャメロットは魔術師マーリン殿がこの世に建てた中で最も素晴らしい夢幻の城だからね。彼の魔法はすごいんだよ。人の影にドプン……と水に落ちるように入ってね。このロジアンとキャメロットを往復してしまうんだ!」

 アグラヴェイン卿が、旅人さんみたいにお話をしてくれます。怒らずに騎士らしく振る舞うってこういうことなのですか。すごい、すごいです。アグラヴェイン卿の頑張り!

「あ、キャメロットみたいな宝石は嵌め込まれてないんですね」

「そうだね。キャメロットの壁や天井に嵌め込まれてる宝石はね、取れないようになってるんだ。これもマーリンの魔法でね。唯一、外せるのはアーサー王のみ。だからキャメロットにお金が不足してるときは、こっそりアーサー王は壁の宝石を取り外して、こっそり宝物庫に入れておくんだ。宝物庫の管理をしてるケイ卿は宝石を発見して『おお、天の恵みよ!今月の食費よ!』と言って喜びのダンスを始める。そのダンスがあんまりおかしくてこっそりアーサー王はそれを見て、クスクス笑っているんだよ」

 ケイ卿のダンス!あのすごい顔をさらにグチャグチャにして踊るんでしょうか?ウフフフ、フフフ!アーサー王、愉快な王様です!

「中庭、そんなに広くないんですね」

「ああ、この中庭はね。ガヘリスがずっとガレスと遊んでいたんだ。手と手を繋いでお散歩したり、一緒に歌を歌ったり、いろんなお話をしたり、走り回ったり、お昼寝したり。俺はそれを城の窓から見て、安心して仕事をしていたんだ。ガヘリスはガレスの面倒をよく見る優しい優しい兄上なんだよ」

 えっ……。面倒を見るって、そうなのですか。お散歩、歌、お話、走り回り、お昼寝。そんな、まるでお話の中の貴婦人と騎士の密会のような。

 ああ、そう、そうです。この人たちは騎士なのです。子供の頃からそういう風に過ごしているのです!素敵なお話の世界のように。

 ガヘリス卿、怖い人じゃなかった。優しい優しい兄さんだった!


 城中の案内が終わって、アグラヴェイン卿は綺麗な部屋に連れてきてくれました。

「すまない、いきなり連れ回してしまったな。晩餐までゆっくり休んでいてくれ」

「あ、はい。あの、母さんは」

 母さんに、母さんにお話ししたいです。アグラヴェイン卿は素敵だったって!

「母上は長旅でお疲れだ。しばらく休ませてやってもらえるか」

「あの、でも」

 お疲れなら余計に抱きしめてお話してあげないといけないのでは?抱きしめて寝かせてあげないといけないのでは?

 旅人さんはそうしてくれました。他の人は休ませてくれなかったけど、旅人さんは「ゆっくりお休み、疲れてるだろう」って私を抱きしめて、私が眠って目覚めるまでずっと抱きしめててくれました。

「晩餐のときに改めて会おうな」

「……はい……」

 なんだか駄目みたいです。

 もしかして、貴婦人は違うのでしょうか。私とは違うのでしょうか。

 騎士のガヘリス卿が面倒を見るとき、みんなと全く違うことをしていたように。

 貴婦人の母さんが疲れて休むときは抱きしめてもらって寝ないのでしょうか?


 部屋で考えていたら、ガウェイン卿がやって来ました。

 えらくとってもご機嫌で、輝く笑顔で眩しいのです。

「君にこれから教育をしようと思う」

「教育?」

 そういえば、旅人さんのパーシヴァル卿のお話に出てきました。「『君は教育がなっていないようじゃな。よろしい、すべて教えてやろう。素晴らしい騎士になるのだぞ』城の騎士にそう言われてパーシヴァルは一生懸命教わりました。指導は厳しいものでしたが、ぜんぶパーシヴァルのためにやってくれているのです。パーシヴァルは厳しい指導によく応え、みるみるうちに立派になりました」

 パーシヴァル卿と同じこと、今度は私ができるのですか。城の騎士……ガウェイン卿は騎士です!

「やります!やります!厳しい指導にも応えます!立派になります!」

「ようし、良かった!早速晩餐から特訓だ!」

 晩餐?晩餐で指導ってなんでしょうか?


「モードレッド!食べる前に、手は先に洗って!水を持って来てもらってるからかけて貰うんだ。ほら、手を出す!手を出すんだ、飛ばさないように手の向きに気をつける!違う、私のを見ていて!こう!いやもうちょっと……そう!上手い、そうだよ!ああ無言で終わらすんじゃない!水を持ってきてくれた人に『いい香りですね、これはなんのハーブ水ですか?』だ。香りがわかるときは『ローズマリーですね、いい香りですね』だ。もっと工夫した言い回しを考えることも大事だが、まずはシンプルにその二択でいい!人に何かしてもらったら、心地良かったことを言って褒めること!人の上に立つ人間には当たり前のことだ。いいね?」

 怒涛のようにガウェイン卿が言います。

 頭がぐるぐるしてきます。とにかく手を出すことはわかります。あと、あと、褒めること?

「ねえねえ、モードレッド」

 いきなりガヘリス卿が話しかけてきます!

「な、なに、なにですか、ガヘリス卿」

 パン、パンの正しい持ち上げ方ってどうするんですか。ガヘリス卿はなんですか。ガヘリス卿は、パンは、ガヘリスパンは、パン、パン、パン、

「子供のとき、兄弟って、いた?」

 兄弟!パン!兄弟!いません!

「いません。う、うわ!一人です!」

 パンが吹っ飛んでいきました。どうしましょうパン。

 パンがなければ、あ、魚がある!

「モードレッド」

 ガウェイン卿が横から小声で私にささやきます。

「会話だ。ガヘリスと会話をするんだよ。なんでもいいから」

 わかりました!頑張ります!

「魚を釣り上げる方法は、教わりました!」

 父さんが一回だけ教えてくれたことがありました。一緒に行きました。愚図、愚図、早くしろ!と言われましたが、一匹だけは釣り上げました。本当に愚図だな!と殴られました。そしてその後、漁師たちの集会所に連れて行かれ、父さんが皆の前で私を罵倒しました。皆が言いました。「綺麗な子供だ」「愚図でも使いようはある」「俺が試してやろう」「俺もだ」父さんは首を振りました。「待て待て、拾ったとはいえ、俺の子だ。俺の物だ。使うというなら金を払え」男たちはうなずいて、父さんにお金を払いました。父さんは私の頭を撫でて嗤いました。「お前はコッチの釣りが上手だな」だから私はきっと釣りは上手なはずです。……でもやっぱり魚でないと駄目でしょうか。

「ああ、それなら私も教わったよ。もう朧げだけど」

 ガウェイン卿が言いました。どっちの釣りでしょう。でも魚釣りも一回はしたし、コッチの釣りは沢山できるし、大丈夫です。

「今度、教えてあげましょうか?」

 どっちでしょうか。魚釣り、魚釣り、思い出せるでしょうか。どうしましょう。コッチの釣りは覚えてるけど魚釣りはもうほとんど覚えていません。私は愚図です。コッチの釣りしかできないんです。どうしましょう。どうしましょう。

 ガウェイン卿は首を振ります。

「いや、教えてはいらないよ」

 助かりました!

