2/7 サウの白豚

 湖の底には、追い落とされたものが沈んでいる。わたしもそこへ……行くのか……


 (わたしは……………………わたしは、足のつかない所では…………泳げな……)


 ゴボゴボゴボゴボ……ゴ…………









 光。

 ベッドサイドテーブルの奥歯を叩いて、けっぱなしだった明かりを消す。

 起きて、トイレへ行く。洗面台で顔を洗う。顎の下に……余計な肉がついている。埋もれた鎖骨は、肉に圧倒され続けている。部屋へ戻って、着替えた。わたしはフロントへ向かう。朝食の時間だ。


 豚になった憐れな男は、どうなったかって? さぁ、知らないな。


 食堂には、誰も居ない。

「おはようございます、菊池さん」

 グレゴリオが居た。

「トースト何枚食べます?」

「二枚」

 掃き出し窓。

「コーヒーに砂糖とミルクは?」

「砂糖一杯、ミルクはなしで」

 中庭にはプール。

「トーストは、何を塗りますか?」

「バターかマーガリン。塩を二振り。もう一枚はジャム」

 奥の小窓からは朝陽。

「菊池さん、ちょっと」

「なんだ」

 グレゴリオにバックヤードへ呼ばれた。グレゴリオの冷蔵庫を見るのは、二度目だ。教会のとは異なる、銀色の業務用大型冷蔵庫。観音開きのドアを開けると、一角にジャムがズラリと揃って入れられたコンテナ。グレゴリオはわたしに、それを引き出して見せた。(口頭で並べ立てるのが面倒になったのか? グレゴリオめ)

「ブルーベリーと、半分は…………マーマレード」

「承りました」

 変わり種は明日にしよう。

 わたしらは食卓へ着席した。今朝は、下間しもつま家の執事も居ない。

「いただきます」

「父よ、あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます。 ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支えるかてとしてください……」

 グレゴリオは、小さな声でお祈りを唱えている。いつか、その祈りの文言もんごんを忘れ去る日が来たら……グレゴリオは、お祈りから解放されるのだろうか。

「そのお祈りは、食べ物を与えてくれた神様へのお祈りかい?」

「そうですね」

「ふぅん」

 神様が万物の創造主で、その末端の生きものが、食卓にあがった食べ物に感謝を捧げる。一枚の食パンも、一本のソーセージも、一人のわたしも、神様にはちゃんと区別されて、別物に見えているのだろうか? 食卓に置かれた調味料入れの、ガラスの小瓶どもが、神の御前みまえで寄り集まっている。小さな胡椒瓶は、ひざまづくグレゴリオ…………そんな卓上の信徒を眺めていた。

「菊池さん」

「なんだ」

「デザートがあります」

 それは予告か? ふん。

「今日はちゃんと食べるわい」

「私は朝食の後、走りに行くので」

 知っている。昨日見た。しっかり食べて、しっかり運動して、しっかり生きている訳だ。

「菊池さんも、私と走りに行きますか?」

「わたしが、走ると思うか?」

 モーテル・パラジウムの朝食は、ワンプレートだ。コーヒーとデザート付き。大きな平皿に、トーストとスクランブルエッグとカリカリベーコン。トーストは、八枚切りの薄い食パン。

 わたしは、バタートーストに卵とベーコンを挟んで、半分に折り畳んで食べた。トーストは、こんがり狐色によく焼かれて、プレーンな卵と塩味えんみの効いたベーコンが、とても合う。はみ出たベーコンのカリカリは、まさにカリカリで、わたしは清朝時代の肉形石にくがたせき(※故宮博物院に収蔵されている豚肉の化石)(と目録に記載された逸話もある彫刻)に思いを馳せる。こんなに雑に、いっぺんに食べてしまうのは、勿体ない食べ方だったかもしれない。

 もう一枚のトーストは、グレゴリオがジャムをたっぷり塗ったので、薄いのに食べ応えがすごい。噛むと、ジャムのぬかるみに突っ込んだ感触……確かに、こんなボリュームがあるトーストなら、食後に少しくらい走ってきても、いいのかもしれない。

