第4話 世界が変わる予感
美術コースとダンスコース。普段は混じり合うことのない二つのコースの生徒約四十名ほどがダンスの練習場に集められた。一面が鏡になっており、その前にバーが一本設置されている。バレエの練習の風景なんかで見たことがある。先に着いた美術コースの生徒たちは見慣れない空間に興奮してか、バーに掴まり後ろに脚を上げたりしてはしゃいでいる。
瓶底眼鏡の月代も脚を上げているようだが、嘘だろって言いたくなる程に身体が硬い。その隣りで、美術コースで数少ない男子のプライドのためか、いい所を見せようと奮闘する木下も五十歩百歩だ。
ザワザワと音が聞こえ、後ろのドアが開いた。ダンスコースの面々が入って来たのだ。
「う・・・」
思わず、声を上げそうになった。入って来た面々の先頭にいたのが、金とピンクのツインテールのスカジャンの女だったからだ。『バットマン』に出てくるジョーカーの彼女のハーレイ・クインみたいだ。思わず手にバットを持っていないか確認してしまった。その隣りにいる女子も何かデカいし、他のメンバーも大きく見える。というか、カッコが違うのだ。この高校は制服があるが、登校時の服装は私服でも制服でも自由に選んでいい。にも関わらず、僕たちは制服がほとんで、ダンスクラスは制服と私服を合わせて上手く着こなしていたり、お構い無しのド派手な私服だ。いくら自由と言えど、スカジャンとか革ジャンは無いと思う。今日はこれから神社の人が来てイベント会場にもなる神社の説明をするのだから。初めて見る人は絶対に不良の学校だと思うだろう。
「すごい!私のイメージとピッタリ」
月代が目をキラキラさせて、歓喜の声を上げた。僕は美術コースはみんなダンスコースの出立ちにビビって気後れしているかと思った。しかし、目の前の光景は全く違った物だった。
「背中の虎カッコいい!私のイメージしている火を吹く狛犬にピッタリです」
「狛犬って火吐くんだ!いいね!」
月代とハーレイ・クインは知り合いだったのだろうか?意気投合している。
「私は鳥居の上に、こんな感じのフェニックス描きたいと思ってたんだ〜」
山瀬もハーレイ・クインの友達と思しき長身の赤いスカジャンの女子に話しかけている。彼女の背中には不死鳥が舞っているようだ。鳥居という字を考えると鳥居の上にフェニックスは理には適ってはいる。そんなことを考えていると、やはりいつもと同じように周りの友達から一歩引いた距離にいて隣りには誰もいなくなっていた。面白そうな奴らとグループになれたかと思っていたけど、思い過ごしだったのかな。まあ、いつものことだからいいけど・・・。
「リュウオウ!ちょっと来て!」
月代が明らかに僕を見て手招きしている。リュウオウ?何のことだかさっぱり分からなかったが、自分を指差しながら、月代とハーレイ・クインに近付いて行った。
「橋本さんの虎カッコ良くない?私、こんな狛犬描きたいんだよね」
ハシモトさんっていうのか。彼女を見て軽く会釈をした。
「キミ、リュウオウっていうの?カッコいいじゃん。美術コースのリーダーって感じ?スギ、ちょっと」
ハシモト・ハーレイ・クインに呼ばれて、山瀬と話していた赤いスカジャンの娘が振り返った。
「ツッキーとリュウオウくん、いいセンスしているよ。仲良くなれそう!」
リュウオウじゃないからという訂正を忘れるくらい振り返った彼女は綺麗だった。
「へ〜すごいね。川村です。よろしく」
肩ほどまである栗色の髪に触れながら頭を下げて挨拶する彼女と目を合わせるのが恥ずかしくなりながらも「よ、よろしくお願いします」と何とか応えた。
「川村さん綺麗だよね。本当にフェニックスみたい」と山瀬も輪に入って来た。フェニックが美人かどうかは置いておいて、自分の美の感覚は間違っていないようだ。
「でも、この娘、名前が超絶ダサいんだよ」
「そうなの?なんて言うの?」山瀬が聞きにくい質問をすんなりとしてくれた。
「す、杉子です・・・」
おずおずと名前を名乗る川村さんが、先程との印象と全く違い、超絶ダサいどころか、可愛く感じてしまった。全身から汗が噴き出し、全身が震えるような今までに感じたことの無い感覚に陥った。
「かわい〜。ギャップがさいこ〜」
そう言って抱き付く山瀬が死ぬほど羨ましかった。女子になりたい。心底そう思った。