「やってみたらあまりにも釣れ過ぎて、重さで船がひっくり返って溺れかけてね……ちょっと釣りは怖いんだ」

 魚のことのようでした。そんなに釣れるものなのですか。私、やっぱり愚図ですね。コッチの釣りしかできないんですね。コッチでは役に立つから有効活用してやるんだ、と父さんが言ってたのは本当だったのかもしれません。確かにお金は沢山払われていて、私は役に立ってるようでした。

「ラモラック、どうなったんだろうね」

 ガヘリス卿がガウェイン卿に言いました。 

 ガウェイン卿がビクッとしました。

 ガウェイン卿?ガウェイン卿にも怖いものがあるのですか?

「彼がいそうなときは母上を連れていかないようにする。私もできれば会いたくないし、イウェインと連絡を取って一緒の時期に行こうかな、キャメロット……」

 そんなに?!

 そうだ、母さんも打たれかけた!

 パーシヴァル卿の兄なはずですが、とんでもない悪人なのかもしれません!

「だ、誰ですか?ラモラック?」

 私が言うと、ガヘリス卿が宥めるように肩を軽く叩いてくれました。やっぱり優しいです。

「僕たちの仇敵。ガウェイン兄さんに付きまとってたかと思ったら、母さんに宗旨替えしたゴミ野郎。強いから注意。あとあいつの父はペリノア王。母さんを犯して、父さんを殺した正真正銘のクズ野郎だよ。あんなやつの子供だ。ろくなもんじゃない」

 犯す。いつもされることを皆がよくそう呼んでいました。あれを母さんもされたのですか。あれは貴婦人でもされるのですか。貴婦人でも。普通は娼婦って旅人さんが言ってました。貴婦人は娼婦ではないはずです。

「ガヘリス」

 ガウェイン卿は首を振りました。

 そういえば、何の話だったでしょう。

「親は関係ない。パーシヴァルは良い騎士だ」

 ガウェイン卿が神妙な顔で言います。

「ああ、まあ、あの人はね」

 ガヘリス卿が肯定します。

 やっぱりパーシヴァル卿は良い騎士で、ラモラック卿が悪い騎士なのでしょう。

 ガウェイン卿が、少し下を向いていた私の顔を覗き込んできます。じっと見つめます。煌めく緑の瞳が綺麗です。どきどきします。なんでしょうか。ガウェイン卿は穏やかに話し始めました。

「パーシヴァルも生まれは騎士でも、彼の母上が騎士として育てようとしなかったから、育ちはまったく騎士じゃない。でも、彼は騎士に憧れ、必死で修行して、騎士たる振る舞いを身につけた。君にもできるはずだ。ただし、やる気がないと何も始まらない。君にやる気はあるのか。アーサー王とモルゴースの子として、騎士として生きていく気はあるか。ないならロジアンからもキャメロットからも去れ。漁師に戻れ。どうする?モードレッド」

 私は騎士になれるはず。私は騎士になれるはず。名高き騎士ガウェイン卿がそう言った!

「私は、騎士になりたい」

 私は顔を上げます。

 ガウェイン卿は首を振ります。

「なりたいではいけないね。さあ、どう言う?」

 旅人さんはお話してました。パーシヴァルが二人の騎士に会ったお話。

「遠くにきらきら輝く金と銀の人たちがいました。二人は馬に乗ってとても立派でした。きらめく甲冑をまとっていました。少年パーシヴァルは母に問いました。『母上、あの人たちは誰?』パーシヴァルを騎士にしたくない母はこう言いました。『パーシヴァル、あの人たちは天使よ』『それなら僕は天使になります!』パーシヴァルは走り出し、二人の天使たちのところへやってきました。『天使様、天使様、僕は天使様になります!天使様にしてください!』金と銀の二人の天使は顔を見合わせ微笑みました。二人同時に言いました。『『私たちは騎士だよ』』パーシヴァルは顔を薔薇色に染めました。パーシヴァルは高らかに宣言しました。『僕は騎士になります!騎士にしてください!』」

 私はパーシヴァルのようになりたいのです!

「なります!騎士になります!騎士に、してください!」

 私が言うと、金の天使様は言いました

「ようし、その意気だ!明日は壁を10回登ろう!」

「はい!」

 もしかしたら、金と銀の天使の金の方は、ガウェイン卿かもしれません。


 翌朝。壁と壁が天高く聳えるところに連れて行かれました。アグラヴェイン卿もガヘリス卿もガレス卿もあっという間に頂上まで登って姿が見えなくなりました。

 私も手をかけました。

 1回目は両手足がもつれて一歩も登れず、すぐに落ちました。地面はすぐ下でしたが、すれすれでガウェイン卿が受け止めてくれました。

 2回目も同じ。3回目も同じ。ガウェイン卿が手本を見せてくれました。

 4回目も同じ。5回目も同じ。降りてきたアグラヴェイン卿が手本を見せてくれました。

 6回目も同じ。降りてきたガヘリス卿が手本を見せてくれました。

 7回目も同じ。8回目も同じ。降りてきたガレスが手本を見せてくれました。

 9回目も同じ。10回目も同じ。全部一歩も登れず落ちました。

 全部ガウェイン卿は受け止めてくれました。

 ガウェイン卿は「挑戦する意気や良し!」と明るく笑ってくれました。

「さあまだ時間はあります。あと5回やりましょう!」ガウェイン卿はそう言って、11回目も受け止めてくれました。12回目も。13回目も。一歩たりとも登れません。私はやっぱり無理なのでしょうか。

「あと2回です。頑張って!」ガウェイン卿が言います。

 14回目。一歩だけ上がりました。右足のたった一歩だけ。次を動かしかけて、落ちました。「よくできました!」受け止めたガウェイン卿は握手してくれました。

 15回目。私はまた一歩も登れず落ちました。ガウェイン卿は受け止めてくれました。

「よくがんばりました」ガウェイン卿はそう言ってくれました。


 朝食の時間になりました。ガヘリス卿が気づかわしげに言いました。

「モードレッド、大丈夫?身体の大きさは僕と同じくらいあるよね。あの、筋肉ある?」

「あるかどうか気にしたことないですが」

「えっ、でも漁師だったんでしょ。あれ結構筋肉いるよね?そりゃあ頂上まで登るのは無理だけど、小さい兄さんですらよじよじ登ってたよ?」

「小さい兄さん?」

「アグラヴェイン兄さん。もうこんなに小さい頃だよ。父上が頂上まで登るのを見て、小さい子供なのに、片壁をガシガシ登りだして、ええとほら今のアグラヴェイン兄さんの身長の倍くらい登ったんだよ。変態だね」

「誰が変態だ。というかガヘリス、よくそんなことを覚えてるな?」

「僕、記憶が相当昔の分から残ってるんだよ。兄さんが、母さんと父さんの濡れ場を見せないように初めて抱っこしてくれたことも覚えてる」

「……嘘だろ、赤子だぞ」

「覚えてるんですー」

 母さん父さん、というと。

「アーサー王と母さんの濡れ場?」

 アグラヴェイン卿とガヘリス卿がものすごく嫌な顔をしました。

「なお見たくない」

「キャメロットをくれてやると言われても嫌」

 二人とも口々に言います。

「モードレッド」

 ガウェイン卿が肉を切って私の口に放り込みます。

 美味しい。

「私たちの父はロト王。君の父はアーサー王。父親は違うんだ」

 え。

 えぇ。

 えぇぇぇぇ!!

