第八章 枕木町の日常

第35話 空城天吾と危険人物たち①

 空城天吾。姓がクウジョウ、名がテンゴ。


 彼は枕木町の外からやってきた刑事である。

 空城は将ちゃんの認識解脱能力の効力が消えたとき、偶然に将ちゃんを目撃した。そのとき、将ちゃんの様子とその周囲の被害の状況から、妙に鼻の利く直感力で将ちゃんに目をつけた。


 怪しい人物あり。

 尾行すべし。


 将ちゃんは枕木町へと入った。帰路である。


 空城は枕木町という町を知らない。

 町の名前は知っている。しかし、そこが危険人物の巣窟であることは知らなかった。


 だが、もし彼がそれを知っていたとしても、彼は止まらなかっただろう。

 むしろ余計に飛び込もうとするくらいである。


 彼は人一倍正義感が強かった。強すぎて歪んでしまうほどのものであった。


 そして目撃してしまう。

 将ちゃんが幼い少女を殴った。

 先に手を出したのは少女のほうであったが、だからといって年上の少年が幼い少女に対して仕返しをするというのは、常識的にも、道徳的にも、倫理的にも、正義的にもあるまじき行為である、というふうに空城は考えた。


「暴行罪である。過剰防衛である。どう考えてもアルマジロ!」


 ここでどう考えても但し書きが必要なので説明しておく。

 空城の言うアルマジロとは、「き行為だ」の略である。


 それはさておき、空城は一直線に将ちゃんの元へ走り寄った。


「駄目じゃないか。なぜ叩いた?」


「叩かれたから叩いた。当然じゃないか」


 空城の拳が震える。

 ふつふつと沸き起こるいきどおり。メラメラと燃え上がる殺意。


 尋常ならざる正義感の強さゆえの爆発。


 バシィーン、と将ちゃんの頬を平手でぶん殴った。空城の手のひらが赤くなるほどに強く殴りつけた。

 将ちゃんは頬の衝撃に体を倒され、片手を地につき、片手を頬に添えた。


 これまで将ちゃんに手を出す輩は山ほどいたが、初手からこれほどまでに強烈な一撃を加えてきた者などいただろうか。

 将ちゃんが思い返す限りでは一人もいない。あまりにも衝撃的な平手打ちだったため、もはや過去のことなんて、何一つ思い返せない。


 すべては、いま!


「報復、ぜぇったいっ!」


 将ちゃんはこれでもかと固く握りこんだ拳を空城の横っ腹に思いっきり叩き込んだ。顔にやり返さなかったのは単に届かなかったから。

 空城の体はなかなかに引き締まっていて、将ちゃんの一撃では空城が片手で腹をさする程度のダメージしか与えられなかった。


「公務執行妨害の現行犯で逮捕!」


 空城は即行で将ちゃんの右手に手錠をはめた。

 手錠の輪を構えてもう一方の手を探していると、それは将ちゃんの体の後ろに隠されていて、その間にある顔が空城をひどくにらみ上げていた。


「左手も出しなさい!」


「まだ報復は終わってないよ。それなのに僕を拘束するなんて、僕は絶対に許さないよ」


「何を言っているんだ。許されないことをしているのはおまえだ。おまえは俺どころか全世界から許されないことをしでかしたんだ」


 空城は将ちゃんの左手を強引に引き寄せ、手錠をはめた。

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