第17話

「院長っ、せっかくですから彼の名前を考えませんか?」


そういったのは白衣を着た人々の中でも明るい笑顔が特徴的な女性だった。


「おっ、いいねキキョウちゃん。じゃあ、どうせならみんなで一つずつ考えて彼に選んでもらおう。」


そんな男性の提案に彼らは皆口々にいいですねと賛同していた。


『俺にはタイプ1って名前があるのだが?』


「それは識別番号でしょ?みんなからのお祝いだと思って受け取ってよ」


キキョウと呼ばれた女性は何がうれしいのか、彼に対して笑顔でそう答えた。


そんな彼女にどう接するべきなのかわからず彼は困惑した様子だった。


『まあ、好きにするといい』


彼がそう答えると、院長たちは思い思いの名前を紙に書き始めた。


みんなが楽しそうにあーでもないこーでもないと話している姿を見て、彼は変わったやつらだと少し笑っていた。


そんな彼らの様子から彼らの仲の良さが伝わってくる。


少し時間が経って、院長たちは彼に一枚の紙を差し出した。


「みんなで話し合っていくつかに絞った!ここから選んでくれ!」


彼は差し出されたその紙を見て少し考えた後に、一つの名前の上に足を置く。


「ハウンド」


そこにはそう書かれていた。


『これにしよう』


「あ、これ私が考えたやつ!」


キキョウが自分の考えたのが選ばれたのがよっぽどうれしかったのか、その場で飛び跳ねて喜んでいる。


「ハウンド、猟犬って病院の犬に付ける名前か…?」


「いいじゃないですか、かっこよくて。それに彼だってこの名前を選んだじゃないですか!」


院長の言葉に、キキョウが今度は頬を膨らませている。


彼女のコロコロと変わる表情から、彼女の性格の明るさが伝わってきた。


「まあいいか。それじゃあ改めてよろしく、ハウンド」


『ああ、よろしく』


ハウンドと名付けられた彼が返したその返事は少しだけ嬉しそうだった。



◇◇◇



時間は少し進み、ハウンドは病院のみんなと一緒に仕事を始めた。


重いものの運搬の手伝いや、厄介な患者への威嚇、仲間たちのメンタルケアが主な仕事だった。


「うわー、ハウンドー疲れたよー」


仕事の休憩時間に決まってキキョウはハウンドにしがみついていた。


そんな様子を見て同僚たちは笑い、ハウンドはため息をついている。


『はいはい、疲れたなー』


「なんだかだんだん私の扱いが適当になってる気がする!?」


私頑張ってるのにーとキキョウがハウンドの首元に顔をうずめながらうなり声をあげている。


拗ねてしまったキキョウをなだめるように、やれやれとハウンドは彼女の背中を尻尾でさすり始める。


そんなハウンドの行動にすぐに機嫌を直したのか、キキョウはえへへと緩んだ顔を見せていた。


『いつも休憩の度に疲れたと言ってるが、なんでこの仕事を選んだんだ?もっと楽な仕事にもつけただろうに』


病院の業務はシステム的に発達したこの時代においても、決して楽といえるようなものではなかった。


ほとんどの病気やけがは治せるが、それでも人の命に係わる仕事である以上ほかの仕事よりもやらなければいけない作業は多く、責任も重い。


「うーん…、なんか人を助ける仕事をしてる人っていい人じゃない?」


キキョウから返ってきた返事は何ともあいまいなものだった。


『じゃないってお前…そんな理由でこの仕事選んだのか』


ハウンドはあきれて溜息をついた。


そんな彼の様子を気にせずにキキョウは続ける。


「私さ、死んだら天国に行きたいんだよね。それでね死んだ母さんに会うんだ」


『親御さん亡くなってるのか?』


「私が小さいころにね。すごくいい人だったから絶対に天国にいると思うんだ。それでね、私が体験したことをいっぱい話したいの。その時に自分は母さんが自慢の娘だって胸張れるような人になったよって言いたいんだ」


『死んだ後のことを考えながら生きるのはどうなんだ?親御さんは娘に今を幸せに生きてほしいと思うんじゃないのか?』


「いいことをしてるとね、周りにはいい人が集まってくるんだよ。院長たちもみんないい人でしょ?だから私は今も十分に幸せだよ」


『そういうものか』


「そういうものだよ」


そんな言葉の掛け合いの後に二人の間には沈黙が流れる。


しかし、二人の顔には不思議と優しい笑顔が浮かんでいた。



◇◇◇



さらに時間は流れ、ハウンドがこの病院に来てからちょうど一年ほどが経とうとしていた時。


町にはどこか不穏な空気が流れていた。


そう、ウイルスによる被害が広がり始めたのである。










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