魔王開路

木山喬鳥

魔王開路

 人間と魔族は、ずっと戦争をしていた。

 限られた土地を奪い合い、記録にないほどの昔から幾度いくたびも争いを続けた。

 千年前から、人間は勇者を、魔族は魔王を異界から召喚し、それぞれの最大の戦力として戦いを繰り返した。


 そして十年前にも戦いは起きて────半年前に魔族は降伏こうふくした。

 ただ奇妙なことに、魔族と戦っている間も降伏した後になっても、人間は魔族が呼び出したはずの魔王の姿を見ることはなかった。




 私は、城の塔の上にある部屋で、ひとりの魔族の男を取り調べている。

 魔術師だと記録にあるその男は、いままで一言もしゃべらなかった。

 それなのに今日、いきなり話を始めたんだ。


「へぇ。おまえ、口がきけたのか?」

「窓のほうから多くの人間の声が聞こえました。今日は勇者がやって来る祝いの日、なのですか?」

「なぜそんなことを聞く?」


 男は私を見ようともせずに、ひとり言のように言葉を続ける。


「そういえば、勇者というものは神より祝福をさずかっているために、誰も害することのできない存在なのだそうですね」


 そうだ。

 魔王は、この世界に居られる時間は百年と長いが、心身を害されれば消える。

 それに対して、勇者はこの地にいる時間こそ十五年と短いが、心身を害されても消えることはない。


「誰にも傷つけられない強兵つわものが、無限の体力で無限に切れる剣を用いて魔族を滅ぼすために、無限の意思で戦う。それが勇者だ」


 男は力なく笑った。


「そんな魔族の討伐とうばつ特化とっかした存在に、はたして魔族がかなうものでしょうか……」


 そうだ。敵うはずがない。

 だからこの千年の間の戦争は、いつも人間が勝っていた。

 むしろ、負けるとわかっている戦争なのに、なぜ魔族は人間と争うのか不思議だった。

 魔族は正気ではないから────

 仲間はみんな、そう言っていた。私も、そう思う。


 今回は、特にそうだ。

 魔王抜きで争ったために、十年間で魔族の半数が死んだ。

 ただの土地のうばい合いだぞ? 

 そこまでするなんて、まったく理解できない。

 バカげている。


 魔族は、ひとみが赤くひたいの小さな角があること以外は、ほとんど人間と同じ見た目をしている。

 しかし、ヤツらの精神は人間と大きく違う。

 闘争しか頭にないのだ。

 他者だけでなく自分のものについても、すべての命の扱いが軽いのだ。


 人間が、魔族との戦いの大半を勇者に任せるのとくらべて、魔族は魔王が召喚されていないときでも、盛んに人間に襲いかかる。

 生まれながらに、戦いが好きでしかたがないのだろう。

 本当に人間には、理解できない生き物だ。


「魔王は、最後まで戦場に出ないままだった。どんな理由があったのか? それと、魔王もいないのに、おまえたちはなぜ敵わないとわかっている勇者と戦った?」


 男は無言のまま目をつぶり、なにかに耳をませているようだ。


「長くはかかったが、結局は半年前に魔族の首都は陥落かんらくした。おまえたちは、もっと早く戦いを止めるべきだった。戦いを長引かせて得たものは、多数の仲間の死体だけだったろう?」

「魔王の城が落ちてから、半年。今日は勇者のこの街へ帰ってくる凱旋行進がいせんこうしんの日……」


 この男とは、話がみ合わない。

 私には、男がなぜいまそんな話をするのか、理解できなかった。


「だったらなんだ? 人間のいわいごとなど、おまえには関係がないだろう?」

「正装した勇者を見るために、多くの人が集まっているのでしょうね。ここにいる私には、見えないのが残念です」


 コイツは、なぜ人間の祝いのようすをそんなに知りたがるのか?

 多くの人間が、集まるだと? 嫌な予感がした。


 だが、この男になにができるだろう。

 この街にいる魔族は、この男だけだ。警備も抜かりない。

 このおよんでできることといえば────そうだな、魔族の〝のろい〟か?

 あいつら独自の呪いという精神攻撃を使うことくらいだろう。

 それで集まった者たちを操り、暴動を起こすつもりか?

 ムリだ。そんなこと、できはしない。


 呪いは、魔力を使い生き物の心のすきをつくものだ。

 しかしそれは、せいぜい一つの個体を混乱させたり、気分を変える。それだけの技術にすぎない。


 私の思い過ごしだ。

 この男ひとりだけでは、勇者を見るために集まった群衆ぐんしゅう扇動せんどうすることなどできない。


「戦争は、終わったんだ。もう隠さなくても良いだろう? 魔王はどこにいる? 戦争中に死んだのか? 魔王は、もう地上にはいないのだろう?」


 ひときわ大きな歓声があがった。

 勇者が姿を見せたのだろう。

 うなだれた男は重荷おもにをおろしたように、息を長く深く吐いた。


「あなたなぜに、われらが勇者にあらがったのかたずねましたね? それは、しかたがなかったからです」


「仲間が死んでもしかたがないほどのこと? それはなんだ?」

「勇者を、倒せないのはわかっていました。だから────」


 そのあと聞いた男の声が、やけに耳に残った。


「呪ったのです」


 呪いだと? 

 なんだと? なんだ、そんなことか。

 あの勇者を呪うとはな。笑ってしまう。


「勇者は害せない、呪いであれなんであれ、勇者を傷つけられはしない」

「はい。それは知っています。だからなにも害のないことが起こるようにしました。それもほんの少しずつです」


 害の無い呪い? なんだそれは? 

