第5話 邂逅

 後は簡単なものだった。雷の残る焼けた空気の跡を、指でなぞる様にただ追っていくだけで、上手く避雷針の跡地まで辿り着けた。連れ去られる様に導かれた為、やはり今回も道なりは分からないままとなった。

 道中はデジャヴを感じた。山の表面を競う様に木々が覆う。いつの間にか、人の手入れが行き届いてない深い所まで来てしまっていた。辺りに日光は入らず、緑は黒く染まっていた。しかし、不安は何も無かった。こんなにも暗い森に誘われても、僕には、確実に残るかつての自分が辿った道の跡が見えていた。自然が織りなす森を抜けると、そこには小さな草原が在った。その真ん中には、思った通り、避雷針が立っていた。

「記憶と同じ場所だ」

 避雷針は、やはり復活していた。


 日がやっと45度程に傾いた頃、ささやかな草原が煌々こうこうと明るくなり始めていた。依然囲む森は寂寞せきばくとしているが、それがより草原を耿然こうぜんたるものにさせていた。私を取り囲んでいた陰鬱いんうつさは、いつの間にか解放され始めていた。

 避雷針は日に当たり、きらきらと細かく輝いていた。避雷針は、ただ全てを受け入れて気儘きままに生きていた。そうだった、彼はずっと無邪気だった。初めて会った日も、誇りを持って今と同様に、ただそこで光を浴びていた。

 もっと彼を知りたくなった。そう思い、避雷針に触れてみる。予想とは異なり、それは赤子の様なあたたかみがあった。金属が持つ冷たさを予感して触れた為、むしろ熱さを感じ、女々しさのある嬌声きょうせいを上げながら、途端に手を離してしまった。

「ハハハハハ!」

 後ろから笑い声が聞こえた。あいつは森にまぎれて、私のことを観察していた様だ。実はもう二度と会えない気がしていた為、そこに居るであろう彼を思い、いたく感動を覚えた。

 振り向くと、そこには、まとう雰囲気だけが異なる、私と同じ顔をした男がいた。唯一異なる点と言えば、彼はあの頃の私のままの肌をしており、それがとても長い月日が経てしまったことを、いやおうでも感じさせた。

「いやー……泣けるくらい可笑しいね。女みたいな声出して笑 しかも、いつの間にか、歳取っちゃってるし」

「……君は、あの頃の僕のままだね」


 避雷針の横に、二人で向かい合って座り、少しだけ気まずい空気を溶かす様に、その為だけの簡単な世間話をした。

 ただ、彼は元々避雷針なので、上手く会話を疎通そつうすることが出来ない様だった。しかし、あの日避雷針を砕いた雷のお陰で、私の記憶は少しばかり彼に移っていた様で、私自身のことであれば、何なく話し合うことが出来た。誰も知らないはずの自身の記憶の細部までを、既に知っている他人と会話するということが、とても新鮮だった。まるで自問自答を二人でしているかの様な、妙な面白さがそこには在った。

 一頻ひとしきり会話すると、いつの間にか太陽は真上にまで到達しており、僕らと避雷針の影は殆ど見えないようになっていた。

「そういえばさ、あれから何処に居たのさ」

「んー、まあ、村の外に出て色々見ていた……って感じかな」

「念願叶ったね」

「まあでも、そんな面白いものでも無かったね。やっぱり此処ここが落ち着くよ」

「……僕はこの十年、結構辛かったけれど」

「知っていたよ」

「え?」

「勿論何となくだけれど。不思議と、君のことは、たまに夢に見ていたよ」

「あんな形で引き離されたから、少し繋がっていたのかな?」

「まあ、多分そうなんだろうね。……ただ、僕も記憶が戻ったのはつい最近のことだから、思い出した時には、本当に焦ったよ」

「それは僕も同じだ。何がきっかけだったんだろうね」

「まあ、忘れ物みたいなもので……探さなくなった時に、急に見つかるんだろうね」

 どうやら、僕らは同時期に記憶を取り戻した様だった。そんな偶然があったから、今こうしていられるのかと思うと、感慨深いものがある。

「まあでも多分、これは偶然じゃなくて、必然だったんだろうね」

 思考を読み取ったかの様な、鋭さを帯びた彼の言葉が、嘗て若かった頃の僕の眼差しを通して飛び出し、私の古い心臓を貫いた。

「君には言っていなかったことも多かったんだけれど……まあ正確には、言えなかったんだけれど」

「うん」


「僕ら多分、あの日に初めて会ったんじゃ無いんだよ」

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