八月の杉

中村雨歩

第1話 プロローグ

 とある神社の拝殿の前の階段に制服姿の男女の高校生が座って話しをしている。座っているが、座っている位置は話しをするには不自然な程に距離がある。気になるので、よ〜く耳を澄まして聞いてみる。


「ねえ!八杉神社の伝説って知ってる?」

 先程から話しをしているが、急に女の子が意を決したように若干声量が上がった。


「伝説?知らない。伝説なんてあるの?」

 ぼーっとした鈍そうな男の子が応じた。


「知りたい?」


「知りたい」


「じゃあ、ヒント。なんでこの神社は「八杉神社」という名前なのでしょうか?」

 女の子が立ち上がって、人差し指を立てて謎解きでも促すように男の子に言った。


「知ってる!八王子神社と杉山神社が合わさってできた神社だから、それぞれの頭文字を取って「八杉神社」になったからでしょ。この前、学校で聞いたよ」

 知ったような口調でと得意げな顔で、質問に返した。


「ということは?」

 女の子は、本当に分かっているのですかね?と言わんばかりの表情で、片方の眉を上げて彼を見た。


「ということは?ってどういうこと?」

 先程の得意げな顔とは打って変わり、困惑の表情である。


「鈍いな〜。二つの神社が合わさったということは、強烈に縁が結ばれる神社ということなのだよ」

 今度は女の子が得意げな表情だ。


「そういうことになるの・・?で、それがどうして伝説なの?」


「ある時期にある事を八杉神社で行うと、繋がりたいご縁が繋がるという伝説があるんだって」


「そうなんだ・・・縁が繋がる・・・か・・・」


 女の子が、腕を組みながら、口元を歪めながらの不満顔である。


「あと、もう一つ、この神社に伝わる話しがあるのだけど知ってる?」


「何?」

 何かを考えている所の質問に少し驚きながら、返事をした。


「この神社の神様って元々は男の神様だったのだけど、いつの間にか女性の神様に変わったんだって」


「何でだろう?」


「男も女性の気持ちをもっと理解しなさい!って神様のメッセージかもね・・・」


 少し寂しそうに女の子が応えた。


「あ・・・。さっきの繋がりたいご縁が繋がる伝説って、いつ何をしたらいいの?」


 女の子の寂しそうな表情には気が付いてはいないようだが、何かに気が付いたようだ。


「お!興味が出てきましたか?ある時期とは、奉納祭が行われた直後の新月の夜。ある事とは、神社にいる狛犬を捕まえる!」

 少し嬉しそうに女の子が言った。


「え!狛犬を捕まえる!?そんなことできるの?というか、狛犬は逃げるの?もし、捕まえられたら、捕まえた後には、狛犬が縁を繋いでくれるの?それとも、その狛犬を神様に捧げたりする訳?あと、捕まえるのは1匹でいいのかな・・・。八杉神社には4匹、仔狛犬を合わせると7匹いるんだよ」

 女の子が言った儀式を実行するためなのか、男の子は焦ったように聞いた。


「あはははは!そんな真面目に考える?ただの噂だよ。伝説!」


「そっか・・・伝説か・・」

 今度は、男の子が残念そうに寂しそうに言った。


「そうそう。狛犬が逃げ回る訳ないじゃん」 


 二人の間に月の明かりと、眩い電灯の灯り、そして、青暗い沈黙が流れた・・・。


「あのさ・・また新月の時に来てみない・・・?」


「え?」


「繋がりたい縁があるんだ・・・」


 女の子の方を見ないで話す男の子の方を見て、女の子が言った。


「・・・・いいよ」


 その声に男の子は女の子の方を見て言った。

「ありがとう。じゃあ、今日は帰ろう。新月の時にまた来よう」


「うん」


 女の子は笑顔で頷いた。

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