エピローグ・ブルーモーメント

 彼女はフローリングに横たわり、一冊の本を掲げた。


 まさか、高校生のころからコツコツと撮りためてきたフィルム写真が、こうして本になるなんて誰が思っただろうか。


 空と折り紙が織りなす、神秘的なSoraワールド。


 そんなアオリ文を眺めつつ、宙はインタビュアーの言葉を思い出していた。


 

 Soraさんがこの折り紙と空の写真を撮り始めた、きっかけは何でしたか?



 空の写真を折り紙にして、その折り紙と空の写真を撮る。

 そんな一風変わった写真家に投げかける質問としては、何らおかしくない。


 宙が戸惑ったのは、その質問に自身が答えられなかったことについてだった。


 カメラに映す光景は、4年前からずっと変わらない。でも、いざきっかけを思い出そうとすると、透明な膜に阻まれているような不思議な感覚に陥るのだ。


 この写真を、渡したい人がいる。


 漠然と抱えてきた思いの正体はなんなのか、その答えがあるような気がするのに。




 ぴこん。


 スマホの通知音が、思考を遮る。


 確認し、普段作品を上げているSNSのDM通知と知った宙は、思わず姿勢を正した。


 

 Soraさんへ。


 そんな言葉で始まり、写真集、家族全員で見ていますといった嬉しいことが書き連ねられている。


 ほころんだ宙の顔は、スクロールした瞬間に引き締まった。




 Soraさんの写真を誰よりも楽しみにしていた息子は、一年前亡くなりました。


 息子は物心つく前から空が大好きで、家にいても窓の外をじっと見つめているような子供でした。私はその様子を見ているのが、とても辛かった。



 さらに読み進める。

 そして伝わってくる奇妙な既視感に、宙は眉を寄せた。



 息子は、太陽に直接当たれない、そういう病気でした。紫外線に当たると、皮膚が火傷したようになって皮膚がんを起こすのです。

 息子は中学生のとき、皮膚がんの発生が分かって入院しました。


 その時期です、息子がSoraさんを見つけたのは。嬉しそうに報告してくる、久しぶりに見た息子の笑顔は今も忘れられません。写真集が出ると、あの子は決して手元から離そうとしませんでした。

 Soraさんは私たちと息子を救ってくれたので、お礼が言いたかったのです。


 天国の天翔もきっと、Soraさんの活躍を楽しみにしていると思います。





 この名前、なんて読むんだろう。そこまで考えたとき、宙は限界まで目を見開いた。


 天翔、あまと、アマト。



 宙は走った。


 下の階に足音が響くだろうが、そんなことは気にしていられない。


 自分の部屋にあった何かを掴み、そのままベランダへと駆け上がる。






 日が落ちて青く染まっていく空を、呆然として見つめた。


 なんで、今まで忘れていたんだろう。

 自分のすべての写真の根源に、あの少年がいたというのに。


――これ、差してみてください


――空だったら、なんでも一番なんだ。


――ソラ、ありがとう!


 少年の笑顔が、あざやかに脳裏に蘇る。






 



――思ったより、遅かったね?」




 突然耳元で聞こえた声、感じる気配。


 驚愕の表情を宿した宙は、勢いよく振り返る。



 手の中の半分の写し空が、かさりと音を立てた。












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天を歩む @sayo07

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