「で、でも、ガウェイン卿はアーサー王の甥って有名で!」

 あれ?

 甥?

 息子じゃなくて?

「そこからなのか……」

 アグラヴェイン卿が天を仰ぎました。

「基本的な理解が、理解ができてない……」

 ガヘリス卿が明後日を見ています。

 ガレスを見ると、うん、とうなずいて口を開く。

「モードレッド、あのね、」

「ガレス、ここは私が」

 ガウェイン卿が遮ります。

「モードレッド。私たち全員あなたを除いてロト王とモルゴースが父と母です。あなたはアーサー王とモルゴースが父と母です。そしてモルゴースが姉、アーサー王が弟です」

「えっ……と、え、姉弟って結婚できるのですか」

「できません」

「でも、私、え、じゃあ……父さんが違うのに来ても良かったんですか」

「今更〜〜〜!!」

 ガヘリス卿が騒ぎ出しました。

 どうしたのでしょう。

「だから言ったでしょう。根性とかそういう問題ではないと!」

 ガウェイン卿が勝ち誇って言い、ガヘリス卿は「オニイサマノイウトオリデス」といじけました。


 朝食後、ガウェイン卿が部屋に連れていってくれました。部屋の中に入ります。

 すごく居心地がいいです。椅子に座らせてもらいます。

「君は海には出てないね。筋力がなさ過ぎる。家で、家事とかやってたのかな」

「いっぱいお金を稼いでました」

「ああ商人と取引をしてたの?」

「違います。打たれたり殴られたりしてました。あと触られたり入れられたり揺さぶられたり」

 ガウェイン卿が真っ青になりました。

 両肩を掴まれます。

「誰に?」

「村の人とか、旅の人とか、いっぱい」

「なんてことだ……」

 ガウェイン卿は考えている様子です。

「怖かった?」

「はい」

「うん……私のことが怖いとかはない?」

「ガウェイン卿は怖くないです。誉れ高き騎士なので」

「それはどうして知ってるの」

「旅人さんが聞かせてくれたお話!」

「ああ、そうか……」

 ガウェイン卿がなんだか壊れそうな顔で微笑みます。

「アーサー王と円卓の騎士のお話です。いっぱいお話聞きました。だから怖くない人はいっぱいいます。アーサー王と巨人退治にいったベディヴィア卿はすっごく優しくてかっこよかったです。ケイ卿は口が悪いけど悪い奴じゃないです」

「アハハ、あぁ、そうだね。その通りだ」

「金と銀の天使が、パーシヴァルを導く話もありました。金の天使はガウェイン卿じゃないですか?」

「ああ……それはね、イウェインと他の二人の三人だ。私とその二人が混ざったんだと思う」

 なるほど。微妙に違うんですね。

「騎士に、なりたい?」

「違います」

「うん?」

「騎士になります!」

「……うん、そうだね」

 ガウェイン卿が両目から涙を流します。

「大変です、目が溶けます!」

 目元に唇を寄せて、ちょっぴり舌を出して、舐めとります。

 ガウェイン卿は目をぱちぱちして、私を抱きしめました。

「君は確かに私の弟で、皆の弟だよ」


 一カ月経ちました。修行の日々は続きます。

 ガウェイン卿は優しく、ときに厳しく、いろんなことを教えてくれました。

「人には優しくするんだ。たくさん言葉をかけてあげる。間違えてたら謝罪する。そして行いを変える」

「強く、強く、強くなること。君の守りたいものを絶対に守れるように。大事にしたい人を大事にするために努力して努力して努力するんだ。目的は誰かのため。その人に尽くすために努力するんだ」

「もしご婦人が嫌がっているのに、無理矢理犯そうとしている男がいたら絶対に助けてあげるんだ。ただし君が強くなるまでは私を呼ぶこと!いいかい。絶対に許しちゃ駄目だ。君も二度と相手にしちゃ駄目だ。そういうことはお互い合意の上でするんだ。合意なら大いに素晴らしいことだ。でも片一方がこばんでるときは絶対やっちゃいけない」

 たくさんガウェイン卿は教えてくれます。

 全部はわからない、と言うと「こういうのは繰り返し百回千回聞いたらわかるようになるから、わからなくても聞いてたらいいよ」と言ってくれました。

 今日の鍛錬も終わって、母さんに報告に行きます。いつもガウェイン卿と一緒に母さんの部屋に報告に行くのです。

 私が「家は漁師だったけど病弱だったからほぼ家で内職をしていた。イチから鍛え直している、ハーブで治療もしているということにしよう」とガウェイン卿は言いました。

 それを聞いてガヘリス卿も納得してくれました。

「まあ、ガウェイン兄さん、医者みたいなものだからね」

 そして、毎日母さんに報告に行くのです。毎回嬉しげに聞いてくれて、ひたいにキスしてくれます。大好きな大好きな母さん。

 母さんの部屋の扉の前まであと三歩くらいのところで、ガヘリス卿が扉の前で佇んでいるのを見つけました。

 部屋の中から水音みたいな音がします。

「聞くな!」

 ガウェイン卿の強いささやき声がして、私の両耳はガウェイン卿の両手で覆われました。

 そのまま抱き込まれて、私は何も聞こえません。身動きも取れません。

 見上げると、ガウェイン卿はガヘリス卿を凝視しながら壁に耳を当てて聞いているようです。

 ガウェイン卿がパッと私を解放して部屋の中に入っていきます。

 私はへたり込みました。

 心臓がどきどきして、息が整いません。

 なんなのでしょうか。

 呼吸どうにか整えて、母さんの部屋へと向かおうとすると、「待て!」というガウェイン卿の声。

 それと共に赤毛のラモラック卿が半裸で出てきました!

 ガウェイン卿が後ろからすぐ追いかけます。

「モードレッド!追うよ!」

「はい!」

 私はガウェイン卿の後に付いて走ります。

 ラモラック卿は後ろを振り返り、ピタリと立ち止まりました。

 私たちも止まります。

 ラモラック卿はニヤリと顔を歪めて嗤いました。

「なんだ、ガウェイン卿だけか」

「モードレッドもいます」

「そこのひよっこなんざ、寝てても殺せる」

 悔しいですが、たぶんその通りです。

「黙っておいてもらえますか。ラモラック卿」

 何を?

