奇獣流転譚シリーズの世界がさらによく分かる(かもしれない)歴史豆知識

里内和也

第1話 公家の言葉?

 漫画まんがやドラマ(特にコメディタッチの作品)で公家くげ(貴族)がえがかれる時(特に平安時代)、その言葉づかいでよくもちいられるのが、「まろは~でおじゃる」。

 さすがに大河たいがドラマなどのシリアスなドラマではあまり見かけませんが、この言葉は公家のイメージとしてすっかり定着しています。

「公家って本当にあんなしゃべり方をしていたのか?」と疑問に思ったことのある方も、ひょっとしたらいるかもしれません。私もその一人で、ふと気になり、何気なにげなく調べてみたところ、意外な結果に遭遇そうぐうしました。

 最初に結論を明かしてしまうと、あれは決して公家に特有の言葉というわけではありません。




 まず、一人称の「まろ」ですが、これは平安時代だと老若男女を問わず、さらには貴賎きせん、つまり身分の高い低いも関係なく使われていました。このことは、辞書の「まろ【麻呂・麿】」の項目こうもくにも書かれています。

 要は、庶民しょみんの女性なども自分のことを「まろ」と言っていたわけです。

 ただし、史料しりょうによっては「まろ」を使う人の属性ぞくせいかたよっている場合もあるようで(主に女性が使ってる、少年に偏ってる等)、一口に平安時代と言っても、時期や地域でいくらか差があったのかもしれません。


 このように汎用性はんようせいが高かった「まろ」も、時代がくだると身分の低い人は使わなります。

 室町時代になると、日本に来た宣教師せんきょうしが作った辞書には「まろ」が「帝王の自称」と記され、天皇やそれに準ずる人の一人称として用いられています。

 同時に、「まろ」ではなく「まる」が使われているケースも増えてきます。「丸」は古い時代には「まろ」と読まれていたのですが、それを現代のように「まる」と読むようになったことにともなう変化でしょう。


 歴史上の一人称の問題については、また別の回であらためて取り上げたいと思ってます。




 次に「おじゃる」ですが、平安時代には使用例は見られず、室町時代から江戸初期にかけて使われていました。狂言きょうげんの台本にはよく出てきます(史料での表記は「おぢやる」)。

 そして「まろ」と同様、庶民も使っていました。元々は目上めうえの人に対する尊敬語そんけいごでしたが、時代が下ると敬意のニュアンスがうすれ、同輩どうはい目下めしたに対する親愛のこもった丁寧語ていねいごとしてもちいられるようになりました。


 狂言だと、太郎たろう冠者かじゃと称される召使めしつかい役のセリフでも「おじゃる」がたびたび使われています。当時の人がこの言葉を聞いても、そこに尊大そんだいさや優雅ゆうがさをニュアンスとして感じることはなかったでしょう。

 せきはら合戦かっせんを経験した武家の女性から話を聞いて書き留めた物である「おあむ物語」にも、「おじゃる」は多用されてます。当時の人にとっては、女性がこの言い回しをしていても特に違和感いわかんはなかったのでしょう。


 室町時代には広く庶民が使っていたこの言葉も、江戸時代に入ってからの史料では、武士や僧侶そうりょ、あるいは年配の町人といった特定の層の言葉としての使用例しか見られなくなり、江戸中期には使われなくなっていたようです。

 似た言葉で「おりゃる」というのもあり、使われ始めたのは「おじゃる」よりも先ですが、次第しだいに「おじゃる」のほうが優勢になり、室町末期には衰退すいたいに向かいました。


 実生活では使われなくなっても、狂言などの世界では「おじゃる」という言い回しが生き続けたためでしょうか。明治以降になっても、創作で過去の時代を描くさいに「おじゃる」は用いられてます。ただし、公家言葉としてではありません。

芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけ奉教人ほうきょうにんの死」「きりしとほろ上人しょうにん伝」、吉川よしかわ英治えいじ宮本みやもと武蔵むさし」等


 そんな「おじゃる」が、いつしか創作物で公家を表す記号のごとく使われるようになったのは、「公家=上品」というイメージから、丁寧な言い回しであるこの言葉が転用されたのかもしれません。

 あるいは、「公家=伝統」のイメージから、古めかしさのある「おじゃる」が選ばれたのでしょうか。


 余談よだんになりますが、「おじゃる」の命令形である「おじゃれ」は江戸時代になると、宿で給仕きゅうじ役と売春婦を兼ねていた、いわゆる「飯盛女めしもりおんな」を指すようになります。

「おじゃれ」は「いらっしゃい」という意味なので、そう言って客引きをしていたのでしょう。

 このことからだけでも、「おじゃる」は丁寧な言葉ではあっても、高貴な言葉ではなかったのが分かります。




 まとめると、

 平安時代

  「まろ」性別も身分を問わず自称として使われていた

  「おじゃる」使われていなかった

      ↓

 室町時代

  「まろ」天皇やそれに準ずる人が自称として使っていた

  「おじゃる」敬語として一般的に使われていた

 ということになります。

 ドラマなどで公家が使っていても間違いとまでは言えませんが、どちらも元々は身分と関係のない言葉です。


 では、N○Kのぼうアニメは……「現代における公家のイメージを用いて表現した」と見なせば、まあ問題ないでしょう。


「まろ」も「おじゃる」も、今やすっかり庶民が使っていたイメージがぎ落とされてしまったのですから、創作物の影響えいきょうは馬鹿になりません。創作物の影響で史実のごとく認識にんしきされていることは、他にも割とあったりします。

 かと言って、こういったネタを史実通りに再現したところで、おそらく違和感が強くなるだけで(狂言などの古典芸能はまた別ですが)、あまり利点がないんだろうなあと思うと、ちょっと複雑な気持ちになります。


 ここまで定着したら、そろそろ辞書の「まろ」や「おじゃる」の項目に「現代においては、創作物で登場人物の公家らしさを表現する際に用いられる」という説明を加えてもよさそうな気がしますが……すでにあったりするんでしょうか。




 このように、知らない言葉だけでなく、知っているつもりの言葉もあらためて調べてみると、意外な事実に突き当たることがしばしばあります。先入観を捨てて、こまめに調べる重要性を痛感つうかんします。

奇獣きじゅう流転譚るてんたんシリーズの世界がさらによく分かる(かもしれない)歴史豆知識」では、こういったちょっとした歴史ネタを、雑感をまじえつつ紹介していこうと思っています。

「決して歴史に造詣ぞうけいが深いとは言えない作者が作品のためにいろいろ調べて知った(作品とあまり関係のないものもふくめた)小ネタ集」という感じになる予定ですので、あまり身構みがまえずに気軽にお読みいただければさいわいです。




参照 コトバンク(https://kotobank.jp/)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る