 害がなくては、意味がないだろう。


「勇者の考えを少しだけ、少しずつだけ変えたのです。それも変えたのは、あなたがお話しされていた最後のところを、ほんの少しだけです」


〝誰も傷つけられない強兵が、無限の体力で無限に切れる剣を用いて魔族を滅ぼすために無限の意志で戦う〟

 男は私の話した言葉を繰り返した。


「ええ〝魔族〟という概念に人間を含めただけです」


 どういうことだ。なぜそんなことをする?


「私たち魔族と人間は、良く似ているでしょう? だから二者を区別するわずかな違いを見逃すように、考えを変えただけです。いや変えると言うより、対象となる範囲はんいを少しだけ広くした、と言ったほうが良いでしょうか」

「それは……どう、やってだ?」

「魔王を産み出す儀式のためにたくわえていた膨大ぼうだいな魔力を私たち魔術師が呪いに変えて、十万の魔族の戦士にさずけました」


 つまり、勇者は十万人に呪われていた、と言うのか?


「一人の受け持つ分の呪いは、ほんの少しです。全体の十万分の一にすぎない量です。毛ほどの軽い働きかけにすぎません」


 勇者は魔族の戦士を一人殺すごとに、わずかな呪いを受けていた。そう男は続けた。


「だから、われらは戦いを続ける必要があったのです。仲間が死に続ける必要があったのです。一人が殺された結果として勇者に及ぼせる影響は、本人すらも気がつかないくらいの、わずかな変化でしたから」


 わずかな呪いであれ、十年間も。

 しかもその総量としては、魔王が呼び出せるほど大量に、勇者は受け続けていたのか。


「もっとも、勇者には〝敵を殺す〟という考えのほかは人らしい思いも感情もないと聞きますね」


 そうだ。

 たしかに勇者は、戦いのことだけしか頭にない。

 ただし、必要があると判断すれば他者の言葉に受け答えもする。

 言うまでもなく、勇者の知能は高い。

 隠れた魔族を見つけだし、罠を見破り、作戦を立てもする。

 ただ闘いの他のことがらに関心を示さないだけだ。

 つまりは、勇者に人間らしい考えはない。行いもだ。


 あらゆることに害されないため、えやかわきなども起きない。

 だから飲食と、それにともない排泄はいせつもしない。

 休息も睡眠も必要がない。

 終日連日、魔族を見つけて殺す。勇者とは、それだけの存在だ。


「守るべき人間と変わらない外見の生き物を、何万と殺す。それも十年の間も休みなく行うなんて、正気しょうきではやれないでしょう」


 言われてみれば、そうだろう。

 理由がなんであれ、自分とほとんど同じ姿形すがたかたちをした生き物を殺していることに違いはない。

 そんなことを継続けいぞくしてやるのは、正気の沙汰さたではないともいえる。

 正常な感性は、はじめから失われているのかもしれない。

 それでも、勇者に気づかれずに呪うことなど、できるのか?


「できるかどうかは、わかりませんでした。なにせ初めてでしたから。でもこの方法以外なら、魔族はただ負けるだけなのです。失敗しても同じことです」


 負けるのは同じ? だとしても、どういう意図いとなのだ?

 降伏こうふくした後に、人間側に損害そんがいを与えても気晴きばらし以外の意味がないだろう。それに加えて魔族も無事ではすまない。

 私は、なんとかのどに力をこめて、声を出した。


「そんなことをすれば、おまえら生き残りの魔族だって殺され続けるのだぞッ」

「しかたがないのです。魔族の指導者たちが最良と考えた方法なのです。彼らはその責務せきむまっとうして、最初に勇者に殺されました。残された私たちは、従うだけです」

「なんの、ために?」

「人類にも魔族と等しく負けてもらうためです」


 人類が魔族と等しく負けるため?

 そんなことが魔族の望みなのか?

 復讐か? 集団自殺か?

 こんなことをやっても、意味などないだろうに。


「あなたは、魔王とはどんな存在か知っていますか? 魔王とは、どんな魔族より強いもの。あらゆる魔族を打ち倒せる能力をもつ者です」


 正気ではない。

 誰もが魔族は正気ではない。そう思っていたが、まさかここまでとは。


「その存在は、誰かに似ていませんか?」


 こいつのたくらみを、どう止める? 

 まずは、事態の報告を────

 いやムリだ。もう遅い。この話が本当なら、半年前に全ては終わっている。もうすでに勇者にとって世界には自分か魔族しかいなくなっている。

 すべてが、手遅れだ。


「勇者と魔王の類似性るいじせいに気がついた誰かが、魔王のあり方を変えた。それだけのことです」


 魔族は、人間に負けることのない魔王を生み出すために十万人の同胞なかまの命をついやして、その犠牲ぎせいの上にみちを開いたのだ。

 しかも、この先も同族を死なせることになる路を。


 叫びたくなるほど恐ろしいのに、私はただ立ちすくんでいた。

 外から聞こえている声は、歓声か? それとも悲鳴か? 


「そうだ。先ほどかれましたね? 魔王はいるのかと? ええもちろん、おりますとも。そして今日からは人間にも魔王が誰か、はっきりとわかることでしょう。ほら────」


 なにかが壊れる音。武器の鳴らす音。馬と兵士が駆け回る音。そして悲鳴。

 終わりを告げる音だ。


「魔王様はいま、あらわれました」

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