「俺が?なんで?女神を殺した奴は血祭りだ。アーサー王も喜んで血祭りにあげてくれるさ」

「やめてください」

「んん」

 ラモラック卿はずいずいとガウェイン卿に近寄ります。

「やっぱり俺は癒されている。お前に近づいても何もない。ああ、嬉しい。いいだろう。黙っておいてやる」

 ラモラック卿はガウェイン卿の顎を片手で持ち上げ、口づけました。

 ガウェイン卿がビクリと震えました。

 ラモラック卿は口を外すと、ガウェイン卿の耳元にささやきました。

「お前が代わりに俺の相手をしろ」

 ガウェイン卿はガタガタガタガタ震え始めました。

「は……は、い、わかり、ました」

 ラモラック卿はガウェイン卿を床に叩き落としました。ガウェイン卿に馬乗りになり、服を引きちぎります。

「もともとお前が欲しかったんだ。ただ女神があんまり美しいから!でもいなくなったんなら仕方ない。お前で我慢してやる!」

 ラモラック卿がガウェイン卿の首元をべろべろとねぶります。

 ガウェイン卿はガタガタと震えています。

「駄目、で、す……モードレッドのいないところ、で」

 ラモラック卿は思いっきりガウェイン卿の頬を打ちました。

「他の男の名前を出すな!」

 またラモラック卿がガウェイン卿を打ちました。

 何をやっているのですか。

 私の兄さんに何をやっているのですか。

 震えているじゃないですか。

 駄目だと言っているじゃないですか。

 ガウェイン卿の言葉が頭に響きます。


「嫌がっているのに、無理矢理犯そうとしている男がいたら絶対に助けてあげるんだ」

 

 そうです。助けなければいけません。

 私が近寄っても全然警戒もしていません。

 私はそろそろラモラック卿の後ろに回り込みました。

 スラリと剣を抜き、心臓に、狙いをつけて、力の限り突きました。

 ラモラック卿は動かなくなりました。

 ゾクリ。

 真後ろに気配!

 振り向くとモルガンでした。

 ヴィヴィアンと同じ、影から出てくる移動術です。

「びっくりしました。驚かさないでください」

「私だってびっくりしたわよ。あら?あらあら?何、殺したの?うわぁ気持ち悪い男ね、え、何、ガウェインを無理矢理襲ってたの?」

 モルガンはウェェェと嫌そうな顔をしてラモラック卿を蹴り飛ばしました。

 ゴトンとラモラック卿が倒れます。

「ガウェイン卿!」

 私がガウェイン卿を助け起こすと、ガウェイン卿はモルガンを凝視して言いました。

「母上、ではない。あなたはモルガン叔母上ですね」

「ええそうよ、ガウェイン。良かったわね、モードレッドがそこの気持ち悪い男を殺してくれたわ。誰これ」

「ラモラック卿です」

「うわ、円卓の騎士じゃない。なに、同志討ちはまずいんじゃない?引き取ってあげましょうか」

「お願いできるのですか!?」

「ええ、素材はいくつあってもいいし」

 モルガンはラモラックの手を引っ張り、私の影に入って、しばらくしてまた私の影から出てきました。

「で、何?なんでこんなことになったの」

 ガウェイン卿の顔から血が引きます。

「モルガン!来てください!」

 モルガンの手を引いて、ガウェイン卿は母さんの部屋に戻ります。

 後を追いかけ、母さんの部屋に入ると。

 母さんがベッドで……血まみれ、で……

「いやあああああああああああああ!お姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さま!」

 モルガンが母さまに駆け寄りました。

 私も駆け寄ります。

 腹は血まみれで内臓がズタズタになっていました。

「お姉さまお姉さまお姉さま、誰、誰が殺したの!」

「僕です」

 ガヘリス卿?!

「僕が殺りました」

「お前ね!あとで殺してやるわ!モードレッド!あなたも来なさい!血がいるわ!」

 モルガンは私の腕を引っ掴み、母さんをもう片方の腕で掴むと、ガウェイン卿の影へドプンと入りました。

 気持ち良い、あったかい、気持ち良い……

 私が微睡んでいると、ドプンと影から出てきました。ヴィヴィアンの影です。あの秘密の部屋でした。

 モルガンはガシャガシャガシャとテーブルのものを全部床に落とし、母さんをテーブルの上に乗せました。

「あらあら派手にやられたわねぇ」

 ヴィヴィアンが呑気に言います。

「お母さまは呑気過ぎ!ほら、お前もテーブルに上がって、お姉さまの横に横たわって!」

 慌てて言う通りにすると、ザクリと手をナイフで切られます。

「アアァァアァァァ!」

「うるさい!お姉さまはもっと痛いの!黙りなさい!」

 手を母さんの口元に持っていかれ、ドロドロと私の血が母さんの口に入っていきます。

 ドロドロドロドロ、出血が止まると追加でモルガンが切り続けるので私は悲鳴を上げ続けました。

「そろそろね」

 モルガンは私の手を取って、止血します。

「これで延命はできるわ」

「本当ですか?!」

 よ、良かったです!

「でもこのままだと死に向かってしまう。母さま、マーリンに予言させて」

「ええ、準備万端よ」

 ベッドでヴィヴィアンが、自分の顔の前にマーリンの首を持ってきて「ねー」と言って微笑みあっています。

「マーリンマーリン、モルゴースを元通りにするには?」

「息子の血を四人分ありったけ全部飲ませること」

「息子は誰でもいいの?」

「誰でもいい」

「ですって」

 ヴィヴィアンがモルガンににっこり笑う。

「じゃあ、モードレッド。あなた自身は嫌でしょ。4人分殺して集めて」

「え?え?え?い、いやです」

「何、お姉さまが死んでもいいの」

「いやですいやです」

 ガウェイン卿、ガウェイン卿はいや!

 あの人が死んじゃいや!

「ガウェイン卿はいやです!」

「ああ、ガウェイン卿はいらないわよ」

 えっ?

「でも、母さんの息子、ガウェイン卿・アグラヴェイン卿・ガヘリス卿・ガレス・私ですよね」

「違うわよ。何、わからなかったの?」

 モルガンは鼻で嗤って言いました。

「お姉さまの息子は、アーサー・アグラヴェイン・ガヘリス・ガレス・モードレッドよ」


 モルガンは母さんの処置をやりながら言います。

「ガウェインが生まれたとき、アーサーも生まれたの。そこの夢魔がすり替えたのよ。『イグレインの子を王の運命に巻き込みたくない』って。こいつお母さまのことしか考えてない変態だから。自分の子なんてどうでもいいの。だから。アーサーはお姉さまとマーリンの子。ガウェインはお母さまとユーサーの子よ」

 そうなのですか。

 ガウェインはお兄さんではなかったのですね。

「あとアグラヴェインはお姉さまとロトの子。ガヘリスはお姉さまとユーサーの子。ガレスはお姉さまとペリノアの子。でもってお前はお姉さまとアーサーの子。お前血が濃いわねえ。四分の三がお姉さまと一緒じゃないの。腹立つわぁ。というわけでガウェインは生き残っていいから、他の子たち殺してきて」

