第37話 空城天吾と危険人物たち③

 阿木館は警棒を両手で握り締めた。何があろうと離さないという意気込みで食らいつく。

 まるでピラニア、まるでスッポン、まるで将ちゃん。


 阿木館に警棒を取られまいと、空城も警棒に両手を使う。

 その隙に有沢が空城の腰の辺りをまさぐり、手錠の鍵を見つけ出した。

 空城は膝を上げて有沢を取り払おうとするが、有沢の手さばきはなかなかのもので、サラリと鍵を奪い、将ちゃんの手錠を外してしまった。


「むふふ、これは使える」


 有沢は将ちゃんから外した手錠とその鍵を自分のポケットへしまい込んだ。


 将ちゃんは空城の足元で屈んだ。

 空城が嫌な予感を抱く前にそれは遂行された。

 将ちゃんは近くに落ちていた石ころを拾い、それを空城のスネに思いきりぶつけた。


「ああっうぅ!」


 警棒が空城の手から離れ、阿木館に渡る。

 警棒は阿木館の手から離れ、将ちゃんに渡る。


 将ちゃんは空城が押さえる足とは反対側のスネを警棒で思いきり打った。


「げあぁっ!」


 空城は屈みこんで右手で右スネ、左手で左スネを押さえた。

 目を硬く閉じ、歯を食いしばっている。


 将ちゃんがさらに警棒を振るう。

 今度は肩に当たって空城は地に転げた。


「ま、待て! 俺は警察だぞ! 正義だぞ!」


「正義を振りかざせば何をしてもいいの?」


「比較的いい」


 いいわけがない。

 だが、そんなことは将ちゃんにとっては至極どうでもいいこと。

 将ちゃんは正義ではないため、行動基準は「してもいいかどうか」ではない。


「僕は正義ではないから何でもするよ」


 そう、将ちゃんはどちらかといえば悪党。

 悪党はしていいかどうかにかかわらず何でもする。


 ためらわない。

 悩まない。

 止まらない。


 報復への執念だけが、彼の行動原理である。


「ま、待て。俺には家族がいるんだ。俺が死んだら家族が……」


「おまえ、僕を殺そうとしたよな?」


 空城は息を呑んだ。


 何を言っても無駄。

 自分の状況、立場、暮らしの背景なんか、まるでいっさい関係ない。


 将ちゃんは必ずやる。

 やられたら必ずやり返す。


 そういう人間だ。


「これだから、私はあんまり関わりたくないんだよ……」


 阿木館は顔を背けた。空城が何度も頭を叩かれ、しだいに潰されていく様を、阿木館は顔を逸らして目に映らないようにしている。


 有沢は目を背けるが、チラチラと何度も視線を戻した。


「確かにまともに見られたものじゃないですね」


「いやいや、そういう問題じゃなくて、私たちはいわば殺人現場を見て見ぬフリしているわけだよ。いや、それ以上にひどい。単なる傍観ならば倫理的問題はあるものの犯罪にはならない。だが我々は明らかに殺人幇助の罪に抵触している。将ちゃんを助けて武器を与えたんだからね。我々もこれでれっきとした犯罪者だよ。あーあ、やだなぁ、もう。やっぱり暴虐の将ちゃんだよぉ」


「武器を与えたのは阿木館さんでしょう? 私は不当に拘束された将ちゃんを助けただけですよ」


「ずるいっ!」


 結末。


 空城は死んだ。

 頭蓋が割られ、完全に脳を潰された。


 将ちゃんはきっちりと報復を完遂させて満足した。


 阿木館は報復我慢券を一枚もらった。

 有沢は報復我慢券を二枚もらった。おまけに将ちゃんが捨てた警棒を拾い、手錠と合わせて警察セットをゲットした。

 彼女は誰よりも今日という日の成果を喜んでいた。


 将ちゃんは阿木館たちと別れると、いつもの散歩道を歩いた。


   ***


 将ちゃんは我が道を行く。

 雨が降っても傘でさえぎらないし、犬の糞が落ちていても避けない。


 基本的に将ちゃんは避けない。

 空き缶が降ってきても避けない。

 当たりに行っているのではない。将ちゃんはただ、誰の意志にも左右されず、己の決めた道を歩みつづけるのだ。


 決して意志を曲げない。

 固定観念だとか先入観だとか、そういう問題ではない。意固地だとか頑固だとか、そういった性格の問題ではなく、信念の問題にも近いがそれというわけでもなく、ただそういう性質なのだ。


 丘南杉おかなすぎしょう。必ず報復する少年。


 そんな将ちゃんの頭に、円弧を描き飛んできた空き缶がぶつかった。


「報復絶対!」


 枕木町は今日も危険であった。



   おわり

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暴虐の将ちゃん 日和崎よしな @ReiwaNoBonpu

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