第3話 光の悪魔


「人間の分際で私の名前を騙るとは、実に許しがたい不届き者です」


 こいつ、本物だ。本物の光の悪魔だ。赤羽ゴロウは確信した。ゲーミングチェアに腰かけている人物は、真っ白なスーツに身を包んでいた。そして顔の部分だけがぽっかり穴が開いたようになっており、そこには光のブラックホールとも言うべき、どこまでも続く深遠な光が広がっている。


「そんな不届き者にはあるのみです」


 突然の死の宣告。キイッと、ゲーミングチェアが甲高い音を立てる。


「そ、そんなっ! 俺はまだっ」


 まだ、まだ仕事を終えていない。青葉タカシをいじめていた奴らを殺す仕事を。ゴロウはそう訴えようとしたが、恐怖で舌の根までカラカラになってしまっているせいで言葉は続かない。


「あの子供のことが心配ですか? 安心なさい。です」


 光の悪魔がパチンッと指を鳴らす。


* * *


 鼻が痛くなるほどに冷たく澄んだ冬の空気が満たす通学路を、濃く赤い光が点滅しながら照らしている。「赤羽」という表札がかかった家の前に、幾台ものパトカーが横付けされている。


 何か大きな事件でもあったんだろうか。殺人……とか? 青葉タカシは歩くスピードを若干緩めて現場の様子を注意深く観察するが、刑事っぽい人たちが忙しく出入りするだけで中の様子はうかがい知れない。


「犯人はっけ~ん!」


 パトカーの目に眩しい赤色灯の群れを通り過ぎ、しばらく歩いたところでタカシに後ろから声をかける人物がいた。タカシはその声の主を嫌というほど知っていた。というよりむしろ、声すら聞きたくないと思っていた。


「…りょ、リョウ君」


 かなえリョウ。タカシと同じクラスで、タカシのことをいじめているグループのリーダー的存在だ。


「現場付近をうろつく挙動不審な少年。チー牛顔なのでクロでしょう」


「たしかにそれは怪しいわ」


 叶リョウといつも一緒にいる七瀬イツキと一ノ瀬ハジメが賑やかしに加わる。


「犯人の身柄を拘束する! 抵抗するなよ~?」


 叶リョウが下卑た笑みを顔いっぱいに広げてタカシに歩み寄る。取り巻きの二人はそれを合図に素早くタカシの元へ駆け寄ると、手足を羽交い絞めにする。


「やっ、やめてよっ」


「動くなって言ってんだ、ろっ」


 懇願するタカシの腹に、リョウの右の蹴りが入る。


 タカシは腹の底から滲み広がっていく鈍痛で呼吸が出来なくなる。やっぱり、やっぱり悪魔なんていなかったんだ。きっと通りがかったホームレスの人が僕をからかうためにやったんだ。


 痛みですぼまったタカシの視界が、右手を振り上げているリョウの姿を捉える。光の悪魔。結局何にもしてくれなかったなぁ。いや、最初からわかってたことだ。悪魔なんてほんとは―


ばつんっ


 聞いたことのない、異様な音。もう認識できないほどに、踏みつぶされた缶のごとくぺしゃんこに圧縮される叶リョウ。絞り出された血で真っ赤に染まる地面と石垣。


 タカシのことを羽交い絞めにしていた二人が脱兎のごとく駆け出す。先ほどパトカーが集まっていた家の方角へ。両手足が急に自由になったタカシは、バランスを崩して血の水たまりの上にぱしゃんと尻もちをつく。


ばつんっ ばつんっ


 声にならない叫びをあげて走り去っていく二人の背中が、潰して折りたたんだ段ボールほどの薄さに、一瞬にして圧縮される。七瀬イツキと一ノ瀬ハジメが、ぱしゃっ、ぱしゃっと小気味よい音を立てて、出来立てほかほかの血の池に落水する。


「ひ、光の悪魔……」


 やっとのことで、喘ぐようにしながらタカシはその一言だけを絞り出す。


「契約履行です。確かに果たしましたよ」


 昨日タカシの前に現れた男とは違う、中性的な声。


 タカシは声の方を恐る恐る振り返る。しかしそこには誰もいなかった。冬の柔らかい朝日を、血だまりがギラギラと反射しているだけであった。


* * *


 タカシは自宅のリビングで聞き取り調査を受けていた。刑事たちで築かれた人垣の向こうからは、心配そうに様子を窺っている両親の顔が見え隠れしていた。


 あの後、七瀬と一ノ瀬の悲鳴を聞いて駆け付けた警官によって、血だまりにぺたんと座り込んでいたタカシは保護された。


 やけに難しい顔をした刑事からの聞き取り調査で、一瞬にして目の前で人がぺしゃんこになったことや、その三人とも自分の同級生であることなどを話すと、刑事や警官たちが行ったり来たりして騒がしかった現場が、蜂の巣をつついたようなさらなる大騒ぎとなった。


「実は今朝がた、君の同級生の事件とは別で死亡事件が発生していてね」


 タカシは通学路に溢れかえっていたパトカーと、「赤羽」という表札を思い出す。


「これまた奇妙な死に方をしていてね」


「いいんですか? 大林さん」


 後ろに控えていた若い見た目の刑事が割って入る。


「…いいさ。遅かれ早かれマスコミが嗅ぎつける。それに、何かしら事件の関連性がわかるかもしれん」


 若い刑事は「…っすね」と言いながらあっさり引き下がる。


「被害者は赤羽ゴロウという無職の男性でな」


 大林刑事はそう言いながら一枚の写真をタカシに見せる。その写真の男に、タカシは確かに見覚えがあった。それは昨夕、タカシの前に光の悪魔を名乗り現れた男その人であった。


「被害者は血と内臓とがすっかり無くなった状態で死んでいたんだ」


 タカシは昨夕の神社での出来事を思い出す。


『我が血と臓物の叫びに応えよ光の悪魔ッ』


* * *


 赤羽ゴロウ。無気力で怠惰なニートの彼が、青葉タカシの代わりにいじめっ子に復讐しようと思い立ったのはなぜだろう。突如として、光の悪魔計画なんて思いついたのはなぜだろう。


 すべては最初から、光の悪魔の手の上だったのかもしれない。











 




 

 

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光の悪魔 ドラコニア @tomorrow1230

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