コーヒーフロート

みたらし団子

コーヒーフロート 

コーヒーフロートは実に難しい飲み物だ。コーヒーを飲もうとすると、端っこに位置しているアイスが溢れそうになる。かといって、アイスをすくおうとすれば、その圧力でコーヒーがこぼれてしまう。うん、やっぱりコーヒーフロートは難しい。

「花子ちゃん、そんなにコーヒーフロートを熱い視線で見つめてたら、溶けちゃうよ。」

「だって、店長のコーヒーフロート、無駄にしたくないんだもん。」

私は慎重にストローをくわえ、そっと飲んでみた。バニラでまろやかになった冷たいコーヒーが、喉をすーっと通り抜ける。ああ、美味しい。

ここは「クラシックブレンド」という名のカフェ。店に入ると、レコードから流れるジャズ(大抵店長が大好きなBill Evansの曲)と香ばしいコーヒーの香りが心地よく広がる。その名の通り、時間が止まったかのようなクラシカルな雰囲気とコーヒーの香ばしい香りが漂うカフェだ。路地裏にひっそりと佇んでいてるため、あまり知られていない。だけど、地元の人々にはこよなく愛されている。今日は休日のせいか、いつも以上に賑わっている。

私、青木花子はこのカフェによく来る。もちろん「クラシックブレンド」のコーヒーフロートが大好きだからという理由もある。だけど、頻繁に訪れる理由はもう一つある。それは…あの人に会いたいからだ。最近、何度か足を運んでいるものの、彼にはなかなか会えない。大学生になって忙しいのだろう。でも、今日はきっと会える気がしてならなかった。そんな淡い期待だけを胸に、普段しない化粧を施し、私はカフェにきたのだ。

その瞬間、入り口のベルが軽やかに鳴り、ドアが開く。

「あれ、花子ちゃん、来てたんだ。ひさしぶりだね。」

甘いテノールの声。

どこの香水かわからないけど、少しスパイシーな香りを身に纏っている。高校の時は、確か先輩は香水をかけてなかった。髪型も服装もおしゃれになっていて、前よりさらに格好良くなっている。

そんな大学生になった先輩に会えて、胸が高鳴るけれど、私は努めて冷静に振る舞う。

「はい、蔦屋先輩、久しぶりです。」

「おっ、亮くん、ちょうどいいところに。ブラックコーヒーの注文がきてね。2人分頼めるかな?」

「わかりました、店長。」

彼は即座に答えて、カウンターの奥に回り込む。シャツの袖をまくり、少し筋肉質な腕がちらりと見える。棚からコーヒー豆の袋を取り出し、グラインダーにセットする。豆が挽かれる音が心地よく響く。その挽きたての粉を彼は確認する。その先輩の真剣な眼差しが普段知っている優しい先輩とは違う魅力を放っていて、ドキッとする。先輩のメガネ姿やっぱりいいな〜と、私は先輩の姿を気づかれないようにチラチラ見ながら内心呟く。次に、先輩はドリッパーを設置して、砕いた豆を入れ、そこに温かい湯を粉に均等に注ぐ。全ての湯を注ぎ終え、最後の一滴を確認すると、彼は少しほほえむ。そして、できたブラックコーヒーを白いカップに丁寧に注ぐ。

その一連の動作と漂う深い香りに、私は思わず見惚れてしまう。

「先輩、今度私の分のブラックコーヒーも入れてください。」

気がついたら私は思わずそうお願いしてた。

彼はそれを聞き、一瞬目をぱちくりさせた。正直、自分でも言った後にびっくりした。でも、わかったのかわかってないのか彼はふふと、笑い、こてっと首をかしげる。そういうのを普通の人がやると似合わないのに、先輩がやると似合うからやっぱり先輩はずるい。

「いいけど、花子ちゃん。大人の味のブラックコーヒー、まだ早いんじゃない?」

コーヒーフロートを指差しながら、彼は少し意地悪そうに笑う。

言ったことはないけど、私がコーヒーを単体で飲むのが苦手だって、最初からバレてたみたいだ。

顔がかっと熱くなる。けど、負けたくない。

「先輩が淹れるブラックコーヒーなら飲めます。」

「あはは、本当かなー?」

「本当です。」

先輩は何も言わない。ただ優しく、でも同時に少し憐んでいる感じで目を細めるだけ。

その反応が気に食わなくてふくれると、先輩は私の頭を軽くポンポンと撫でる。

「な。」

頭を抑え、私は先輩を睨む。

だけど先輩はもう見ていない。

すでに淹れたコーヒーをお客さんの方に運びに行っている。

完全に妹扱いされている。ああ、やっぱり敵わない。そして、この気持ちもきっと叶わない。

にこやかにお客さんに会釈している先輩を見て、思わずカウンターの下でぎゅっと拳を握る。

きっと、大学でも私よりずっと大人っぽい女性に囲まれている。聞いたよ、先輩が大学で最近美人な女とよく一緒に時間過ごしているって。写真見たんだから。私はまだ高校生で、勉強と部活で精一杯なのに。先輩はいつも私より先で、どんなに手を伸ばしても追いつけない。いつも腹立たしいくらい大人の余裕さを醸し出している。

だけど、私はそんな先輩だから好きなんだ。たまらなく憧れていて、恋焦がれている。

その証拠に、ほら。

私のコーヒーフロートはすっかり溶けて、グラスに溢れたバニラアイスが静かに伝っていく。

まるで、抑えきれない私の気持ちを映し出すかのように。

苦くて、でも少しだけ甘いこの瞬間も、溶けたアイスクリームと一緒に、いつか消えてしまうのだろうか。

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