第36話 第二陣営


 第八遠征隊と再会したユーリは、かつての仲間たちに盛大な歓迎を受けた。ヒュドラに対するトラウマで拠点から動けなかった彼らだが、どうやらそれ以外の魔獣とは問題なく戦えるらしく、この数日で魔獣料理が劇的に上達していた。食糧難に陥っていた第七遠征隊と違い、第八遠征隊は食べ物には困っていなかった。


 彼らの魔獣料理に舌鼓を打った後、ユーリはガレスに黒い靄について尋ねる。だがガレスはほとんど何も覚えていなかった。


「意識が朦朧としていて、夢を見ている気分だった。だが、あれが初めてではない。恐らく何度か同じような目に遭っている」


 後に合流したハガットからも「似たような経験がある」と語られた。どうやら第七遠征隊はあの黒い靄に操られたことが何度かあったらしい。


 第七遠征隊の存在が邪魔で、彼らを始末するために空間歪曲現象を起こしたのだとしたら……何故、その手で直接殺さなかったのだろうか?

 そんな疑問を抱くユーリに、マオが答える。


「人の意識を乗っ取れるということは、あやつにとって他人は使い勝手のいい駒じゃ。残した方が便利だったのじゃろう」


 一理ある。

 あの黒い靄は今後も脅威にもなりそうだ。どうにか倒すことができればよかったが……とユーリは悔いる。


「あの黒い靄は、宝座を狙っているんだよな?」


「うむ。ということは、他の宝座持ちも狙われている可能性がある。……狙われているということは、あの黒い靄と接点があるということじゃ。他の宝座持ちとはどこかで情報を共有したいのう」


「確か、鉄の宝座だったよな。……俺たちとはまた違った能力なんだろうな」


「妾たちよりも覚醒が早い一人目の宝座持ちじゃ。そういう意味でも接触する価値はある」


 敵の敵は味方というわけではないが、他の宝座持ちとは情報共有のため一度接触してみたい。ユーリやマオよりも早い時期に宝座を手に入れたその人物は、宝座そのものにも詳しい可能性がある。


 理想は、ユーリたちと同じルクシオル王国の遠征隊の誰かが鉄の宝座を持っていること。所属が同じであれば何かと話も進めやすい。


 最悪は、ユーリたちと競合関係にある所属の者が鉄の宝座を持っていること。特に神聖エレヴァニス皇国は警戒したい。神々との接触という目的が既に被っている。狙いの代物を奪い合うことになれば情報共有どころではない。


 そのようなことを、ユーリたちは夜の海岸で話していた。

 既に皆が寝静まった頃。ユーリたちは最後に一つ、どうしても話しておきたいことが……いや、試しておきたいことがあった。


「じゃあ、行くぞ」


「うむ」


 海岸に向かって、ユーリが手を伸ばす。

 そして念じた。手に入れたばかりの、新たな権能を――。


「――《水蛇降臨》」


 静かに波打つ海面に、突如巨大な水柱が立った。

 大きな水飛沫と共に現れたのは、ユーリたちが打倒した水蛇ヒュドラだった。ただし全体的にサイズが小さくなっている。丁度ユーリたちが新大陸までの移動に使っていた船と同じくらいの大きさだ。縮んだといっても、見上げねば顔が見えないくらいの巨体は変わらない。

 ヒュドラはユーリを睨み、その顎を開いた。


『ほう……我を選んだか』


「喋ったァ――――――ッ!!


『なに?』


 拳を作って歓喜するユーリに、ヒュドラが目をまん丸にする。


「マオの言った通りだったな」


「そうじゃろう、そうじゃろう。とあるから、もしや水蛇と対話できるのではと思っておったのじゃ。ううむ、我ながら鋭い勘じゃ。褒めて遣わす」


 マオが自分で自分の頭を撫でて言った。自画自賛が上手い。

 充分に喜んだ後、ユーリは改めてヒュドラを見る。


「悪いな、急に呼び出して。ちょっと話をさせてくれないか?」


『……構わんが、我を呼び出している間は精神力を消費し続けるぞ』


「え? ……うわ、マジだ。かなり疲れてきた」


 いつの間にか軽く汗を掻いていることに気づき、ユーリは焦る。

 ヒュドラを倒したことで手に入れた権能である《水蛇降臨》の効果は、ヒュドラを目の前に召喚するといったものらしい。もしヒュドラがユーリたちと戦った時と同じ能力を持っているとしたらかなり強力な権能だが、その分、燃費はかなり悪いそうだ。


