ラストトラック:自称妻の、真実

【SE:足音】


【SE:ドアが開く音】


「ただいま~」


「ごめんね、遅くなっちゃって……すぐご飯作るから」


「あーあ、外なんて出たくないな~。ずーっと家の中で旦那様とイチャイチャしてた~い」


「……ん、どうしたの。真剣な顔して」


「話がある……って、まさか」


「私に惚れ直しちゃった? 改めて、愛の告白!?」


「……ってわけじゃなさそうだね。あはは」


「……ん? 何その封筒……役場から?」


「ああ、何かの手続き? それで、分からないから私に……ってそういうわけでもない?」


「じゃあ一体……」


「……あ」


「……戸籍、謄本」


「……そっかぁー」


「そりゃ、私が本当に妻か確かめるには、それが一番手っ取り早いもんね?」


「そういうことは覚えてるんだもんなー」


「っていうかその顔、もしかして……思い出しちゃった?」


「……そう」


「代わりに、記憶喪失中のことを忘れた……っていう都合のいい展開は、なさそうだね」


「そういうのも、よくある話なんだけどなー。当てが外れたか」


「……あーあ」


「……その呼び方も、なんだか久しぶりだね」


「それじゃあ、もう分かってると思うけど、ネタバラシ」


「記憶喪失のあなたに献身的に寄り添ってくれた、妻を自称する謎の美女の正体はー……なんと!」


「あなたの、お姉ちゃんでしたー!!! わー、ぱちぱちぱち」


「……えへへ、びっくりした?」


「結婚してるか確かめようと戸籍取り寄せたら、私の名前が書いてあるんだもんね?」


「まさか姉だとは思わなかったでしょ」


「ドッキリ、大成功~! ……なんちゃって」


「……どうしてこんなことしたのか、って?」


「決まってるじゃん。いたずらだよ、い・た・ず・ら」


「弟が記憶喪失なんて面白い事態になったら、からかってあげたいのが姉心でしょ?」


「私のアプローチに照れてる姿、いい娯楽だったなー」


「あんた、ほんとーにうぶで可愛いんだから♡」


「随分楽しませてもらいましたー♪」


「あんたも楽しかったでしょ? こーんな美人のお嫁さんが、献身的にお世話してくれて、存分にイチャイチャ出来て……」


「いい思い、出来たでしょ? 夢のような時間だったんじゃな~い?」


「……ま、バレちゃったなら夫婦ごっこはもうおーしまい!」


「普通の姉弟に戻りましょっか」


「あーあ、楽しかったなー!」


「……ほんと、夢みたいな時間だった」


「……何?」


「嘘って……そんなの、吐いてないから」


「さっき話したのが真実。私の本音だって」


「ただ単に、弟をからかって遊んでただけ。それだけ」


「……ほんとだよ」


「……は? 嘘つくのが下手? 癖が出てる?」


「『嘘を吐くとき、左の口角が上がる』……って、嘘、そんなこと一度も言われたこと……」


「……あ」


「……そういうことね、やられた」


「つい気になって、口元抑えちゃった」


「『ああ うそだぜ! だが…マヌケは見つかったようだな』……ってやつ? あんた、あの漫画好きだもんね」


「はーあ、私よりあんたの方がよっぽど嘘つきじゃないの」


「……で? 私の嘘を暴いて、どうしようって言うの?」


「……どうにも出来ないでしょ?」


「だって私たち、姉弟だもん」


「私の本当の気持ちがどうだったところで……関係ないでしょ」


「……どうにも、ならない」


「あんただって……こんなお姉ちゃん、困るでしょ」


「いくらなんでもさ、あれが本気だったら、ブラコンが過ぎるって……」


「……ブラコンなんて言葉じゃ、誤魔化せないって」


「……だから、あれは単なる姉のいたずら」


「弟へのからかいだったんだって」


「本気の言葉なんて、一つもない。全部いたずらで、全部嘘」


「……嘘だったことに、しようよ」


「……勝手なこと、言ってるよね。全部、私のせいなのに……」


「……こんなお姉ちゃんで、ごめんね?」


「だけど、お願い」


「悪い夢かなんだって、忘れて……今まで通りの、ちょっと仲の良い姉弟に、戻ろうよ……」


「もうこれ以上、わがままなんて、言わないから……」


「ね、お願いだから……」


「全部、なかったことにしてさ……」


「元通りに……」


「……」


「泣いてないよ」


「……泣いて、ないってば……」


(小さな鳴き声)


【SE:立ち上がる音】


「……あ」


「どこ……行くの?」


「……ううん、言わなくてもいいよ」


「一緒に居たく、ないよね……」


「私の方が、出ていくから……」


「……?」


「壁を見つめて、何を……」


【SE:壁に頭を打ちつける音】


「はっ……はあああああ!!!??」


「ちょっ、何して……何してんの!?」


「やめっ、やめなさいって!! ちょっと!!!」


「事故に遭ったばかりなのに、自分から頭打ちつけて……何考えてんの!?」


「やめなさい!! やーめーろー!!」


【SE:格闘音】


「はぁ……はぁ……」


「一体何がしたいのよ……」


「……は?」


「『あなたは誰ですか?』……って、何の冗談……」


「……あ」


「……あはははは!!」


「『頭を打って、記憶をなくしたみたい』……って!!」


「ば、馬鹿じゃないの……!?」


「嘘吐くの、下手すぎ……! 左の口角、上がってるし……!!」


「……でも、見なかったことにしてあげる」


「じゃあ……『はじめまして』?」


「忘れちゃったなら、まずは自己紹介から……だよね」


「私は……あなたの、妻」


「そう、妻」




「あなたのことが大好きな……可愛いお嫁さん、だよ♡」



〈Never END〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妻を自称する怪しげな女が記憶喪失の俺を献身的に世話してくる 志波 煌汰 @siva_quarter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画