「どうぞ」

 グレゴリオは、わたしが皿を空けるのを見計らって、デザートを出してくる。ガラスの小鉢に、ヨーグルト。

「じゃない……アイスクリーム?」

「朝からアイスを食べたいなって」

 かっこいいほど斜めにカットされたバナナを添えて、クラッシュ・ナッツ、そして蜂蜜。

「メイプルシロップです」

 ヨーグルトなのか。アイスなのか。

「ヨーグルトアイス……ですかね」

 アイスかソルベか、定義について考えることは、それほど重要なことではない。朝から氷菓にありつける。今はそれで充分だ。

 グレゴリオはコーヒーじゃなくて、オレンジジュースを炭酸水で割って飲んでいる。

「それ、薄くならないのか?」

「一〇〇パーセントだと濃いので」

 わたしはコーヒーを飲みながら考えた。今日は予定が入っている。それまで、どう過ごしたものか。わたしは食堂の窓辺から、四角い中庭を見遣る。

「芝生の手入れだけで、手一杯……か」

 人工芝のように短くカットされた芝生に囲まれた、真四角の空間に、四角いプール。

「業者さんに頼んでます。一度自分で雑草を取って、芝刈り機で整えてみたら」

「難しかったのか?」

「疲れました」

「だろうな」

 芝生や植栽は几帳面に整えられているのに、四角いプールは手つかずな様子。グレゴリオの投げ出したプールには、落ち葉が積もり、蓋になっていた。

 グレゴリオは既に、走りに行く格好をしている。黒いエプロンの下は、Tシャツにハーフパンツ。その黒いタイツみたいのは何だ?

「……気になります?」

 グレゴリオの何か履いてる脚を、つい見ていた。

「わたしには、女が履くものにしか見えないんだが」

「スポーツやる人や、自転車、登山とかでも男の人、履いたりしてますよ」

「ふぅん。ジャージより何か良いのか?」

「私の場合は、走りやすいですね。ジャージだと風の抵抗とか、走る脚の邪魔をしてこないし……あ、これはトレンカで(※レギンスの一種。レギンスは足首まで、トレンカは爪先とかかとが露出し、土踏まずに引っ掛ける部分がある)、ラッシュガードなんです」

「ラッシュガード?」

「えぇと……スパンデックス(※ポリウレタン弾性繊維)とかナイロンとか、こう、ツルツルした素材で出来てて、身体にフィットする……あとUV! 紫外線もシャットアウト出来るんですよ」

 ますます女性的に聞こえるんだが。

「肌が露出しないから、虫よけやり傷防止にもなるし」

「あぁ、だから山登り」

「そうそう」

 喋っていると、グレゴリオは若者らしく、わたしには子どもに見える。

「私とウォーキングしに行きませんか? 菊池さん」

 屈託ない笑顔で言われて、わたしは応えた。

「いいだろう」

 子どもの言うことは聞いてやるものだ。

 わたしは、あるものを確認しに行かねばならない。散歩も兼ねて、ちょうどいい。

 グレゴリオと森を歩いて、湖のサウナ小屋へ向かった。モーテル・パラジウムから歩いて、三十分もかからない。


 …………晩に走った森は広過ぎた。悪夢の風景と、現実の光景は重ならない。悪い夢の中は、空気が水飴のように重くて……プールの中で走る感覚、わかるか? あんな感じだ。


「私も……最初は歩いていたんです」

 何がだ? わたしはグレゴリオの話を聞いていなかった。

「こんな風に、森を散歩していたのに」

 のに?

「だんだん早足になって」

 何故に?

「散歩で歩いていただけなのに。……向かう方向が同じだと、少し気まずい気がして」

 なんか、大事な部分を聴き逃した気がするぞ。

「追い抜かされて、先越されました」

「抜き返せばよかろう」

「スピード変えないで、抜かしていくんですよ。…………いらつく」

 お祈りを唱えるくらい小さな声で、苛つくと言った。グレゴリオが。いや、それくらい言うか。グレゴリオがこちらを見てくる。ちゃんと聴いとるわい。

「ちょっとだけ、少しだけ、早足で歩くようにしたんです。こんな感じの緩い斜面なら、脚のりだって良くなるし」

 わたしはのらない。早過ぎるとグレゴリオを見遣る。

「他の追随は振り切れた訳だ」

「まぁね」

 不遜な顔を覗かせたグレゴリオは、如何にも若く、わたしは嫌いではないと思った。が、グレゴリオはまだどこか不満げだった。

「で? まだ何かある訳だ。ほれ、言うてみい」

 グレゴリオは、スタスタと軽い足どりで歩いていく。本当はわたしと走りたいのかもしれない。無理な話だが。

「神様だって、グレゴリオばかり見ている訳じゃなかろう。何でも言ってしまえ」

「菊池さん……」

 呆れた目を向けるな。失敬な。

「菊池さん、犍陀多カンダタって知ってます? …………私は取りつかれるのが嫌で、走り始めたんです」

 わたしだって嫌だ。グレゴリオが言い淀むほどのことではない。

「蜘蛛は殺さんのか」

「蜘蛛は友だちなので」

 地味な友だちだな。

「神様は殺すよな、人間」

 グレゴリオがわたしを見る。

「人間が死ぬだけですよ、神様は……」

 グレゴリオがわたしに向き合う。

「止まらんでいい。…………そうだな。神様じゃなくて、人間が死ぬだけだよな」

 わたしはグレゴリオの言葉を繰り返して、グレゴリオを歩かせる。

「走っていたら…………今度は別の人に、ペースメーカーにされました」

 ペースメーカー? 拍動サポートの心臓ペースメーカー…………違うな、

「マラソンの?」

 グレゴリオは嫌そうに肯いた。

「私の後ろから、走ってくる気配が近付いて来て、追い抜きはしないんです」

 背の高い、スラッとしたグレゴリオは、髪の毛も無いし、目立つのだろう。わかる。目印にはちょうどいい。(自分の前にグレゴリオが走っていたら、わたしだってグレゴリオの後頭部を見て走る)