「モルガンは……」

「お姉さまが死んだらどうするのよ、この馬鹿!」

 私がビクリとすくみ上がると、モルガンは頭をグシャグシャ掻きます。

「お前のことを今すぐ取って喰らうわけじゃないから安心しなさい。お前あんまり頭良くなさそうだから作戦くらい考えてあげるわ。お母さま!」

「ええ、モルガン」

 モルガンはヴィヴィアンとマーリンの首と一緒に相談しています。

 ランスロットが、グウィネヴィアが、とか言ってます。

「はい、作戦決まったわよ。じゃあまずはね……」

 モルガンが私に作戦を告げました。


 まずはモルガンが私をつれて、ロジアンにガウェイン卿の影から戻りました。

「良かった!モードレッド!モルガンに殺されたかと!」

 ガウェイン卿が、私をしっかり抱きしめました。

 大好き。私、この人大好きです。

 ああそうです。この人を殺したくなかったのはそれです。

「殺しはしないわよ。モードレッドに血を貰ってなんとかお姉さまを手当てしようとしたの。無理だったけど。でも死体は渡さないわ。私の大事なお姉さまだもの。お前たちも下手に死体があったら困るでしょう?」

 アグラヴェイン卿がうなずきました。

「内密に頼んでよろしいか」

「死んだものはしょうがないし、お姉さまの忘れ形見のあんたたちくらい庇ってやるわよ。じゃあね」

 モルガンはガウェイン卿の影に消えました。


 モルガンは次の作戦を言いました。

《皆でキャメロットに行きなさい》

 私が提案しなくても、皆でキャメロットに行くことになりました。皆、母さんの死んだところに留まるのは辛かったのです。

 母さんは野盗に攫われ、取り返そうとしたところで崖から落ちて死んだことにしました。

 アーサー王は大泣きに泣きました。

 グウィネヴィア王妃はその様子を見て、悲しそうに唇を噛んでいました。

《グウィネヴィア王妃はアーサー王があんまりにもお姉さまとガウェイン卿を愛しているので、自身を無くしてランスロット卿との愛に走ったわ。好都合よ。

 お前はランスロットと仲良くなり、ランスロットの剣の銘を偶然見ること。そこには『この剣でランスロットは最も愛する男を殺すだろう。その名はガウェインである』とマーリンが刻んでる。マーリンお得意の金文字予言よ。皆見慣れてるから信じてくれるわ。

 アグラヴェインにそれを教えなさい。何?ガウェインが殺される?そんな剣で殺されないわよ。それ、マーリンがランスロットとガウェインの決闘シーンを幻視して書いたんだもの。あとでもう一度視させたら、決闘したあと、ランスロットはガウェインの命を取らず、見逃してるの。ほんっと仕事が雑よね、あの夢魔。

 で。この剣の銘をアグラヴェインに教えたら、絶対ランスロットを殺しにかかるわ。お前たちガウェインが大好きだものね。お姉さまもガウェインのことはお気に入り。なにそれ許せないわ。

 ああ、話を戻すわね。アグラヴェインとお前は、王妃とランスロットの不倫関係をアーサーに訴えるの。アーサーは怒るわ。勝手な男だから。怒らなくてもまあいいわ。対処せざるをえないから。お前たちの宗教って面倒ね。女が誰と番おうが勝手なのにね。まあ好都合だけど。お前とアグラヴェインは『ランスロットを制裁します』と申し入れて、人を集めて制裁に行きなさい》

 早速私は、ガレスを通じてランスロット卿に取り入りました。

「ランスロット卿の鍛錬は素晴らしいと聞いたので、私も受けたくなったのです!」

 ランスロット卿はにこにこして私の頭を撫でてくれました。

 ちょっとだけ心が痛みます。

 私は鍛錬の合間を縫って、ランスロット卿の剣の銘を見ます。

『この剣でランスロットは最も愛する男を殺すだろう。その名はガウェインである』

 本当に書いてありました。夢魔の雑な仕事です。

 アグラヴェイン卿に言うと、現物を見にいくと言って聞かないので、こっそり見に行かせました。

「確かにそうあった。この上はランスロット卿を殺すしかない」

 アグラヴェイン卿は顔面蒼白でした。恐ろしいのでしょう。ランスロット卿を殺すのも怖い。ランスロット卿があまりにも強いのも怖い。でも兄のガウェイン卿ために腹を括ります。ガウェイン卿が大好きなのです。

 私も心が痛みますが、仕方がありません。

 アグラヴェイン卿と私と一族郎党で、アーサー王に「ランスロット卿はグウィネヴィア王妃と不倫の関係にあり、神をもおそれぬ大罪である。処刑を求める」と訴えることに決まりました。

 ガウェイン卿は止めました。

「やめてくれ。ランスロット卿に私も君も命まで救ってもらったことすらある。それに私たちとランスロット卿とが反目すれば、ランスロット卿を慕う円卓の騎士たちが彼につく。円卓は二つに割れてしまう。お願いだからやめてくれ」

 ガウェイン卿が必死で止めましたが、アグラヴェイン卿は手を震わせながら首を振りました。

 ガヘリス卿は泣きながら止めました。

「僕のせいなんだ。僕のせいで二人を結びつけてしまったんだ。僕が王妃様が死んじゃうってランスロット卿に言ったから。ランスロット卿は救いに行ってこんなことに。追及するのはやめてあげて兄さん」

 アグラヴェイン卿は「お前のせいじゃない」と言って首を振りました。アグラヴェイン卿は大事な大事なガヘリス卿を責めたりなんかしないのです。

 ガレスも止めました。

「兄様兄様止めてください。ランスロット卿はランスロット卿は本当に本当に王妃様を誠心誠意愛しているだけなのです」

 アグラヴェイン卿は首を振ります。ランスロット卿が王妃様を愛していることなんて皆知っています。アグラヴェイン卿も元々知っていました。ただ、今までは心底どうでもよかったので放っていたのです。

 アグラヴェイン卿は三人の顔を見て言いました。

「兄上、ガヘリス、ガレス。味方になって貰いたかったが仕方がない。我らだけでやる」

私はそっとアグラヴェイン卿の腕に触っていいます。

「私もついていきます。思いは同じです。」

 アグラヴェイン卿は私を見て、うなずきます。

 ガウェイン卿のために。


 アグラヴェイン卿と私と一族郎党の訴えに、アーサー王は言いました。

「証拠がない限り、余は、余は動かぬ」

 アーサー王も蒼白でした。ランスロット卿を責めたくないのでしょうか。

 それとも母さんを愛してグウィネヴィアを愛さなかったから?

