第36話 空城天吾と危険人物たち②

「報復の邪魔をしたね。許さない。おまえを殺す」


 その言葉に空城の拳がまたもや震える。

 将ちゃんの目に本気の殺意がこもっている。それが空城には分かるし、許せない。


「おまえ、十代半ばだろ。その歳で善悪の区別がないなんて救いようがないな。更生も望めない。危なすぎる。こうなったら俺なりの正義理念を貫くしかあるめぇよ。俺はおまえを殺す。正義のために殺す。今後出てくるはずの犠牲者が出てこないために殺す。世界平和のためにおまえを殺す。正義である俺が、悪党であるおまえを、殺す!」


 空城は腰に提げた警棒を取り出した。

 銃は持っていない。持っていても使わない。いまから行う殺人は裁きである。過去に出たであろう被害者の分だけ、痛い思いをさせて苦しめて殺す。


「制裁、制裁、制裁!」


 警棒を何度も将ちゃんの頭部に叩きつける。


 手錠をかけられ腕を掴まれたこの状況、さすがの将ちゃんにもどうしようもない。

 こうなってしまっては認識解脱能力を使うにも遅すぎる。効き目はない。


 この男は将ちゃんというよりも眼前の対象物をひたすら殴り倒すことに固執している。

 正義で上辺を塗り固めた狂気の塊。このまま殺される以外の未来はない。


 さて、ここで意外と思われるかもしれない事実を開示しよう。

 実は将ちゃん、普通よりもほんの少し運がいい人間なのである。


 だから、このときも幸いに将ちゃんを憎んでいない人間が近くを通りかかった。

 遭遇率の高さゆえの幸運かもしれない。


「助手! アキカンの助手!」


「え、将ちゃん!?」


 通りかかったのは有沢ありさわだった。

 枕木町の住民の中では、おそらく最も将ちゃんとの遭遇率が高い人間である。

 いや、それは有沢がそう思っているだけで実際は違うかもしれない。


「助けて。助けてくれたら報復我慢券をやる」


「相手は警察よ! 二枚なら助ける」


「分かった。二枚やる!」


 有沢がニッと笑った。


 空城は有沢など気に留めなかった。

 有沢も若いし、女性だし、悪党の目はしていなかった。

 空城の目にはそのように映った。


「きゃーっ、人殺しーっ!」


 有沢が悲鳴をあげて警棒の反復が止まる。

 さすがの空城も目を丸くして辺りを見渡した。


 周辺に人気はない。

 空城は幸いな状況に胸を撫で下ろし、有沢を呪わんばかりににらんだ。


「私は警察だ。これは正義の鉄槌なのだ。悪を裁いているだけなのだ。誤解を招くな!」


「あら、何を仰っているのかしら? 警察に人を裁く権利も権限もないはずよ。それなのに裁いちゃった? 勝手に裁いちゃったのね? これはスクープだわ!」


 有沢はスマホのカメラ機能でパシャリと空城を撮影した。

 手錠がかけられている将ちゃんの腕を掴んで、もう片方の手に警棒を持っている。どうみても普通の状況ではない。


「な、なんだ!?」


「これはマスコミに高く売れるわ。警察の決定的な不祥事。傑作よ。ちゃーんとあなたが将ちゃんを殺そうとしているってタレコミも付けておくからご安心を」


「ゆ、許さん。冒涜、侮辱、背信! 売国奴、非国民、大悪党!」


 空城は将ちゃんを蹴り飛ばして有沢に飛びかかった。

 頭上高く振り上げられた警棒が勢いよく振り下ろされる。


「ちょ!」


 恐いもの知らずの有沢もさすがに驚愕し、恐怖した。死ぬと思った。


 だが、彼女は一人ではない。


「ちょっとあんた! なにうちの助手を殺そうとしているんですか!」


 警棒を止めたのは阿木館あきだてだった。

 素手で受けとめたのでかなり痛い。しかしこれが頭に当たりでもしたら、有沢は一撃で死に到るだろう。


「俺は警察だ!」


「はぁ?」


 阿木館はここで将ちゃんが目について二度目の驚嘆を迎える。


「アキカン、警棒を奪って手錠を外してくれたら報復我慢券をやる!」


「よし、乗った!」


 はっきり言うと、報復我慢券は一万円以上の価値がある。固定額ではないが、高値で取引きされたりする。

 そういう意味では将ちゃんは錬金術士かもしれない。将ちゃんの手書きの落書きが札より高価なのだ。

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