第24話.形勢逆転1


 魔法学園に入学するような生徒なら、何年も前に杖を手放して当然。だから十六歳にもなって杖を持ち歩いている私が、彼らにはおかしくて仕方がないのだった。


 たぶん今までのアンリエッタは、こんなふうに周りからしょっちゅう馬鹿にされていたのだろう。

 アンリエッタの出身は伯爵家という上等なものだが、この学園では家格ではなく、魔法を使いこなす者ほど他者の尊敬を得る。ひとつも魔法が使えないくせに高慢に振る舞うアンリエッタは、嘲りの対象にしかならなかったはずだ。


『ハナオト』のアンリエッタについて、私は多くを知らない。ゲーム内のスチルだって一枚しかないようなキャラクターなのだ。


 花舞いの儀の日。姿を現したカレンに激昂するアンリエッタのスチル。差分では、その身体が黒より濃い闇へと包まれていき、魔に堕ちていることが表現される。私が知るアンリエッタは、たったそれだけなのだ。


「アンリエッタ・リージャス」


 そのときだった。不快な笑いの波の向こうから、よく通る声が教室に響く。


 現れたのは、一学年上の二年Aクラスに所属する赤髪の青年……ラインハルト・レイ・カルナシアだった。

 カルナシアの王太子である彼は短い赤髪に、同色の瞳をしている。攻略対象のひとりだけあり、容姿はやはりびっくりするくらい整っている。


 ラインハルトは王族らしい尊大さに満ちた青年で、それだけの実力を兼ね備えてもいる。認めた相手のことは尊重するし大切にするものの、そうじゃない相手に対してはいやみな態度を隠さない。


 だが、自分より能力が劣っているか否かで他人を判断する考え方は、上に立つ者として未熟である。そんな自分の至らなさを、異世界からやって来たカレンに教えられ成長していく……という彼のルートは必見ではあるが、今の私はそれどころではなかった。

 なんでもいいから食堂に行かせてくれ。私は一刻も早く、温かな食事にありつきたいんだ。

 実は私が転生してから、ラインハルトに話しかけられるのは今日が初めてではない。


 彼が絡んでくる理由はひとつ。彼がアンリエッタの兄――ノアを敬愛しているからだ。


 伯爵位を継いだノアが魔法騎士団の入団試験を受けていたとき、偶然その実力を目の当たりにしたラインハルトはすっかり惚れ込み、自分の護衛騎士になってほしいと人目も憚らず求めた。


 王族、それも順当に行けば未来の国王となる予定の人間からのお願い、もとい命令を断れるはずもなく、ノアは魔法騎士団に入ると同時に【王の盾】に選ばれた。

 ラインハルトはノアを実の兄のように慕っており、稽古をつけてほしいとせがんでは断られている。だからこそ、私に対していろいろ言いたいことがあるようなのだ。


 そんなラインハルトを最初に前にした日、私はなぜか一言も言葉が出なくなった。

 ノアを前にしてひどく身体が強張ったのと、たぶん同じ原因だ。血気盛んなアンリエッタも、王太子相手に正面から喧嘩を買うのはまずいと思っていたのだろう。


「また騒ぎを起こしているのか。いい加減、ノアさ……ノアを見習ったらどうだ」


 お小言にげんなりしたのが顔に出てしまったのか、ラインハルトが肩を竦める。


「勘違いするな。俺は杖を持つことそのものを否定するつもりじゃない。魔法を使えるようになるための努力、大いにけっこうじゃないか」


 気まずそうな顔で、数人の生徒が教室を出ていく。きっと食堂に向かうのだろう。

 立ち尽くす私に、ラインハルトが侮蔑の目を向ける。

 そう、一部の陰湿なクラスメイトを追いだしてくれたからって、この男が私の味方なわけではないのだ。


「だが、その杖はなんだ? これほどまでに地味で見窄らしく、なんの魅力も感じられない杖は見たことがないぞ。リージャス家の人間として恥ずかしくはないのか?」


 すると私の隣から一歩出て、エルヴィスが控えめに口を開く。


「ラインハルト殿下。恐れながら、そのような言い方はアンリエッタ嬢に失礼では」


 エ、エルヴィス。私を庇ってくれるなんて、ちょっと見直したぞ。


「この俺に意見するのか。おもしろい男だ、エルヴィス・ハント」


 おもしれー男、いただきました。とか思いながら、私は迷っていた。

 んー、どうしようかな。言うべきか。言わざるべきか。

 迷う私に、ラインハルトがエルヴィス越しにちらりと目を向けてくる。


「今日も一言も喋らないつもりか。ああ、男を盾にする方針に変えたのは正解かもしれないが」


 なんだと?


「盾にばかり喋らせないで、何か言ったらどうだ? 王太子殿下のおっしゃる通りです……とな」


 うわー、カレンに出会う前の俺様ラインハルト、やっぱりむかつく。

 アンリエッタは立場を弁えて沈黙していたのかもしれないけど、彼女に転生した私は違う。ここまでばかにされているのに、黙ってなんていられない。


 ていうか、私は悪くないからね。喋ってほしいって言ったのはそっちなんだから。

 私は手にした杖をこれ見よがしに両手で抱きしめてみせる。子どもっぽい仕草だと思われるかもしれないが、それもこのあとの展開を考えれば計算通りだ。


「それでは、畏れながら王太子殿下に申し上げます」

「ふん。なんだ?」


 私は油断しきっているラインハルトに、決定的な一言を告げた。



「この杖はつい先日、兄から譲り受けたものなんです」



 それだけで、おもしろいくらい教室内が静まり返る。

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チュートリアルで死ぬ令嬢ですが、攻略対象たちの溺愛が止まりません! 榛名丼 @yssi_quapia

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