 わかりません。

「証拠は我らで上げ、我らの手で制裁を加えましょう。よろしいですね」

 アグラヴェイン卿がぐいぐい言うのに、アーサー王はうんと言わざるを得ませんでした。


 アーサー王をわざと出かけさせると、ランスロット卿は王妃様の部屋に入ってゆきました。

 アグラヴェイン卿と私と一族郎党は武装し、部屋に踏み込もうとしました。

 ランスロット卿は、扉を開けざま、一人をいきなり殺し、部屋に引き込み、その男の武装を剥いで身につけて再度出てきました。

 武装したランスロット卿に誰一人として敵いません。

 私は、血まみれになっていく周りの騎士の血をたっぷり身体に塗りつけて、大怪我をしてるふりで倒れました。

 全員を殺したランスロット卿は王妃様と逃げようとしました。王妃様は言いました。

「私が裁かれるとは限らない。間違いだったとアーサーが認めてくれるかもしれないわ。逃げたら有罪と言うようなもの。私は残るわ」

 ランスロット卿は「いざというときは助けにまいります。必ず!」と言って去りました。

 王妃は部屋の端っこでうずくまって震えています。

 私はパタンと扉を閉めました。男にのしかかられてない貴婦人を救う必要はないからです。


 私の影からドプンとモルガンが出てきました。

 斧と首無し死体を抱えています。

「さっそく素材が役に立ったわ」

 倒れているアグラヴェイン卿を見に行きます。

 アグラヴェイン卿は息がありました。

 目を開いて、私を見ます。

「モードレッド、ランスロット卿は殺したか……?」

「ごめんなさい、アグラヴェイン卿。ガウェイン卿が死ぬなんて嘘です。マーリンの書いたあの予言、雑な仕事だったんです。ガウェイン卿はランスロット卿と決闘はしますが死にません」

 アグラヴェイン卿は目を見開きました。驚きますよね、ごめんなさい。

「大丈夫です。ガウェイン卿がロジアンとオークニーを守ってくれるでしょう」

 アグラヴェイン卿はゆるく笑いました。

「そうか、そうだな、それでもいい」

「ガウェイン卿は母さんの子じゃないから殺さなくていいんです」

 アグラヴェイン卿の笑みが止まりました。びっくりしましたか?

「ガウェイン卿はイグレインとユーサー王の子です。アーサー王の方が母さんとマーリンの子なんです。

 でも他の人たちはアグラヴェイン卿の兄弟ですよ。父さんは皆違うけど。ガヘリス卿の父さんはユーサー王。ガレスの父さんはペリノア王です。

 でもアグラヴェイン卿とガヘリス卿とガレス、アーサー王は母さんの子なので殺さないといけないんです。ごめんなさい。アグラヴェイン卿」

 アグラヴェイン卿が絶叫しました。

 そんなにショックだったんでしょうか。

「ガヘリス卿とガレスもすぐに殺してあげますから安心してください」

 アグラヴェイン卿はものすごい顔をして私を睨みました。

 なに、なに、なに、怖いです。

「死になさい」

 モルガンが斧を振り下ろしました。

 アグラヴェイン卿の首が斬れました。

「ああ、怖かったです」

 胸を撫で下ろしました。

 モルガンは顔を顰めましたが、もくもくと首無し死体に何かを塗って、アグラヴェイン卿の首をくっつけました。

 モルガンは首無しのアグラヴェイン卿の死体を左肩に乗せ、右肩に斧を乗せて言いました。

「いいわね。作戦通りにするのよ」

「はい」

 モルガンは私の影にドプンと消えました。


 両目に頭に身体に血を塗りたくり、大怪我しているふりをして、私はアーサー王に事の次第を報告しました。

 その場にはガウェイン卿、ガヘリス卿、ガレスがいました。

《認識を邪魔する方法があるの、相手の顔を一度、二度、三度撫でるの。お前はマーリンの血が入ってるから簡単よ。解くときや上書きのとき、また一度、二度、三度顔を撫でてね》

 私は目が見えないふりをしてガウェイン卿に取りすがります。

「目が、目が見えないのです。ガウェイン卿」

 顔を一度二度三度撫でます。

「ああ、モードレッド」

 ガウェイン卿は私を抱きしめます。血まみれだって気にしません。とってもふわふわいい心地です。

 アーサー王が立ち上がりました。

「王妃を処刑とせよ」

「お待ちください王!」

 ガウェイン卿が私を離し、アーサー王の方へ行きます。

「そんなことはおやめください。軽率に決めてはなりません!」

 アーサー王は怪訝な顔をしました。

「誰だそなたは。そなたなんぞに意見されるいわれはない」

 アーサー王はガウェイン卿とわからないのです。

 ガウェイン卿は悲愴な顔をしました。アーサー王にわざと振り払われたと思ったのです。

「私は、私は、王妃様を処刑するところなど見たくはありません!」

 ガウェイン卿は走って行ってしまいました。

 可哀想なガウェイン卿。見たくないなら見なくてもいいんですよ。

 王はガレスとガヘリス卿に言いました。

「そなたたちは処刑の見張りをせよ」

「おそれながら陛下!」

 ガレスが響き渡る声で言いました。

「僕はランスロットと戦う意志はありません。彼はきっと王妃様を取り返しにきます。ですから、戦意のないことを示すために武装せず平服でまいります!」

「僕もです!」

 ガヘリス卿も言いました。

「……好きにせよ」

 アーサー王は認めました。

 これでランスロット卿が王妃様を取り返しに来ても、ガレスとガヘリス卿と仲の良いランスロット卿が殺すはずはありません。アーサー王は一安心です。

 でも、ごめんなさい、アーサー王。

「ガレス、ガレス」

 私はガレスの名を呼びます。

「モードレッド、馬鹿なことをしたね。ランスロット卿に敵うはずないのに」

 ガレスは泣きながらこちらへ来ます。

「顔が見えない、見えないのです」

 ガレスの顔を一度、二度、三度撫でます。

 ガレスは私を抱いて、頭を何度も撫でました。

「モードレッドは安静にしててね」

 心が痛みます。

 でも仕方ないのです。

「ガヘリス卿、ガヘリス卿」

 ガレスに抱かれながら、ガヘリス卿を呼ぶとやっぱり来てくれました。

 優しい人です。大好きです。

 心が痛みます。

「モードレッド、君は本当に馬鹿だねぇ」

 ガヘリス卿はボロボロ泣いています。

 なぜ。なぜでしょう。

「兄さん死んじゃった、兄さん、アグラヴェイン兄さん……」

「兄様、兄様、兄様」

 ガヘリス卿が私とガレスをまとめて抱きしめました。

 困りました。ガヘリス卿の顔が撫でにくいです。

 もぞもぞして自分の手を引っ張り出します。よし。

「ガヘリス卿、ガヘリス卿」

 ガヘリス卿は顔をこちらに向けます。

「泣かないで、泣かないで」

 顔を一度、二度、三度撫でます。

 ガヘリス卿が泣き笑いしました。

「モードレッドは涙の拭き方まで不器用だね」


 ガヘリス卿とガレスは王妃の処刑場に見張りに行きました。

 私もこっそり隠れて見に行きます。

 ランスロット卿や他の騎士が馬に乗って沢山やって来ました。

 ランスロット卿は、手前にいるガヘリス卿とガレスを斬りました。

 作戦成功、大成功です。

 モルガンはどこまで読めるのでしょう。

 天才です!

 目から何かボロボロ出て、すごく視界が悪いのですが、私はがんばります。

 きちんと二人が死んでいるか確認しろと言われています。

 助かったらイチからやり直し。たぶんモルガンはものすごく怒ります!

