第6話 三度に渡る告白

 当然、言葉の意味は理解している。ただ、余りにも突然の告白だった為、ぐにその意味を飲み込むことが出来なかった。彼は、私がその様な反応をすることを知っていたかの様に、ただ私の動揺を悟って、少しばかりの間、口を閉じて待っていてくれていた。

 その間、少しさかのぼって、初めて避雷針と会ったあの頃のことを、僕は思い出していた。


 僕と避雷針の、一度きりのはずだった逢瀬おうせは、よく晴れた或る夏の日に起こった。

 丁度ちょうど今と同じ様に、空の天辺てっぺんに太陽が在った。確か、その時が山に初めて入った日だった。村の禁忌きんきだった訳では無いのだが、小さい頃から「熊が出るから入るな」と現実的な忠告を受けていた為、関心を持つことは無かった。

 今思えば、その日も今日と同じだった。共働きの両親が共に仕事に行った後、実家で一人何をする訳でも無く、ただ布団がもたらぬくもりを逃がさぬ様に、密閉の微睡まどろみ享受きょうじゅしていた。

 お昼時、目が覚めてきた頃のことだった。突然、大きな雷の音がした。光が壁を通過したかの様に、部屋が酷く明るくなったことを覚えている。途端に天気が悪くなり、近くに雷でも落ちたのかと思い、慌てて外に出てみる。しかしそこには、視界の半分を支配して、幾重いくえにも空気が重なるだけの、奥行きのある水色をした大空が、ただ在った。雷がのこしたであろう電流は、あたりの空気を弾けさせ、夏にも関わらず、ダイヤモンドダストがそこらできらめいていた。

 夢の様な地上の輝きを見て、私は寝惚ねぼけているのだと思った。もう一度寝る必要があるように思えた為、部屋に戻ろうときびすを返した。すると、先ほどの輝きとは相反あいはんする、暗いばかりの裏山が、大きく実家に影を落とす様に、そこに在った。小さい頃から見ていたはずの小山が、雷によって生まれ変わってしまったかの様だった。畏怖いふを帯びたその存在感に圧倒されて、しばらく眺めさせられていた。

 そうしていると、不思議なものが山から見えた。それは、山から昇る雷の残滓ざんしだった。山の何処どこから昇っていたのかは、今となっては定かでは無く、然程さほど重要なことでも無かったのだろう。その場所を明らかにする必要は無い。なぜならば、明確に「会いに行かなくちゃ」という気持ちになれたからだ。重要なのは、心地が鮮明になることだろう。そう思った時には、既に走り出しており、そして、遂に避雷針へと到着していた。


「……で、『あの時が初めてじゃない』って、どういう意味なの?」

 昔のことを思い返したことで、頭が少し整理されると共に、冷やすことが出来た。やっと、彼の話を聞く手筈てはずが整った。

「うーん……。どこから話すべきかな。……まあ、思い出話も兼ねて、初めて会った頃からにしようか」

 彼はそう言って、語り始めた。

「まあ、僕はずっと退屈していたんだ。先祖から残る、避雷針としての役目を全うしながらも、既に村人たちは誰も僕のことなんて覚えていなかった様だし」

「……」

「……それに、さ、感謝もされないしね」

 哀しさを言葉に含ませて、ぽつりと彼はそう呟いた。居心地の悪さを感じたが、彼に掛ける適切な言葉は見当たらなかった。

「まあ、それはいいんだけど。……で、いつも通り雷が落ちた。ただ、晴れていたから、まあ不思議ではあったよ。そこまでは、いつも通りだったんだけど……」

「で、僕が来たってことか」

「そう。とても驚いたよ。山のふもとから、一直線に私のもとへ走る人間がいたのだから」

「まあ、そうだよね笑」

「何百年、何千年ぶりのことだったね。……それで、その時に、気がついたんだよ。まあ正確には、思い出したんだ」

「何を?」

「……ああ、そういや、僕は人間だったって」

 勿論もちろん驚いた。ただ、その言葉に驚いただけであって、何故だか、避雷針の告白自体は、すんなりと胸に落ちた。それは、久しぶりに訪れたまなでの感覚に近い、郷愁きょうしゅうが胸をでるかの様な心地だった。

「なんだか、そんな気がしていたよ。すごく、懐かしい感覚があったし」

「そう! その感覚……僕もしたんだ。ああ、僕は君に忘れられていなかったんだって、僕のかつての記憶が、そう言葉をこぼしていたんだ」

かつての記憶?」

「そう。多分……何百年、何千年前のこと」

「いや、流石さすがに僕はまだ生まれていないよ?」

「そうだね、まあ、そうなんだけど……」

 彼は、ばつが悪そうに口をもごもごさせていた。何を言うつもなのか。緊張は汗に変わり、ゆっくりと線状に体を冷やし始めていた。

「多分だけど、君は生まれ変わりだよ」

「……生まれ変わり?」

 あまりにも唐突な二度目の告白だった。ただ、それはとても現実離れした話だった為、彼が本気で言っているのか、ただの憶測なのか、それとも啓示けいじめいたものなのか、全く判断が付かなかった。それでも、避雷針が砕けた頃からまさに今に至るまでの、前提の無い不可思議な数々の出来事が、途端に走馬灯の如く脳へと流れ込んで来た為、その考えを完全に払拭ふっしょくすることは出来なかった。

「今まで、何度だって村に雷は落ちた。けれど、気が付いたのは君だけだ」

「そうかもしれないけど……」

「それに、薄っすらとした記憶なんだけど……」

「……うん」

 次はどんな告白が待っているのか、恐ろしくも──いや、むしろ好奇心がずんずんと前に出て来始め、麒麟きりんが首を伸ばすかの様に、頭がどんどんと彼の方へと向かっていた。


「……僕ら、昔は双子だったみたいなんだよね」

「……は?」

 三度目の告白によると、僕らはかつて肉親であったらしい。

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避雷針が砕けた頃のこと 路地表 @mikan_5664

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