第35話 協力か奪い合いか
倒れた大蛇の青い血が、波と共に浜辺まで運ばれてくる。
水蛇ヒュドラが動かなくなったことを確認したユーリは、真っ先に周囲を見渡し、ガレスを探した。
「ガレス!!」
ガレスは遠くの波打ち際に倒れていた。
ユーリが声をかけて駆け寄ると、ガレスは微かに反応を示す。細く開かれたその瞳には敵意が込められていない。いつものガレスだ。もう操られていない。
「……あの黒い靄は、流石に逃がしてしまったのう」
「……そうだな」
だが――悪い結果ではない。
遠征隊にとって極めて貴重な戦力の一人であるガレスが帰って来た。しかも第七遠征隊との合流も達成した。遠くにいるロジールが、こちらに向かって手を振って無事を示している。怪我で動けないようだが命に別条はなさそうだ。
「逃がしてしまった以上はどうしようもない。……代わりに、前向きな話でもするか」
「前向きな話?」
「あの蛇を倒した報酬で、好きな権能を一つ選べるらしい」
「なぬっ!? 作戦会議じゃ!!」
◆
ヒュドラが討伐されたという事実が広まったことで、避難していたレイドやミルエたちも砂浜までやって来た。彼らがロジールと再会し、今も生きている喜びを分かち合う傍ら、ユーリとマオは完全に自分たちだけの世界に入って考え込む。
「《再生》、《水上歩行》、《水蛇降臨》……この三つの中から好きな権能を選べるんじゃな?」
マオの確認にユーリは頷く。
「《水上歩行》は妾も持っておる」
「え? いつの間に手に入れたんだ?」
「お主がヒュドラを倒した直後、〝水蛇征伐の貢献者〟という資格を獲得したのじゃ。この資格に結びついて《水上歩行》が手に入った」
「俺が手に入れた資格は〝水蛇の征伐者〟だ。微妙に違うな」
「恐らく、ヒュドラを倒した張本人と、その協力者で違いがあるんじゃろう」
ユーリが前者、マオが後者というわけだ。
戦いの後で聞こえた「〝空〟の担い手が、水蛇ヒュドラを倒しました」という声も気になる。ここで言う〝空〟とは間違いなく空の宝座のことだろう。
状況の分析に思考を巡らせていたところ、ミルエに治療されて動ける程度には回復したロジールがこちらまで近づいてきた。
「二人とも、無事……なのは遠くで見ている時から分かっていたが、何をしているんだ……?」
「新しい資格が手に入ってな。それについて話し合ってた」
「お前というやつは……あんな激戦があった直後だというのに……」
ロジールは額に手をやった。
「隊長よ。お主も〝水蛇征伐の貢献者〟という資格は手に入れたか?」
「ああ、手に入ったぞ。権能は《水上歩行》というものだった。効果は……多分、文字通りだろうな」
「ふむ、どうやら戦闘に参加した全員が何らかの資格を手に入れるようじゃの」
水蛇ヒュドラは極めて強力な敵だったが、その分、倒すと全員が恩恵を得られるようだ。それでも下手したら全滅だったので、安易に戦う価値があると判断することはできない。
「となれば、《水上歩行》は候補から外すべきじゃな」
「だな。マオたちが使えるなら、俺は他の権能を手に入れよう。……となると、後は《再生》と《水蛇降臨》か」
「妾は《水蛇降臨》でよいと思うのじゃ」
「なんでだ? まあ俺も一番強そうというか、かっこいいとは感じてたが」
「そんな適当な理由ではないわい。……《再生》は恐らく、ヒュドラの首が斬った先から生えていたアレじゃろう。しかしあの力は、首が九本あったヒュドラだからこそ有用だったと思わんか?」
「……確かに。人間だと首を一つ斬られたら終わりか」
「失った手足が生える力と考えたら強力じゃが、妾たちにはミルエという治癒師がいる。治癒師なら《再生》かそれに近い権能が手に入りやすいと妾は踏んでおるのじゃ」
