第56話 山中編 確証
矢継亮に睨みつけられ、僕は思わず笑いが込み上げる。
「愛理の薬指の絆創膏を剥がしたのはお前だな?」
「でもそのおかげで、君たちがどういう関係なのか、学校中に知れ渡っただろうね」
「俺はいいけど愛理が困るだろ。周囲にバレるのを嫌がっていた。みんなに、文句いわれるからって」
「どうかな。たぶん、思ったほどいう人はいないと思うよ。冷やかす人はいるかもしれないけど。顔を真っ赤にして汗だくで必死に佐々木さんを運んでる君の様子をみて、それでも文句をいう人がいたら――むしろ、教えて欲しいくらいだよ。あれは本当に傑作だった」
「――この野郎」
彼なりの怒りか照れなのか、らしくなく耳まで赤くして俺は睨まれる。
「いつも涼しい顔して彼女の近くにいるから、僕なりに意地悪がしたかっただけさ。たまには完璧イケメン君もみんなに醜態をさらしてみればいいんだってね」
「やっぱりお前、愛理のこと好きだろ?」
「ああ、そうだよ。佐々木さんのことが好きだよ」
僕はハッキリと伝えた。
しっかりと、彼を見捕らえて。
彼女のことは好きだが、矢継亮は大嫌いだ。
矢継亮は即認めたのが想定外なのか、目を見開いて僕をみたまま動かない。
「ずっと好きだったよ、隣の席になってから――、ずっと。彼女は僕とあまり話をしたがらなかったから、二人きりになれる時間は日直の時しかなかった。だから、ささやかだったけど、いつも楽しみにしていたんだ。でも彼女は僕の事を好きそうじゃなかった。そりゃあそうだ、他の女子にも向ける偽の笑顔を見抜いていた訳だし」
どうして好きになったのだろう。
どうして、彼女だったのだろう。
隣の席になってから彼女が教科書を忘れた時に静かに見せてくれたこと?
気遣うそぶりで文房具を貸してくれたこと?
ありがとうと伝えると、屈託なく笑うこと?
放課後ふと教室でみたときに、窓際で静かに佇む彼女をとても美しいと思ったこと?
日直で一緒に黒板を消すときに……少しだけ緊張した、栗色の大きな瞳で見上げられ、それが印象的で目をはなせなかったこと?
――彼女の隣の席にいて、重なり続けたその恋のきっかけは、どれも些細なことだったと思う。
気持ちがはっきりと確定したのは、彼女に自分の婚約者になれと詰め寄ったときだ。
――もっと、早く気付いていたら良かったのに。不意に強くこぶしを握り締めた自分自身を、哀れにすら思う。
「僕が告白しても断られるのは目に見えていた。だから、全て諦めるために
「……よりにもよって諦めるためかよ」
あれほどの必死の彼の姿をみて、誰が本気じゃないって思えるだろうか。少なくとも、並大抵の男女の認識であれば、彼らの間に付け入る余地がないことは明白だ。
「仮でも婚約者の特権って本当に強いよね。彼女はどうあがいても――もう君のものでしかない」
何度もあの指輪を恨んだ。
彼女を縛り付けるあの指輪を。
「あいつは別にモノじゃないだろ。それに、俺は、別に……愛理のことなんて」
「嘘はよくないよ」
本当は、僕以上に彼女が好きなくせに。
他の誰よりも、彼女が好きなくせに。
僕の声が思わず軽くなり、矢継亮の肩を軽く叩く。
顔をしかめられるが、僕の表情をみてから「うるさいな」と小さくいう。
僕の表情は、無言でも――やかましいのかもしれない。
祝福を、祝辞を佐々木さんに送りたい。
失恋したのに、とても奥底から澄みわたるのは――晴れやかな気持ちだった。
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仮婚! 岩名理子@マイペース閲覧、更新 @Caudimordax
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