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ちびまるフォイ

人の心などない

夜も老けきった深夜2時。


気のせいだろうか。

いや気のせいではない。


なにか足元で動いている。


"ソレ"は霧のようにゆっくりと部屋を動く。


残暑の熱帯夜で部屋は熱いはずなのに、

体は冷え切っている。


声も出せない。

体が動かない。


ソレはゆっくりとこちらに近づいてくる。


明らかにこの世のものではない。


見たくないのに、目が開きっぱなし。


ゆっくり。


ゆっくり近づく。



ソレが顔の近くまで来たとき、耳元でそっとささやく。




『高枝切りバサミ、買わない?』




「え」


冷や汗はすっかり引っ込んだ。


『高枝切りバサミ、買わない?』


「いやそれは聞いた」


『今まで届かなかった場所にも届くし、

 アルミ製だから軽くてオススメ……。

 さらに今なら手元で切れる剪定せんていバサミもセットで』


「いらないいらない!」


『無念……』


そういうと幽霊は消えてしまった。

ふたたび相まみえるのは次の夜となる。



草木も寝静まった丑三つ時……。


気のせいだろうか。

いややっぱり気のせいではない。


"ソレ"は霧のようにーー(以下略)


再び耳元でささやいた。



『ねえ、高圧洗浄機……買わない?』



「なんでだよ!!」


『水だけで汚れも落とせるし、

 石畳やレンガの隙間汚れもイッパツ……』


「うちはマンションだよ!」


『今ならもう1台おつけして、お値段変わらずの……』


「いらないって!」


『無念……』


幽霊は残念そうに消えていった。

これでやっと成仏してくれるだろうと思っていた。


もちろんこの程度で終わるはずもなく、

次の夜にも幽霊はやってきた。




夜も老けきった深夜2時。


気のせいだろうか(中略)。

そっと耳元でささやく。



『ねえ、金の釈迦如来像……買わない?』



「仏具!?」


『今なら、般若心経が書かれた金箔の枕もつけるわ。

 これで眠ると夢の中で仏様が御慈悲をたまわってくれるの』


「幽霊が勧めていい商品ラインナップかそれ!?」


『買って……買ってぇ……』


「いるかぁ!! 誰がこんなの買うんだ!!」



『私よ……』



「えっ?」


幽霊の思わぬ独白にツッコミが止まる。


『私は生前、"カクヨム通販"にのめり込んで

 必要かどうかなんて考えずに買い込んだの……』


「お、おお……」


『気がつけば家庭は崩壊。財政は破綻。

 借金と通販に追われる毎日だった』


「借金してるのに通販やめなかったの強すぎるだろ」


『でもそんな日々も終わりが来たわ』


「借金を苦に自殺でもしたのか?」



『いえ、カクヨム通販で欲しい商品を電話しようとしたとき

 電話料金払えなくて通販できないことに絶望して自殺したわ』



「病気だよ!!」


『そうよ。私は死んでから自分のおかしさに気づいた。

 通販が私を狂わせた。そして今も成仏できずにいる。

 だから私は自分に残された商品を勧めるの……』


「自分の未練を断つために……?」


『ええ……。でもあなたは買ってくれない……。

 私はだから手を変え品を変えて、オススメするしかないの……』


幽霊の事情を知ってしまったことで、

恐怖の対象から困ったただの一般人に見えてきた。


「あのな、キツイこと言うけどこんなもの買ってもらえないよ」


『え?』


「通販なんてのはその場のライブ感。

 勢いでものを売っているんだ。

 今買わないと損をするって思わせるのに全振りしている」


『だから家に届いたときには、いらなくなってるのね……』


「そんなゴミを買わせようなんて、買ってもらえるわけ無いだろ」


『じゃあ私はどうすればいいの。

 現世に自分の買い込んだしょうもない通販グッズがある限り

 成仏なんてできやしないわ!』


「ばかやろう!」


主人公は念のため用意していた除霊グッズでひっぱたいた。


「あんたは死後も通販にしばられている!」


『通販に……縛られている……!?』


「通販グッズを精算しなきゃ成仏できない。

 通販商品を勧めないと成仏できない。

 本当にそうかどうか考えたことあるのか!」


『考えたこと……』


幽霊は思った。

自分の生前はカクヨム通販の商品ばかりを考えていた。

その延長線で死後の生活も続けてしまっていた。

まるで疑うこともなく。


「やっとあんたは死んで自由の身になったんじゃないか。

 こんなゴミを売りつける必要なんてない」


『そうね……。私、通販に洗脳されていたわ。

 ありがとう。やっと目が覚めた気がする』


「遅すぎるくらいさ。ほら、もう夜が明ける」


『ああ……。本当にありがとう。私なにか変われた気がする……』


「もう二度と通販に騙されてゴミを買わないように」


『ええ、ありがとう……さようなら……』


通販の呪縛から解き放たれた幽霊は嬉しそうな顔をして消えていった。

カーテンから日が差し込み、さわやかな朝の訪れを伝える。


「さて、俺も会社にいかないと」


ベッドから体を起こして、身支度を整える。

清潔感のある服と髪型にセットして準備完了。


いつもの撮影スタジオへと今日も足を運ぶ。


カメラが向けられると、わざとらしいほどの笑顔でお届けする。




「さあ、我々カクヨム通販が本日おすすめするのは!

 高圧洗浄機機能付き、金の高枝切りバサミです!」

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