第3話 憂いの日々からの脱却―川村杉子
「あ〜いい男いないかな〜」
橋本優奈は行き遅れたアラサーOLのようなことを言っている。髪はピンクと金髪でツインテールにしている彼女はダンスコースというより美容コースにいそうな出立ちだ。いや、ただの不良娘かもしれない・・・。
「あんた彼氏いなかったっけ?」
「いるよ。でも、いい男って感じではないのよ」
全く私にはついて行けない返答が返って来る。しかし、不思議と気が合ったし、周りからも親友だと思われているに違いない。
「その頭でチュッパチャプス舐めてたら、一番のお似合いはジョーカーだよ」
「え!何々?ジョーカーってのを紹介してくれるの?かっこ良さげなあだ名じゃん」
「ジョーカーの彼女のハーレイ・クイン知らないの?美人で精神科医のインテリのスーパークレイジーガール。『バットマン』に出てくるよ。私はキャットウーマンよりハーレイ・クイン派かな」
「知らない。スギは意外とオタクだからね。映画とか漫画とか小説とか、それもちょっと古い!私があんたの身長とスタイルがあったら、もっとド派手に生きるんだけどね」
これ以上どうやってド派手になろうというのか私には想像できないけど、私がオタクというのは当たっている。オタクというかインドア派というか内向的なのだ。ウチの両親は父が映画や小説好きの大人しい人で、母が真逆の性格で、社交的かつアクティブな性格だ。飲食店の経営もしていたし、ダンスやヨガはもちろん若い時には運動神経も抜群だったと自慢げに話していた。身長も父よりも高く、がっしりしている。私はソフトが父でハードが母というアンバランスな娘なのだ。おまけに・・・。
「いや〜でもその身長とスタイルはマジで羨ましいわ。KPOPアイドルと並んでも引けを取らないよ。これからも名前の通りタケノコみたいにニョキニョキ伸びるのかね?」
「私はたけのこじゃなくて、杉の子!杉子です」
そう、おまけに名前が超絶ダサいのだ・・・。いや、ダサいというか古いのだ。川村杉子。それが私の本名だ。昭和の女優か?いや、大正と言ってもいいかもしれない。父の趣味で武者小路実篤の『友情』のヒロイン杉子から取ったと思われるが、古過ぎるだろう。『友情』の杉子さんは美人で清楚なイメージなんだろうけど・・・。
「その名前もいいよね。知り合いに絶対いないもん。覚えてもらいやすいし、忘れられないよ。エンタメの世界で生きて行くには大事なことだよ」
「じゃあ、この名前、お譲りしましょうか?」
「いらない。ダサいもん」
「い〜〜〜!」
声にならない声を上げ、右手を振り上げて叩く素振りをする。
「あはは、スギはリアクションも令和じゃないよね。タイムトラベラー?」
「もう私がタイムトラベラーでもいいけど、あんた今日はやたらと突っかかるじゃない?何かあった?」
「なんかあったじゃなくて、これからあるのよ」
「何が?」
「知らないの?神社かお寺か知らないけど、美術コースとのコラボ」
「別にいいじゃん。何が嫌なの?」
「神社だよ。神楽舞でも踊るの?お寺だったら?踊念仏?空也かよって感じでしょ?そんな地味な踊りをしたくてダンス始めたんじゃないんだよ。」
激しく不満があるようだけど、意外と知っているようで驚いた。
「それに美術コースとのコラボ授業だよ」
「それも嫌なの?嫌な理由が見当たらないけど・・・」
「あなた鈍いわね。美術コースと言えば、裸の女性を囲んで昼夜問わずデッサンに勤しんでいる連中だよ」
そんな訳ないだろ。とんでもない偏見だ。美術コースの人たちに聞かれたら、間違いなく出禁にされるのは此奴の方だろう。
「ひどい偏見だよ。昼夜問わずデッサンしている訳ないし、美大生ならともかく、高校生でヌードデッサンってやるのかな?それに、この高校の美術コースは女子ばっかりだよ。男子はほとんどいないはず」
「女子ばっかり。それもつまらないな〜。でも、何やら美術コースに詳しいね」
そう、何を隠そう。私は美術コースも検討していたのだ。中学はバスケ部に入るが、運動神経も良く身長が高いにも関わらず、実は全く攻撃性の無い内向的な性格だった私は、積極性に欠けたプレイが目立ち、わざと手を抜いているなどと言われ、全く身に覚えの無い不真面目かつ本気を出さない調子に乗った奴というレッテルを貼られてしまっていた。そのため、次第に部活に行き辛くなった。しかし、途中から文化部に入るにも、バスケ部で貼られた不真面目な奴というレッテルを皆が気にするだろうと思い、ただの帰宅部になっていた。それも私の思い過ごしだったのかもしれないが・・・。
そして、そんな時に両親が離婚した。父と母は性格は真逆だったけど、私はどちらも好きだった。父とはよく映画館にも行ったし、本も買ってくれた。運動会や学芸会は欠かさずに見に来てくれていた。他の子のお父さんが来ていない学校のイベント事にも私の父はいつも来ていた。母はむしろイベント事にはあまり来ていなかったように思う。とにかく、忙しくモテまくっていた。父にはそれが耐えきれなかったのだろうか・・・?正直、離婚の理由も分かっていない。というか、聞いていたのかもしれないが、覚えていない。父からは謝られ、母からは、大丈夫だからと言われ、そうなんだと漠然と思っただけだった。ただ、二人とも私には何も聞かずに離婚を決めた。私も家族の一員なのに。だから、そんなに私に興味が無かったんだろうなと思ったりもした。
学校の悩みと家の悩みで、悩みも何だか分からなくなっていたら、いつの間に学校にも行かなくなっていた。母が働いていたから、家には誰もいなかったから、家の居心地も悪くなかった。有り余る時間と吐き出したい感情は絵画に向いた。父と母が仲良かった頃には、海外旅行に何度も行ったし、父が好きだったから美術館にもよく行った。その時に見た物だったかは忘れたけど、ジャクソン・ポロック気分、フランシスコ・デ・ゴヤ気分で絵を描いたりしていた。
その後、中学は行ったり行かなかったりで、とりあえず卒業した。そして、母と何度も話し合った末に、高校からは気持ちを切り替えて新たなスタートを切ると約束した。その時に、好きなことに全力で取り組める高校を選んで、コースはダンスと美術で悩んだけど、母に相談したら、ダンスでしょと即答だった。絵は好きだけど、下手だし、センスを一分も感じられないから仕方がないかと、ダンスコースを選んで今日に至る。
「どうした?遠い目をしてどっか行ってた?」
優奈の声で我に帰った。
「ごめん。大丈夫っていうか美術コースとのコラボいいじゃん。神楽舞も悪くないと思うよ。むしろ、そんな舞をさせてもらえたら光栄だよ」
「ふ〜ん、そんなもんかね〜。じゃあ、ダンスの練習場に行きますか」
優奈が言った。
私はこの後、人生が変わる出会いをする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます