パッションの効果が切れそうになったら?またパッションを足すだけだああ!!

 鳳水翠という女子生徒を一言で表すならば、才色兼備、天衣無縫、完璧超人、高嶺の花、その他etc。


 ごめん、全然一言じゃなかったわ。

 と、とにかく!鳳水はすこぶるに可愛くてすごい奴なのだ。


 そんな鳳水と俺は晴れてカップルになった——


 そう、俺の『パッション』の力によって。


「伝わったわ、あなたの気持ち。こんなに真摯に気持ちを伝えられたのは初めてよ!」


 鳳水は心底嬉しそうに言う。


 良かった。俺の情熱はきちんと彼女に伝わっているらしい。


「世の中の人間が全員あなたみたいな人だったら最高なのにね!」


「あはは。そうかも」


 俺は愛想笑う。


「いや、それは流石に暑苦しいかもねー」


 彼女は笑う。

 何というあざとい。


「えへへ!」


 いや!すごくあざとい。


 もう少しで落ちてしまうところだった。

 いやまあ?もうとっくに落ちてはいるのだが。

 

「あ、そうだ!君の名前を聞かせてもらってもいいかな?」


 そこで彼女は思い出したみたいに俺にそう問うた。


「俺は森本幸助」


「そっかそっか!よろしくね!幸助くん」


 いきなり下の名前で呼ばれるとは思わず——


「えっ!あっ———っす」


 これ以上ないくらいに情けない声で日本語と呼べるのかも怪しい言葉を発してしまった。


「えっと——私のことは気軽に鳳水ちゃんとか水さんとかみっさんとか好きに呼んでいいからねー」


 おいおい、いきなりあだ名はハードル高くない!?


「わ、分かった——鳳水、さん」


 いや、高いだろ、普通に。あだ名とか意味わからん。


「うーーーん」


 と、わざとらしく彼女は首を捻らせる。


「ど、どしたの?」


「いやさ、何というか——」


「な、なに?」


 なぜだか彼女はすごく勿体ぶる。

 さらに顎に手を添え、その場で佇む。


「これさ、言っても良いのかな?」


「これってどれ?」


「これっていうのはさあ——君のことを私勘違いしていたのかもってことよ」


「勘違い?」


 何を勘違いすることがあるのだろう。

 なぜなら俺と彼女が対面したのはほんの数分前である。


 勘違いするには少々関係性が浅くないだろうか。


「そうそう——私の中ではさ、幸助くんは私のことが大好きで大好きたまらない人だと思ってたんだ。あんなに熱意のある告白は初めてだった——いやだからこそ私も君と付き合うことに決めたわけだよ?」


 彼女は再度俺のパッションを褒め称える。

 

 そんな彼女の言葉を受け、俺は自身のパッションにさらに自信がついた。

 よし!パッションしか勝たん!!


「そ、そう?ありがとう」


 俺は素直に感謝を述べる。


 束の間で。


「でもね——それは告白の時の君の話——今のあなたにはその熱量がまるで感じられな——」


 彼女は早くも俺の熱量を否定してきた。

 だから俺も否定した。彼女が言を言い切る前に、もちろんパッションで。


「いや!めっっっちゃくちゃ!すっっっっきなんだけどー!!!それはもう!!あり得ないくらいに!」


「え?」


「いやでもさっきは——」


「だって太陽みたいじゃん!!!!もう最高!!!」


 今の俺は何も考えていない。


「声のトーンも全然低かったしさ——」


「う、ま、ま、眩しい!!!!!」


 パッションが俺を動かしているのだ。


「ちょ、ちょっと聞いてる?」


 ごめん、聞いてない。


 だが、いける。

 押し切れ!ここが正念場だ!


 何とか押し切れ!!俺!!いや、パッション!!


「それに私の提案したあだ名で全然呼んでくれないし——」


「翠!!!!!好きだ!!!」


 俺はすかさず鳳水を下の名前で呼ぶ。

 いつもの俺ならこんなことはできないが——


「へ!?いきなり名前呼び!?」


 と、鳳水は目を丸くして驚く。


 いやいや、あんたもやってきたでしょーが。


「あ——」


 すると彼女は目を見開いて。

 

 その後で朗らかに笑った。


「なんかさ——勘違いの勘違い——だったぽい?」


「そっか」


「えへへ。ごめん——ちゃんと分かったよ。君の気持ち。いや、幸助くんの気持ち!」


 どうやら今度は完全に納得してくれたみたいだ。

 良かった良かった。


「でも——」


 ま、まだ何かあるのか?


 俺は心臓を響かせながらに彼女の次の言葉を待つ。


「幸助くんと一向に目が合わないのは気になるかもー?」


「えっ——それは」


 彼女は小悪魔めいた笑顔を俺に向けた。


「それは?なんなのー?」


「えっと——」


 たとえパッションがあったとしても、出来ないことは出来ないのだ。

 

 超絶に可愛い女子と目を合わせるなんて芸当はまだ当分俺には無理だ。

 

 けれど、この状況を乗り越えられないわけじゃない。


「君が!!!眩しすぎて!!!直視できなかった!!!!だけ!!です!!!」


「あはは、そっか!」


 パッションで大抵のことは乗り越えられると思う。

 それが俺の持論。


 いや、持論なんかじゃない。

 これは絶対的な事実だ。


 今だってほら——乗り越えた。


 駆け引きなんかしなくたって良いのだ。

 それだけで良いのだ——


 ☆


 こうして俺は学園のマドンナと付き合うこととなった。


 それから俺と彼女は微妙な距離感を保ったままで帰路に着く。

 そりゃあ、今日初めて会ったのだから仕方ないとは思うが。


 会話はまばらで歩む足もバラバラだ。

 それでも居心地は悪くなかった。


 だから時間も早く流れ、気づいた時にはもう彼女の家の前だった。


「じゃあね!幸助くん!また明日!」


 彼女は俺に向かって手を振った。


「うん。翠、また明日」


 俺も合わせて、手を振る。


「明日、か」


 まるで現実味が無かった。

 あの鳳水翠が俺の彼女、だなんて——


 学年のマドンナで有名人が俺の彼女——


 ああ、きっと明日は忙しい。


 いいや、明日からは忙しい。


 それに今日だって——


 俺は憂鬱な思いを抱えながら帰路に着いた。

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『駆け引き』に嫌気が差した俺は『パッション』で恋愛を乗り切ることにしました。 瑞夏 十鈴 @mizusushi0827

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