そう言ってマオは第八遠征隊の拠点を見る。
ミルエは第八遠征隊の仲間たちと再会して、もみくちゃにされていた。ミルエは歓迎してくれる仲間たちに苦笑いしながら、拠点の中に入りたそうにしている。多分、イヴンの容体を確認したいのだろう。
資格の獲得条件は、その者の経験を参考にしている場合が多い。ガレスが所持する〝武芸者〟のように、ユーリが持つ〝魔獣殺し〟のように。それなら、人々を治療し続けてきたミルエは回復関係の資格が手に入りやすいはずだ。この際、回復関係は彼女に任せた方がいいのかもしれない。
「この大陸で治癒師の存在は不可欠じゃ。ユーリ、お主は絶対にあの小娘を立ち直らせる必要がある」
「……まあ、善処するよ」
言われるまでもないが、別に俺の役割である必要はないような……とユーリは思う。ロジールでもガレスでもイヴンでもレイドでも、ミルエを立ち直らせることができるなら問題ない。……レイドには無理か。
「じゃあ、三つ目の権能にするぞ」
ユーリがそう決断した瞬間、
【権能《水蛇降臨》を獲得しました】
頭の中に、そんな声が響いた。
この権能の効果は……後ほど確かめるとしよう。
「む、そうじゃ。隊長に訊きたいことがあるのじゃ」
「この際だからなんでも訊いてくれ。そして早めに休ませてくれ」
「妾たちがあの大蛇と戦いを始めた時、『水蛇ヒュドラの試練を開始しました』という声は聞こえたか?」
「……いや、聞いてないな。直近で声が聞こえたのは、〝水蛇征伐の貢献者〟が手に入った時だけだ」
ロジールの回答を聞き、マオはしばらく考え込む。
「ユーリ」
「ん?」
マオが手招きするので、ユーリは首を傾げつつ従った。
内緒話がしたいらしい。……ロジールが「聞くだけ聞いておいて俺を除け者にするか」と抗議の視線を注いできた。申し訳ないと思いつつも、一先ず受け流す。
マオは小さな声でユーリに耳打ちした。
「どうやら戦闘前と戦闘後の声は、宝座の所有者にしか聞こえないようじゃ」
戦闘前と戦闘後の声と言えば……。
――〝空〟の担い手が、水蛇ヒュドラの試練を開始しました。
――〝空〟の担い手が、水蛇ヒュドラを倒しました。
この二つである。
「お主の予想が正しければ、宝座は本来ならヒュドラのような強大な敵を倒すための力じゃ。それゆえに、あの声は関係者にだけ聞こえるようになっておるのかもしれん」
「関係者、ね。……まあ確かに、あの声が全員に聞こえていたら、誰が宝座を持っているのか即バレるもんな」
「うむ。宝座の持ち主は、他の持ち主の状況を確認できる仕組みなのじゃろう」
宝座の所有者には、ヒュドラのような魔獣を倒す使命があると仮定しよう。だとするとマオの推測には説得力がある。ユーリとヒュドラの戦闘は、宝座の所有者にとっては他人事ではないのだ。
「じゃあ逆に、他の宝座持ちがああいう魔獣と戦えば、俺たちにもその知らせが届くってことか」
「その可能性が高いのじゃ。……しかし、倒すと特殊な資格が手に入る辺り、どちらかと言えば協力ではなく奪い合いの気配を感じるのう」
「ヒュドラみたいな魔獣を奪い合うっていうのか? あまり気乗りはしないが……」
先程の戦いは、九死に一生を得たような内容だった。
このような死闘に我先にと首を突っ込むのは、到底正気とは思えない。
なんてことを考えていたら――――。
【〝鉄〟の担い手が、大猪カリュドーンを倒しました】
「…………おいおい」
「ふむ」
聞こえてきた声に、ユーリは顔を引き攣らせる。
その隣でマオは、顎に指を添えて考えた。
「やはり、奪い合いのような気がするのじゃ」
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