 ランスロット卿たちが去りました。

 私は二人のところへ走っていきます。

「ガヘリス卿、ガレス」

 私は二人のところへ行って、どちらの顔も一度二度三度撫でます。

「モードレッド、どうし、たの?あぶない、よ」

 ガヘリス卿が言います。

「早く、逃げ、て」

 ガレスが言います。

「大丈夫です。ランスロット卿たちは去りました」

 二人はホッと息を吐きます。

「二人を認識してもらえない魔法も解いたから、大丈夫ですよ。死体が誰か確認してもらえます」

 二人の目が見開かれました。

 どうしたんでしょう。

「ランスロット卿が二人を認識したら、殺さないでしょう。それでは困るんです。二人には死んでもらわないと」

 なので成功して良かったです。

「あ、安心してください。殺すのはあとはアーサー王だけです。ガウェイン卿は殺しません。だってガウェイン卿はイグレインとユーサー王の子供なんですから。母さんの子供じゃないですから。殺さなくていいんですよ!」

 ガレスが絶叫しました。

 アグラヴェイン卿と同じです。どうしたんでしょう。

「アグラヴェイン卿にもちゃんとお話してあげました。アグラヴェイン卿はちゃんとほかの皆と同じ母さんの子ですよ、って。父さんは皆違うけど。アグラヴェイン卿はロト王。ガヘリス卿はユーサー王、ガレスはペリノア王が父さんだけど、母さんは皆一緒ですよって」

 ガヘリス卿が絶叫しました。

 ガレスと同じですね。仲良しですね。

 でもあんまり叫ばせて置いて、誰かに見つかってはいけません。

 とどめを刺しましょう。

 二人が物凄く睨んできます。

 怖い、怖い、でもモルガンは今は来ないから私がやらなきゃ。

 短剣を抜いて、ガヘリス卿の腹に突き刺します。ガレスの腹にも突き刺します。

 ちゃんとランスロット卿の切り口と上手く揃えないといけないとモルガンが言ってました。ちょうど切り口が腹に達していて良かったです。

 母さんとお揃いにしてあげられますね。


 私一人でお城に戻ります。

 しばらくして、ランスロット卿たちに殺された者の死体が広間に運び込まれてきました。

 ガヘリス卿とガレスの姿もあります。

 視界がかすみますね。

 首をぶんぶん振るとマシになりました。

 アーサー王が玉座を蹴って、ガヘリス卿とガレスのところに行って、声を上げて泣き出します。

 今です!

「アーサー王、アーサー王」

「おお、モードレッド、そなたの兄が二人とも、なぜだ、殺されぬように、死なぬように平服で行かせたのに」

 私が魔法を仕掛けたからです。

 でも今はやることがあります。

「アーサー王、ガウェイン卿が来る前に二人を隠してしまわなければなりません」

「な、なぜだ?」

「二人のこんな姿を見たら、ガウェイン卿は気が狂って死んでしまいます」

 アーサー王は心臓を押さえました。

「わ、わかった。わかった、その通りだ。隠してやってくれ。大事にな」

「はい。悲しいですが、悲しいですが、ガウェイン卿を死なせぬためです」

 私は二人の死体を引きずっていきます。

 めちゃくちゃ重いですが、いっぱいいっぱいガウェイン卿に鍛えてもらったから大丈夫です!

 人気のない部屋に運びこむと、私の影からドプンとモルガンが現れました。

「あらあら、よく頑張りました。いい子ね、モードレッド」

「はい!」

「お姉さまはアグラヴェインの血で大分回復してきているわ。でもきちんと4人分必要だからね。アーサー王、頑張るのよ」

「はい!」

 モルガンはガヘリス卿とガレスを両肩に担いで、ドプンと私の影に消えました。


 ガウェイン卿はガレスとガヘリス卿の死を聞いて、怒り狂いました。

「ランスロット、ランスロットを殺す!私が死ぬか!彼が死ぬか!二つに一つだ!」

 そう言って、アーサー王と共にランスロット卿相手に戦争を起こしました。

 一旦は王妃様を取り返して帰ってきました。

 ローマの教皇様が仲裁したのです。「王妃に罪はない。あれば最初にランスロット卿と逃げたはず。逃げなかったのは何もなかった証拠。アーサー王は王妃を罪に問わぬように!」

 王妃様が最初に逃げなかったのが生きたのです。王妃様、教皇様の気持ちがわかるんですね。意外とすごい人なのかもしれません。

 ランスロット卿は自国のフランスに大人しく引っ込みました。

 でもガウェイン卿はあくまでもガレスとガヘリス卿の恨みを晴らすと言い張りました。

 アーサー王はガウェイン卿の説得に根負けして、アーサー王は兵を起こしました。

 アーサー王とガウェイン卿は、共にフランスへ戦争しに行きました。

 このときガウェイン卿はランスロット卿と決闘するのです。でも、殺されるというのは夢魔の雑な仕事です。本当は助かるのです。

 その間に私はやることがあります。

 ブリテン王になるのです。

 モルガンは言いました。


《威圧をうまく使いなさい。……威圧がわからないの?!あっきれた。あれはマーリンの血を引いてれば使えるのよ。まあマーリンは威圧を嫌ってそんなには使わなかったみたいだけど。アーサー王とイウェインは使いたい放題使っていたわ。どうしたらいいか?え、勝手に使えるはずだけど。そりゃあ女と一回寝なきゃいけないけど……女と寝たことない?!ああ、そう、お前、男娼だったわね。じゃあ今から脱童貞して。……私じゃないわよ!お母さま、ちょっとこの子と寝てあげて。威圧が使えないんですって。……勃たない?ああもう手間がかかるわ。マーリンマーリン、お母さまをガウェインに見える魔法をかけてあげて。ほらさっさとなさい。………………終わった?そう。もう使えるわよ。念じるだけでね。具体的な王のなり方は教えてあげるからその通りに。威圧は適宜使いなさい》


 威圧はすぐに使えるようになりました。相手がいきなり跪くのです。力を入れ過ぎると簡単に死にます。

 モルガンの言う通り、うまく金をばら撒き、アーサー王の死の噂をばら撒き、逆らう者を威圧で押さえつけたり死なせたりすれば、簡単に王になれました。

 王妃様は塔に籠もりました。それはまあどうでもいいんですが。

 アーサー王はランスロット卿との戦を切り上げ、ブリテン王になった私のところへ攻めかかります。

 ああ、もう少し、もう少しで、母さんが生き返ります。ワクワクします。

 アーサー王軍対モードレッド王軍。開戦です!

