第18話
「ねえヘルメス、この子幸せそうだね。」
ハウンドの記憶はどれも幸せな病院の日々であふれていた。
特に多いのはこのキキョウという女性とのものだろうか。
キキョウの行動にハウンドがあきれながらも二人はとてもいい笑顔を浮かべている。
そんな彼らの暖かな日常が目の前には広がっていた。
『ああそうだね。でもだからこそこんな状況になったのかもしれない』
「…?」
ヘルメスが言っていることがよくわからない。
幸せであることがこの状況につながるのだろうか?
『とりあえず、続きを見ていこう。きっとイヴにとってはとても悲しい話になると思うけど、これも君が知らなければいけない人間のことだ』
◇◇◇
きっかけは一つの国からの発表だった。
それはとあるウイルスが世界中に蔓延しているというもの。
それまでにもネット上では具合を崩すものが多く出てきたことで、そういったものがあるのではないかと騒ぎになっていた。
しかし、それが世界中で騒ぎになったことで隠しきれなくなった政府により、正式に発表。
その結果、国中がパニックに陥った。
「院長!もう限界です!これ以上は受け入れきれません!」
病院の職員の悲鳴が聞こえる。
もう何日も患者の絶えない日々が続いていた。
町にある大きな病院はここしかないため、町中の人間が押し寄せる事態となったからだ。
いくら大きい病院とはいえ町中の人間なんて受け入れられるわけがない。
病院はあっという間にキャパシティオーバーになった。
「何とかするしかない!ここで受け入れをやめたら暴動が起きる!」
しかし、院長は患者の受け入れをやめなかった。
いや、やめなかったというよりかはやめられなかったというのが正しいだろうか。
こんな時代だ、病院関係者は皆すぐに特効薬が開発されるものだと考えていた。
誰もこんなことになるとは予想していなかったのだ。
だから患者を受け入れ始めてしまった。
その結果どうなるかを想像もせずに。
はじめは体調を崩すものも少なく受け入れても問題がなかった。
しかし、政府の発表から一年ほどが経過するころには病院のベッドが足りず簡易的な布団が床に敷かれている始末。
考えてみれば当然の結果だ。
新しい患者はどんどん増えるのに、治るものはいない。
患者は増える一方になる。
けれども、一度受け入れを始めてしまった以上途中で投げ出すこともできない。
この一年でウイルスが驚異的な殺人ウイルスであることが広まってしまっていた。
命がかかっている以上患者たちは何をするかわからない。
八方ふさがりの状態だった。
「おい!遅えぞ!」
「ねえ、ご飯はー?」
「なにしてるの!子供が熱を出してるのよ!子供が優先でしょ!」
しかし、それ以上に職員たちの精神を削ったのは患者たちの身勝手な言葉の数々だった。
今まで、お客さん感覚だった者たちは急には認識を改められない。
こんな状況になってもなお、自分たちは世話をされて当たり前、職員たちが世話をするのは当たり前という態度のものがほとんどだった。
このころになるとハウンドすらも積極的に荷物の運搬に駆り出さていた。
いつしか昼の休憩もなくなり、あの職員たちの暖かな空間やキキョウとのやり取りもなくなってしまった。
そういえばいつからキキョウの笑顔を見ていないだろうか。
ハウンドがそう考えていると、ちょうどキキョウが目の前を通った。
『キキョウ。最近あまり話せていないが大丈夫か?』
ハウンドの呼びかけに振り返ったキキョウの顔には今までの明るかった彼女の様に笑顔はなく、疲労に染まっていた。
そんなキキョウの顔を見てハウンドは思わず言葉に詰まる。
呼ばれたキキョウはハウンドのそんな様子に気づくこともなく、
「大丈夫だよ。ごめんね、急いでるから」
そういってキキョウは駆け出してしまった。
ハウンドはそんな背中に声をかけようとするが、かける言葉が見つからなかった。
そういえば最近誰のメンタルケアも行えていない。
このままではだめだ、何とかしないと。
ハウンドはキキョウの表情に焦りを覚え、何とか解決策を探した
しかし、一向に状況はよくならない。
そんな状況のままさらに半年が過ぎることになった。
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