第19話

ウイルスがこの町に広がり始めてから一年半。


ついに病院職員の中からも病に倒れるものが出始めていた。


この一年半、ほとんど休みもなく感染者の対応をしていたのだから職員たちが感染するのも当然の結果だった。


それでも人が足りないから、まだ自分たちは動けるからと無理を押して患者の対応に当たっていた。


しかし、それも限界。


ただでさえ少ない職員はさらに数を減らし、病院の対応は全く追いつかなくなってしまった。


それでも患者たちは変わらずわがままだった。


口を開けばこれが欲しいあれが欲しい、少しのミスにはふざけるなと怒鳴る。


職員の心は目に見えてすり減っていた。


『なんなんだ…このゴミどもは…』


ハウンドは何度も患者に対して手が出そうになった。


しかし、そのたびに近くにいた職員たちから止められる。


自分たちは大丈夫だからと。


『こんな状態が大丈夫なわけがない…みんな頼むから少し休んでくれ…、このままじゃみんなが死んでしまう』


「心配してくれてありがとう…でも私たちは医者だから、そこに病気の人がいるなら助けないと」


どの職員に声をかけてもみな似たような返事ばかりを返した。


しかし、メンタルケア用に設計されたハウンドにはわかってしまう。


職員たちの精神がすでにボロボロであることが。


何とかしてあげたいと願うのに、どれだけ伝えようとしても彼らには届かない。


『こんなやつらはもう人じゃない…、お前たちが命を削ってまで助けないといけないのか…』


ハウンドの悲しそうな呟きは誰の耳にも入らなかった。



◇◇◇



さらに一月ほどが過ぎた早朝。


普段とは違う職員たちの騒がしい声でハウンドは目を覚ました。


「噓でしょ…どうして…」


「おい!誰か脚立もってこい!急げ!」


彼らは周りのことを気にしているような余裕もないといった態度で焦っている。


彼らの走ってきた方へと進むと、キキョウの部屋の前に職員たちが集まっていた。


皆一様に沈痛な面持ちで、中には泣いている職員もいる。


何か良くないことが起きてしまったのだとすぐにわかってしまった。


『キキョウ!』


急いでキキョウの部屋へと駆け寄る。


胸に宿った不安をありえないと否定しながら。


しかし、現実と言うのは得てして残酷なものである。


部屋の前へと駆け寄ってハウンドが見たもの。


それは天井からつるされたコードに首を吊ったキキョウの姿だった。


『嘘だ…こんなの嘘だ!』


ハウンドがキキョウの体を急いで下ろそうと足を咥える。


そんなハウンドを周りにいた職員たちが必死に止めに入った。


『なんで止める!すぐにおろせばまだ助かるかもしれない!』


『やめるんだ…無理におろそうとしても彼女の体に傷がつく。それに彼女はもう…』


院長が必死なハウンドを見て言いづらそうに口をつぐむ。


彼が言おうとしたことはハウンドが一番よくわかっていた。


自身に搭載された高性能なカメラやセンサーが彼女の体から熱が失われていることを知らせている。


それでも、ハウンドは認めたくなかったのだ。


自身にとって一番大切だった友人が自分に笑いかけてくれることはもうないのだということを。


そして、あの暖かく優しい日々は二度と帰ってこないのだということを。


『うわあああああああああ!』


ハウンドの叫び声が病院内に響く。


しかし、どれだけ嘆き悲しんでも彼の目から涙がこぼれることはなかった。


そんなハウンドの様子を見て職員たちは彼が落ち着くまでそっと抱きしめ続けた。



◇◇◇



それから数日後。


病院近くの空き地でキキョウの火葬が行われた。


火葬を行うといってもこの町の火葬場はもうすでに機能していない。


そのため火葬用のアンドロイドに来てもらった。


ランタンのような頭をしていてでかい棺桶を背負った特徴的なアンドロイドだ。


彼の自己紹介によるとグレイというらしい。


グレイは背負っていた棺桶を床に置くとその中に慎重にキキョウの遺体を横たえた。


『別れの挨拶を』


グレイがしわがれた声でそういうと職員たちは思い思いの声をキキョウへとかけていった。


それが一通り終わると棺桶のふたが閉められる。


キキョウとのお別れだ。


職員たちがすすり泣く中、グレイによって棺桶の中に火が入れられる。


棺桶の隙間からほんのりと見える炎が、キキョウの体が灰になっていってることを示していた。


そんな炎を見つめながらハウンドはグレイへと尋ねた。


『キキョウは天国へと行けただろうか』


『さあ…そんなことはロボットであるわしにはわからん』


『そうか…』


『でもこんだけみんなが泣いてくれとるんじゃ。嬢ちゃんはすごくいい子じゃったんじゃろう…。だからきっと大丈夫じゃよ』


そういったグレイの言葉は、声にあった経験を重ねたもののように聞こえた。


それがハウンドにとっては少しの救いになった。


しかし、だからこそハウンドは悔しかった。


こんなにいい子だったのに、あんなゴミどものせいで死んだのかと。


キキョウを送る炎を見ながらキキョウの幸せを願うと同時に、ほの暗い怨嗟の炎がハウンドの中で少しずつ少しずつ火力を増していた。












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終わりの世界の歩き方 如月 梓 @Azusa00

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