 使いどころが限られる。一瞬だけ召喚する奥の手としての運用が正しい使い方かもしれない。

 だが、今回の召喚は、戦闘面の性能を確かめるためのものではない。


「ヒュドラよ、質問じゃ! 女神と邪神、これらの言葉に聞き覚えはないか!?」


『ない』


 用件が終了した。

 これを尋ねるためにヒュドラを召喚したわけだが、不発に終えたことを悟る。

 歓喜から一転、二人揃って砂浜で崩れ落ちるユーリたちを見て、ヒュドラは不思議そうに声を零した。


『貴様らは、我に復讐したかったわけではないのか?』


「……復讐?」


『貴様らはアルザスの人間だろう?』


 ヒュドラの発言に、ユーリは首を傾げた。


「……ちょっと待ってくれ。順を追って説明してくれないか? まず、アルザスって何だ?」


 ヒュドラがしばらく考える。

 どうやらヒュドラの方も、ユーリたちが予想した立場と違ったことに驚いているらしい。


『アルザスとは、かつてこの地で興った国だ』


? なんで今はないんだ?」


『我らが滅ぼした』


 ヒュドラは続ける。


『アルザスの守護装置ミスラが、深域の門をこじ開け、我らをこの世界に引き摺り込んだのだ。腹を立てた我らはアルザスの文明を破壊した』


 深域というのは、このヒュドラたちの住処のことだろうか。

 不明な単語が渋滞しているが、一先ずそのように仮定しないと話が進まない。


『貴様らはアルザスの末裔で、復讐のために我を倒したわけではないのか?』


「……違う。俺たちは今、その話を初めて聞いた」


 もう少し詳しく話を聞いた方がよさそうだ。

 棚からぼた餅とでも言うべきか。《水蛇降臨》の権能は予想外の形でユーリたちの役に立つ。今、ユーリたちに最も足りていないのは、戦力ではなくこの大陸の情報だ。


「資格や権能という概念も、そのアルザスという国が作ったものなのか?」


『違う。それらの概念は、アルザスが滅んだ後、ミスラが作ったものだ』


「ミスラっていうのは?」


『アルザスの守護装置と呼ばれていた。詳しくは我にも分からん。資格や権能は、アルザスの末裔たちが好んで使っていた技術だ』


 だから、それらを駆使して戦うユーリたちを見て、ヒュドラはユーリたちをアルザスの末裔だと勘違いしたのだろう。


 守護装置と言うからには、そのミスラとやらはアルザスという国を守護するための存在だったに違いない。だがヒュドラの話を聞く限り、ミスラは深域とやらの門をこじ開けてアルザスを滅ぼしている。その過ちを贖罪するべく、ミスラはアルザス文明の立て直しを図り、資格や権能を作った……ということだろうか?


『アルザスが滅んだ後、ミスラは三つの至宝を生み出した。船と、球体と、王冠だ』


「…………王冠?」


 不思議と、その言葉を聞いた時、歯車が噛み合ったような気がした。

 まるで欠けていたパズルのピースが見つかったかのような……。


『二つで一つ、対となるものがある二種類の輪だ。装着した者は、生物に信号を送って意のままに操ることができる』


 歯車が動き出す。

 ガタリガタリと、音を立てながら――。


「信号って、どんなものなんだ……?」


『頭の中に声が響く。従わねば声がやむことはなく、それは気が狂うほどの苦痛とされる』


 回り出した。

 世界が――ユーリたちにとっての冒険という名の物語が。


 従わねば声がやまない。

 それは気が狂うほどの苦痛とされる。

 これらの情報に、ユーリとマオは嫌というほど心当たりがある。


 ユーリとマオは互いに顔を見合わせた。

 そして、盛大に笑う。


「はははははははははははは――――っ!!」


「くははははははははははは――――っ!!」


 唐突に笑うユーリたちに、ヒュドラはその巨躯をびくりと跳ね上げた。

 だが、ユーリたちはそんなことに気にせずに笑い続ける。


「やっとだ……!!」


 ユーリは強く拳を握り締め、天を仰ぎ見た。


「やっと、手がかりを見つけたぞ……!! クソ女神……ッ!!」




 ◆




 同時刻。

 その少女は新大陸の夜空を眺めていた。長い金色の髪が風によって波打ち、白磁の如く美しい白色の肌は月明かりに照らされて燐光を帯びているようにすら見える。


「聖女様」


 背後からの呼びかけに、その少女は振り返った。

 そこには少女に仕える侍女の姿があった。


「カリュドーンの征伐、おめでとうございます」


「ありがとうございます。征伐してもう半日経ちますけれど」


「自分の足で拠点まで戻ってきてもよろしいのですよ?」


を使うと疲れるのです」


 そう言って少女は、己の手を軽く掲げた。

 白くて美しい、少女の華奢な体躯には似つかわしくない――巨大な鉄塊のような篭手。少女が念じると、その篭手は音も立てずに消える。まるで吹き消された蝋燭の火のように。


「あまり余裕はありません。先程、水蛇ヒュドラが倒されたというアナウンスがありました」


「それは……聖女様以外に宝座を手にした者がいるということですか?」


「ええ。空の宝座を獲られました」


 少女の言葉に、侍女が険しい顔をする。


「……四大宝座ですか」


「そうですね。空、鉄、城、縁……この四つだけは皇国が独占したかったのですが、獲られた以上は仕方ありません」


 そう言って少女はゆっくり地面に降りる。

 少女はずっと死体の上に立っていた。岩山のように見えるその死体はかつて、大猪カリュドーンと呼ばれた一際凶悪な魔獣だ。ただの突進で山を割ってみせたその猪は、今や全身に殴打の跡をくっきり刻み、息絶えている。


「鉄の宝座は、一対一なら最強」


 少女は拳を軽く撫でながら語る。


「縁の宝座は、多対一なら最強。城の宝座は、多対多なら最強」


 そう言って少女は、空を見上げる。


「空の宝座は、一対多なら最強」


 掻き集めた情報を整理することで、それらの事実には辿り着いている。

 だからこそ欲しかった。これら四つの宝座……特に


 資格の獲得条件には、魔獣の討伐数が関連するものが少なくない。空の宝座があれば、一度に大量の魔獣を討伐でき、様々な資格を入手できる。

 空の宝座は、この大陸で最も可能性に満ちた力だ。


「先を越されないためにも、私たちは一刻も早く探さねばなりません」


 少女は両手を組み、空に向かって祈りを捧げた。


捻れた王冠スパイラ・クラウン……私たちの追い求める、神々を」






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勇者と魔王の新大陸冒険譚 サケ/坂石遊作 @sakashu

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