 私は戦闘技術は拙いながらも、威圧でどんどん倒していきます。

 バタバタバタバタ人が死んでいきます。アーサー王を倒すのは、アーサー王にたどりつくのは、大変です。きちんと全部殺さないと。

 もうアーサー王とベディヴィア卿とルーカン卿と、私しか生きていません。

《アーサー王に威圧は効かないわ。だから山の上に、お前に見えるように変身の魔法をかけた死人を立たせておくわ。戦争が起きたらいくらでも死人は調達できるのよね。気持ち悪いけど好都合よ。アーサー王はお前に見える死人を倒しに行くでしょう。そいつにグッサリ槍を刺すでしょう。そのときに後ろからアーサー王の頭を打てばいいわ》

 私は立っている死人の近く、転がっている死体たちに紛れて倒れておきます。

 そして、山の下のベディヴィア卿とルーカン卿に威圧をかけます。二人はくずおれました。

 ルーカン卿には別に死んでもいいので強めにやりましたが、ベディヴィア卿には動けない程度に手加減をしました。だってすごく優しくしてくれた人です。なにも死なせる必要はありません。

 アーサー王はキョロキョロあたりを見まわし、私に見せかけた死体を槍をグッサリやりました。

 私はアーサー王の背後から、アーサー王の頭に思いっきり剣を振り下ろします。アーサー王はバタリと倒れました。

 私の影からモルガンが出てきて、私と私に見せかけた死体を掴み、アーサー王の影に飛び込みました。


 アーサー王の影は吐き気がするほど気持ち悪かったですが、我慢していると、また誰かの影から出られました。

 小舟の上でした。

 あまりに気持ち悪くて、私はそのまま気絶しました。


 目を覚ますと、母さんがいました。

 母さんがいました。

「モードレッド、目が覚めた?あなたのおかげで元気になったわ、ありがとう」

 母さん、母さん。

 抱きつきました。あったかくてふにゃふにゃです。

「でもたくさんたくさん子供たちが死んでしまったの。悲しいわ。母様に子供をくれる?モードレッド。また沢山の兄弟に囲まれ、楽しく生活できるわよ」

 母さん、本当ですか?

 ……本当は、皆、皆、殺しちゃって寂しかったんです。心が痛かったんです。

「取り戻せますか?皆、皆」

「もちろんよ、モードレッド、交わりましょう」

 母さん、母さん。

 母さんが私の上に乗り、私の性器に触れ、舐め、すすり、そそり立つ、それを母さんの中に入れます。

 温かくて気持ち良くて、私は絶頂しました。

 ふわふわいい気持ちです。

 私は眠り込みました。


 痛みに目を覚ましました!

 熱い!痛い!苦しい!苦しい!

 助けて、助けて、母さん!

 母さんがいる!母さん!


「ああ気づいたのね、モードレッド」

 母さんに見えた人はモルガンでした。

「お姉さまに化けてお前と寝てやったの。いい夢が見れたでしょう?」

 痛い!苦しい!助けて!痛い!

「一応、使いものにならなかったときのことを考えてこれを持ってきたのだけど。私、お母さまほど演技うまくないのよね。でもまあいらなかったわね」

 私の代わりにされていた死体をモルガンが蹴りました。

「私、私を見て、ど、う、なると?」

「ああ、魔法をかけたままだったわね。万が一にも間違えたら大変ね。戻さなきゃ」

 モルガンは暗くて大きい包みを開いて、マーリンの首を取り出します。そしてマーリンに口付けました。

 マーリンが目を開けます。

「この死体の変身の魔法を解いて」

「わかった、モルガン」

 マーリンが魔法を解きながらはらはら涙を流します。

 死体の顔を見ます。

 それはガウェイン卿でした。


「ああもう!うるさいわね!叫ばないでちょうだい!!うるさい!うるさい!」

 ガウェイン卿、ガウェイン卿!

 ランスロット卿は殺さないのでは、殺さないのではなかったのですか!

「戦争でいろんな奴が死ぬわよ。当たり前でしょ。ほら、お前もたくさん殺したでしょう?」

 私の口に布が詰め込まれました。

「ああ、うるさかった。せっかく愛しい男を連れてきてあげたのに何が不服なの?

 あのねえ、今からお前は私たちの生まれ変わりの具材になるの。それが王の運命なの。

 お母さま、お姉さま、私。老婆と母と乙女。ブリテンの三女神なのよ。私たち。生まれ変わるのにはブリテン王の血がいるの。

 でも私とお姉さまは、今回ブリテン王の血なしに生まれ変わったわ。おかげで私たち、身体は弱いし、記憶はなくすし、最悪。私がお母さまを孕むまで記憶が戻らなかったのよ。

 記憶をなくしたままのお姉さまにお手紙でお知らせしたら『会いに行って話を聞くわ』と言って戦場を突っ切ってきたわ。さすがはお姉さま。戦場であろうが、お姉さまを見た男は、お姉さまを殺すより寝たいと思うに決まっているから安全なのよね。私は絶対ごめんだけど。

 ちょうどロトが殺されて良かったわ。お姉さまを独占して腹が立つといったらなかったから!

 でも今回の生まれ変わりでいいこともあった。お姉さまとほとんど同じく成長していけるの!いつも大人になったお姉さまにばっかり会うのよ?でも絶対一緒に成長がいいわ。

 いつもはブリテン王がね、一代一代、間を置いて王になり、そのときごとに一人ずつ生まれ変わっていたから、お姉さまと親子くらいに年が違ったの。

 でも姉妹がいいわ。絶対そちらの方がいいわ。小さなお姉さまも最高ですもの!小さなお姉さまに蕩かされたときのことは忘れないわ。ああ、ああ、でも私が独占できるのはそのときだけ!王を産むお姉さまは可能性のある男と片っ端から寝るから。ああ、腹立たしい。あいつたち、全員殺してやりたいわ!

 ということで、ブリテン王には是非同時に死んでもらわなくてはいけないの。

 ああ、痛い?私と交わると痛いのよ。陣痛の痛み。男で味わえるのは貴方たち王だけ。良かったわね。生まれ変わりに必要なのよ。アーサー王の方にも移動してさっき寝てきたわ。今頃苦しんでるでしょう。あらもう一つの舟が来たわ。お姉さまの舟。あら向こうでも絶叫してるわね。お姉さま!」

「モルガン!」

 母さんの声。

 私はモルガンに担ぎ上げられました。

 向こうの舟では叫ぶアーサー王が、母さんに担がれています。

「お姉さま、同時よ、行くわよ」

「ええ、モルガン」

 私は水の中にドプンと投げ入れられました。






 息も絶え絶えの中

 余は舟に乗り込む

 舟の上にはモルガンがいる

「アーサー、何をぐずぐずしていたの?」


 モルガンは余の頭を膝に起き

 小舟は湖に漕ぎ出す

「実はお前はお姉さまの弟ではないの。

 ただマーリンがお前を連れてきただけ」


 そうだったのか そうだったのか

 ああでは余はモルゴースと……

 いやもう彼女はいない……

 先に、先に、わかっていれば


「アーサー、アーサー、

 私がお姉さまの代わりになりましょう

 私ではいけない?アーサー

 私と一緒になりましょう」


 モルゴースにそっくりの

 モルガンが余を引き寄せる

 いけなくはないとも、いけなくはない

 さあ早く睦み合おう ああ美しいモルガン


 モルガンとの幸せなひとときが終わる

 ああもう一度もう一度

 モルガンに振りはらわれる

「ああせいせいした」


 モルガンはまるでマーリンのように

 傍らにうずくまる者の影に消えていく

 うずくまる者が身を起こして

 余に微笑みながらこう言った


「アーサーアーサー

 よく聴いて

 わたくしはあなたの姉ではないの

 わたくしはあなたの母なのよ」

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モルゴースと五人の息子たちの断末魔 妙遊 @mu333

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