「は〜い、みんな揃ってますね。後ろに下がって床に座ってくれる。今回のイベントを行う神社の方に来てもらいましたからね、神社についてのお話し聞いてね。それを元にどんな絵を描いて、どんな振り付けにするか考えてもらいますからね!」
ダンスの先生が入って来るなり捲し立てるような早口で言った。その声で我に帰った。今日は今までの僕には無かったことが連続で起こり過ぎている。まだ、身体が震えている感じがする。その横から、木下が睨め上げるように睨みながら話しかけてきた。
「楽しそうでしたね〜。そんなに女子と仲良くお話しができる人だとは思いませんでしたよ」
「違うよ。そんなんじゃないよ。僕にもよく分からないことが起きてるんだ。」
「言い訳は後でじっくり聞きましょう。リュウオウ殿」
木下は僕たちの会話を後ろでずっと聴いていたのだろう。一歩距離を置いて、羨ましいと思いながら・・・。それは、昨日までの僕の姿だ。
木下より先に進んだその一歩は僕が勇気を持って踏み出した一歩ではない。月代がいつの間にか引き込んでくれた一歩だ。僕はいつだっていつの間にかそうなっている現実に甘んじているだけだ。今度は僕が誰かを引っ張ったり、背中を押すような事をしないといつまで経っても変われないと思った・・・。こんな気持ちになるのも今日が初めてだ・・・。僕は先程からの興奮も手伝って少し涙目になりながら言った。
「木下、一緒に、絵を描こう」
木下は不審と驚きの目を向けながらも頷いた。彼は、彼を置き去りにして女子と楽しげに話していた僕を許してくれるだろうか?
色々な事が頭を駆け回り過ぎて、ほとんど神社の人の話しは聞けていなかった。でも、このコラボは成功させたいと心から思う自分がいた。質問の時間に手を挙げた。これも多分、今までの僕だったら絶対にしなかった事だ。
「こちらの神社で、他の神社に無い特徴って何ですか?」
「さっき話した事と重複するけど、二つの神社が合祀ではなく、対等の立場で合併しているという事が一つ。もう一つは、狛犬が四体あるって事は特徴的だと思います。子供の狛犬を数に入れると厳密には7匹だけどね。あと、男神が女神に変わっているという点も特徴だね」
「有難うございます」
それがどれほど珍しい事なのかは分からなかったけど、挙手して質問したことに満足していた。
「じゃあ、これで神社の方からのプレゼンは終わります。最後に、神社から来て下さった小山田さんへのお礼と美術コースのみんなにダンスのイメージを持ってもらいたいので、ダンスを披露するので、観てください」
ダンスコースの学生が踊るのを始めて見た。上手かった。それ以上に、川村杉子さんを見ていられる時間が嬉しかった。
しかし、曲がマイケル・ジャクソンの『Beat It』風なのは、先生の趣味だろうか?この曲がダンスコースのダンスのイメージを最大限に表現し、且つ、神社の人に見せるのに最適な曲だとは思えなかったが、よく分からない。でも、とりあえず、スカジャンとか革ジャンとか、いかにも不良っぽい出立ちはダンスのための衣装だったことにホッとした。
練習場から出る時に、ハシモト・ハーレイ・クインと川村さんが軽く手を振ってくれていた。僕は会釈で返した。とんでもない緊張と体験をした一時間弱の時間だった。あと、一つだけ確認しないといけない事があった。
「ねえ、何で、僕はリュウオウなの?」教室に帰ると一番に月代に聞いた。
「あ〜。それは、八代君って呼び難いからあだ名を考えていてさ、八代、ヤシロ、ヤシェロ、ヤシェンロン、ヤ神龍、八神龍?八に龍だと八大龍王?という事は、略して、龍王って感じになったんだよ。気に入らなかった?」
「気に入らないという訳ではないんだけど、リュウオウって何だろうと思って。あだ名の付け方が独特なんだね」
「リュウオウってあだ名は嫌?」
「せっかく名付けてくれたんだし、好きに呼んでいいよ」
そんな話しをしていると、木下と山瀬も教室に入って来た。
「おっけ!じゃあ、リュウオウ、私、パン買いに行くわ」
僕は頷いて、親指を立てて応答した。しかし、八代って、そんな呼び難いかな・・・?
今日、僕の理解を遥かに超えたセンスを持っている月代、昨日までの僕の木下、何かを隠し持っていそうな山瀬の三人が友達になった気がする。定義は分からないけど、僕たちの「青春」が始まった気がした。
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