第3話 幽霊が心配しちゃだめなワケ?
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「やぁやぁ、おにーさん。今日はご飯食べられてたね。えらいね」
「んー?」
「幽霊だからさ、アタシ寝なくても平気なんだよね」
「だからさー、おにーさんの生活ぶりをずーっと暇で見てたワケ」
「うつ病だっけ、薬とか、診断書とか、見えちゃうからさ。見ちゃうじゃん?」
「大学への休学届もね」
「防音室の中のピアノも埃被ってるよ……弾かないの?」
「弾けない、か……じゃあいいや」
「おにーさんが弾きたい時に弾いて聞かせてくれるのが嬉しいからいいの」
「おにーさんのピアノの音、好きだからさ……」
「練習してる時は防音室の外でめっちゃ聞いてたよ」
「ぶっちゃけ、一緒に歌いたくなるくらいすっごい好き」
「優しくて、温かくて、ワクワクする音色……」
「なんか聞いてるとドキドキしちゃう、思わず惹かれちゃった……分かる?」
「褒め上手って、そんな顔で言われもなぁ……」
「うつで、なんにもできなくなって随分弾いてないよね」
「弾かないとさ、感覚鈍るから焦るよね、分かる……」
「あの子、その……親友もピアノやってたから……音大目指してるぐらいガチに」
「はぁ……まぁ、寝てるだけしかできないおにーさんの気持ちとか」
「アタシじゃ、なーんにも理解できてないかもしれないけど」
「おかげで、アタシみたいな幽霊の相手、してくれてるじゃん?」
「おにーさん優しいね」
「お世辞で褒められてるって顔に出てても一応褒め上手って言ってくれるし……」
「もー、アタシは本気で褒めてるんだけどなあ」
「本当に、その、好きになっちゃうかもって感じなレベルで好きなのにさ……っ」
「たはは、だってアタシは別に女の子だけが好きだったんじゃないしー?」
「"その子だったから"好きだったの」
「だから別に男だから好きとか、女だから好きってタイプじゃなかったみたい」
「あ、今日のハツミちゃんからのアドバイスはね」
「足は洗え、かな?」
「あ、いやいや、悪い人とかそういうのじゃなくてね。物理的なお話」
「ぼんやーりだけどね、入院中してた時の記憶で、覚えてること」
「すこーしはあるんだ」
「人間の足の裏って一番汚れやすくて」
「お風呂に入れなくても、足を洗うだけでも違うんだって」
「だからかなぁ、看護師さん達念入りに」
「足の裏ふきふきしてくれてた感触は覚えてるんだよね」
「おぼろげーに話してる声とかさ」
「アタシが死んだ原因はなんだっけ」
「なんか脳がなんとかかんとか……っていう難しい事で」
「分かんないっていうか覚えてないっていうか」
「倒れた時には、お医者さんが言ってたことも覚えられなかったくらい」
「もう手遅れって感じだったんだよね」
「呂律が回らなくなって、歩けなくなって、寝たきりになって……」
「あっという間に意識がぼんやーりしちゃって即入院」
「正直さぁ、意識あるうちに色々足掻けばよかったんだけど」
「目の前にあと半年で死にますっていうのがどーんっていきなり出てきたら」
「そんな余裕なくてさ」
「焦って、なーんにもできてないまま、症状悪化して」
「幽霊になっちゃうくらい未練でいっぱいになっちゃったワケ」
「まぁ、短く言葉にするならさ。もうちょっと青春してたかったなぁーって感じ」
「学校の音楽室で、夕暮れになって追い出されるまで」
「あの子の、親友のピアノに合わせて歌ってたかったなぁ」
「アタシね、歌手になりたかったの。音大行って、声楽学んで」
「歌を歌う人になりたかった。オペラ歌手だね」
「で、親友はピアノが上手くて同じ音大目指してた……」
「大人になったら一緒にコンサート出ようね、とか浮かれちゃってさぁ……」
「青春でしょー?」
「なのに、アタシだけ途中で人生脱落しちゃったの。物理的にね」
「はーぁ……受験あるのに、大事な時期なのに、青春も思い出も」
「情緒も何もかも、滅茶苦茶にしちゃってごめんねって感じ」
「あー……思えばあの子にも、家族にも……ごめんねすら言えなかったなぁ」
「後悔ばっかの人生ですよ、ハツミちゃん」
「おにーさんはご飯食べれて、生きてて偉いよ。眠れて偉いよ」
「眠れなくても横になれてるだけでえらい」
「死にたいのにさ、生きようとしてるのがえらいなーってだけ」
「うつってさ、脳が止まっちゃう病気なんだって……」
「実質、今のお兄さんは半死半生ってことじゃない?」
「体は生きてるけど、脳が止まっちゃってるから脳死的な?」
「なんかだるいし、眠れないし、しんどいし」
「何もかもがめんどくさくて、なんにもできなくて」
「それが辛くて、焦って、死にたくなったりして」
「大好きなものも手に付かなくて、焦って、絶望して……」
「でも惰性かもしんないけど生きてる」
「だからえらいよ、花丸あげちゃう」
「ハツミちゃんはおにーさんが生きてることを褒めちゃいます、だってえらいから」
「うん、今日もお薬効いてきた?だって返事がどんどん眠そうになってる」
「んんー、今日はこれでおしまい。おやすみおにーさん」
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