人類バーサス地球

加賀倉 創作【書く精】

人類バーサス地球

——曇天の歓楽街。


 地を覆い尽くす鈍色にびいろのアスファルトからの、文明由来の負の臭気ペトリコールが鼻を刺す。


「蒼白く不健康な肌……尖った耳……鋭く長く突き出た犬歯……漆黒のマントに身を包むその痩躯そうくの正体は…………人の生き血をすす吸血鬼ヴァンパイア!! 映画『吸血鬼』、近日公開ッ!!」


 拡声器スピーカーからのホラー映画の宣伝文句が、扇情せんじょう的な声に乗り、行き交う人々の心臓に重く深く響く。大型有機ELディスプレイの映像広告デジタルサイネージが、赤と黒を基調とした禍々まがまがしくカットを映し出し、それを見る者の背に凍てつくような冷たさを感じさせる。


⚫️《〈お前たちは調子に乗りすぎた〉》⚫️


 今度の声はスピーカーからではない。それに、耳に、ではなく、脳と五臓六腑ごぞうろっぷ、へと直接語りかけてくるようだ。


「ねぇ……あなた、今、何か言った?」

「いや、言ってないけど」

 ひと組の男女が、その謎の声について話しだす。


「低い声が聞こえたのよ。『お前たちは調子に乗りすぎた』って。確かにそう聞こえた」

「えぇっ? そんなの、誰が、誰に対して言うんだよ」

「そうだけど、聞こえたのは本当よ?」

「うーん、言われてみれば……俺も、何かぼんやりとしたものを感じた気がしないでもない」


 気のせいではない。

 謎の声は、まやかしなどではなく、確かに存在した。


⚫️《〈森を焼いた〉》⚫️


 ⚫️《〈で地上を埋め尽くした〉》⚫️


     ⚫️《〈生物たちの生活を脅かした〉》⚫️


「なに!? 今の声!!」

「ね、そうだよねっ、わたしも聞こえた!!」

 また別のひと組がそう言った。


   ⚫️《〈臭くて毒々しい廃棄物を生み出した〉》⚫️


 ⚫️《〈大地と海と空を汚した〉》⚫️


「なんだ今のはっ!?」

「誰? どこから語りかけているの!?」


     ⚫️《〈冷たく無機質な光で夜を照らした〉》⚫️


⚫️《〈星々のきらめきをかすませた〉》⚫️


「なに? 神様? 仏様?」

「天からの声!?」

     ⚫️《〈地震〉》⚫️

⚫️《〈雷〉》⚫️

  ⚫️《〈暴風雨〉》⚫️

     ⚫️《〈台風〉》⚫️

 ⚫️《〈津波〉》⚫️

⚫️《〈噴火〉》⚫️

  ⚫️《〈異常気象は全て我が起こした〉》⚫️


「こわいこわい! なにこれっ!!」

「これ、みんな聞こえてるのか……」

「もしかしてこれ、地球の声、とか?」

「いや違う、きっとこれは、主の声に違いない!」

「違うって、天使だろ?」

「堕天使かもしれないぞ」

「ひぃ! やめて! 頭おかしくなっちゃう!」


 人々は、ひどく動揺した。


 直後、とあるSNSのトレンドは、この謎の声にまつわるもので埋め尽くされた。


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 以来、謎の声は一向に止む気配がなく、人々に語りかけ続けた。


⚫️《〈あそこは地盤が強い〉》⚫️

 人々は地震を恐れて、揺れに弱い場所を離れた。


⚫️《〈あの高台なら津波は来ないだろう〉》⚫️

 人々は津波を恐れて、高台を目指した。


⚫️《〈そこなら大樹が屋根となろう〉》⚫️

 人々は風雨をしのぐため、大きな木のそばに移住した。


⚫️《〈そこなら飲み水が豊富だ〉》⚫️

 人々は水不足を恐れて、川や湖や池のそばに住んだ。


⚫️《〈ここでは魚や山草がよくとれる〉》⚫️

 人々は食糧不足を恐れて、そうした場所に好んで住んだ。


    ⚫️《〈そこに落雷はないだろう〉》⚫️

 ⚫️《〈あの山は噴火しない〉》⚫️

       ⚫️《〈ここがいいぞ〉》⚫️

  ⚫️《〈あそこはだめだ〉》⚫️

     ⚫️《〈そこに行くのをすすめる〉》⚫️


 人々は、謎の声に翻弄ほんろうされる。


⚫️《〈こっちだ〉》⚫️

    ⚫️《〈そのまま進め〉》⚫️

      ⚫️《〈じきに最高の土地に辿たどり着く〉》⚫️

 ⚫️《〈もう少し歩け〉》⚫️

     ⚫️《〈目の前だ〉》⚫️


   ⚫️《〈そこで止まれ!〉》⚫️


 人々は、ある場所に誘導された。


 一箇所に集められた人は、次は何が起こるのかと、不安気に、キョロキョロと辺りを見回す。


 すると。


 揺れが始まった。


「なんだ? また地震か?」

「ここは地盤が強いんじゃなかったのかよ!」

「どうなっちゃうの、わたしたち……」

「こわい! 助けて!」


 慌てても、もう遅い。


 揺れは激しさを増す。


 大地が裂けゆく。


 いや、裂けているのではない。


 大地が、開いているのだ。


 ぽっかりと沈みゆく大地。


 その上にいた者は、落ちる。


「誰か手を貸してく……うわぁああああ!」

「きゃあ!」

「ひぃいい!」

「ぎゃああああ!!!!」


 大地に大穴が空いた。


 人々は一人残らず落ちた。


 その代わりに……


 穴のすぐ横から、何かがい出てくるではないか。



(^^)/ (^^)/ パカッ! \(^^) \(^^)

H ̄ ̄ ̄ ̄\  / ̄ ̄ ̄ ̄

H     |

H     〆

H    |

(^^)/   人  |

H      |〆

H      人

H       |

(^^)/     |人

H      〆

H

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 なんと、地底に住む者たちが、地上の人間と入れ替わりで、梯子はしごを昇って出てきたのだった。


 彼らの姿はおおむね人型をしているが、よく見ると……


 蒼白く不健康な肌。

 尖った耳。

 鋭く長く突き出た犬歯。

 漆黒のマントに身を包む痩躯そうく


 彼らの正体は吸血鬼ヴァンパイアだった。


 吸血鬼ヴァンパイアたちは高台から、広がる街並みを見下す。


「人間どもめ、なかなかに良い建物をこしらえてくれたな。あれだけの広さがあれば、昼間も、太陽の光を浴びずに快適に暮らせるだろう」

 とりわけ豪奢ごうしゃなマントをひらりなびかせる吸血鬼ヴァンパイアが、そう言った。


 吸血鬼ヴァンパイアたちは長らく、増え過ぎた一族を収容しきれなくなった地底から、地上に出ようと企んでいた。しかし、大きな弱点を抱えていたせいで、それがなかなか叶わなかった。


 太陽の光。


 日を浴びずに地底で育ったことで太陽の光に弱かった彼らは、光を遮ることができる建物が、十分な数、人間の手によって地上に立ち並ぶのを待ち侘びていたのだった。


「にしても人間どもは……面白いように、あの妙ちくりんな声の言いなりになってくれたな。大して、賢い種族ではないのかもしれない。建物の強度は大丈夫そうか? すぐに崩れてしまわないことを祈ろう」


〈完〉

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