第2話 天皇の自称?

 前回、「まろ」という一人称を「室町時代には天皇やそれに準ずる人が自称として使っていた」と紹介しましたが、これに疑問をいだいた方もいらっしゃるのではないでしょうか。


 天皇の自称としてよく知られているのが「ちん」という言葉です。辞書を引けば「天子(中国の皇帝や日本の天皇)の自称」と説明されており、中国でも皇帝が使っていましたが、それ以外の人は使わないので、非常に特徴的とくちょうてきな一人称です。

 歴史物のドラマなどでも、天皇が自分のことを「朕」と自称いる描写びょうしゃがしばしば出てきます。太平洋戦争終結時の玉音ぎょくおん放送でも自称として「朕」が使われているので、「昔の天皇の自称=朕」のイメージはある程度ていど、定着していると思います。


 では、「まろ」が天皇の自称とは、一体どういうことか――。


 調べてみてもなかなか分からない点が多いのですが、どうも、昭和天皇どころか明治天皇ですら、会話では朕という自称は使ってなかったというのが実情のようです。

「日本書紀」などでは「朕」に「ワレ」という仮名がなが付けられており、室町時代に作られた御伽おとぎ草子ぞうし諸作品しょさくひんでは、「まろ」の転じた「まる」が主に天皇の自称としてもちいられています。

「朕」は文章か、あるいはそれを読み上げる時だけ使われる、いわゆる文語だったという話もありますが、今回は確証を持てる情報にまではたどり着けませんでした(調査力不足で申し訳ありません)。


 はたして昔の人は、この一人称をどうとらえていたのか。くわしく知っている方がいたらご教示きょうじ願いたいです。

 江戸時代やそれ以前も文章の中だけの言葉だったのか、口語での自称は時代によって変遷へんせんがあるのか……そういったことが分かれば、天皇のイメージそのものが変わりそうな気がします。


 ただし、この「天皇だけが使う自称」というのは、おそらくドラマなどの演出には便利だろうと思います。たとえば――。


 主人公の前に、誰かは分からないがどこか気品きひんを感じさせる男性が現れる。ふとしたきっかけで、二人は会話を始める。

 そうして話し込んでいるうちに、男性が「朕は~であるゆえ……」と口にしたので、主人公は「まさか」と思う。

 そこへ別の人物たちがやって来て、主人公が話していた男性の正体が本当に天皇であることが判明し――。


 こういった演出が可能なのは、朕という自称ぐらいでしょう。小説で使った場合は、セリフの発話者が誰なのかの説明をはぶいても、自称だけで「天皇のセリフ」だと分かるというメリットもあります。

 似たようなことは「まろ」という自称や「おじゃる」という言葉にも言えます。現代人はこれを聞いただけで公家くげを思いかべてくれるからです。

 では、ドラマなどで室町時代の天皇をえがさいに「まろ」と自称させたらどうなるかと言えば……逆に、クレームを入れる人が出てくるような予感がします。


 ドラマで使われる「朕」が考証にもとづいたものなのか、それとも、史実とは異なるけれど「天皇の表現」として使っているのか、ちょっと気になるところです(「奇獣きじゅう流転譚るてんたんシリーズ」で天皇を登場させる予定はまったくありませんが)。

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奇獣流転譚シリーズの世界がさらによく分かる(かもしれない)歴史豆知識 里内和也 @kazuyasatouchi

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