「グレゴリオが止まって、先行かせるのは……ダメなのか?」

「…………やだ」

 心底嫌そうに。

「スピード上げるのは?」

「そんなに走れない」

 どうやらジョギングコースの中盤で現れるので、グレゴリオは抜きたくても抜き返せないらしい。しかもそいつは、現れたり現れなかったりして、グレゴリオを苛つかせると。なんだか……グレゴリオでもあるんだな。そういうの。

「今日は走れるだろう? グレゴリオ。わたしは行く先がある。走れ! グレゴリオ」

 ウォーキングはお終いだ。

「菊池さん。付き合ってくれて、ありがとうございました」

 そう言って、グレゴリオは走り出した。





 午前中、朝方の森は爽やかで…………湖が見えてくる。小屋は、本当に小屋で…………夜中に、こんなところへ来る者の気が知れない。いや、日中でも大概だな。どれどれ。

 サウナ小屋の入口に掲げられていたのは、看板だった。『サウナ・ルチア』…………サウナ・ルチア。それが小屋の名前。あの恐ろしげな銘文めいぶんは、悪夢の風景。現実の光景には、存在していなかった。


 充分だ。あれは確かに夢だったのだ。


 わたしはグレゴリオと来た道を、独りで八号室へ引き返して、出掛ける準備をした。





 箱根には、ラリック美術館がある。残念ながら、ここは箱根ではない。

「ガラス工芸美術館へようこそ」

 高原リゾート圏内にある、ちょっと大きなアート施設へ来た。入口でスマホのデジタルチケットを提示して見せる。(便利だが趣きはない)

 館内で紙のマップを取る。鑑賞のついでに、感想を書き込むのだ。(出たら忘れるからな)

 アール・ヌーヴォーは植物的な曲線を多用した有機的なデザインで、アール・デコは都会的な直線フォルムを様式化したデザイン。ここには良い時代の作品が集められていて、まあまあ展示されている。(わたしの好みはアール・デコの方だ)(ミュシャよりラリックが好きな人間も居るのさ)

 美術館には、カフェとワークショップが併設されていて、本日は十二時の工作体験教室を予約している。昼時はカフェの方が混むから、ちょうどいいだろう。





 ガラス工芸品が好きなのは、わたしの趣味ではない。別れた妻の趣味だ。

「バーナーワークは初めてですか?」

「妻がやっていました。わたしは見ていただけです」

「そうですか」

 微妙な過去形の返答に、講師は何かを察して、それ以上は訊いてこない。ワークショップに、独りで参加している中年男性。妻は他界したのか、別れたのか。どちらにしても、楽しそうな話ではないと薄々わかるだろう。わたしはしんみりとしてみせ、妻をうしなった男なのだと醸し出す。(全然生きとるけどな)

 ソーダガラスの棒をくるくる回して、ずっと回転させていなければならないらしい。蜻蛉玉とんぼだま一つ作るのが、こんなに大変だとは…………難義な趣味だ。

 わたしは……ガラス工芸は、見るの専門。鑑賞する対象であって、自分で作るものだという認識はなかった。

「……ふぅ」

 鉄芯に巻きつけたガラスは、ガスバーナーの炎で赤く燃えて、溶けている。講師のアドバイスを聞きながら、模様をつけたり、色を足したり、形を整えたり、何やかんやした。

 四つ。わたしは自作した蜻蛉玉、一つずつに細い組紐くみひもをそれぞれ通して、満足。良く出来たじゃないか。帰りがけにミュージアムショップを覗いて、ポチ袋を買って、蜻蛉玉をしまった。 





 ランチタイムも終盤、美術館併設のカフェは多少空いている。わたしはテラスサイド席で、アフタヌーンティーと洒落込んだ。


「お待たせ致しました。食用ガラスのデザートプレートとニルギリティーです」

 全面ガラス張りの壁は、屋内と屋外の境界を曖昧に思わせてくれる。

 食用ガラスは…………まぁ、見映え重視の水饅頭だな。別添えのベリーソースを垂らすと、ツルリとした球面を伝い、美しく彩られる。

「いただきます」

 イメージのガラスと実際のガラスについて、違いなどを思いながら、食す。ゆるい形、甘さは遠くで手を振っている。喉を落ちていく、ほのかな官能のようなもの。プレートにある琥珀糖をつまんでかじって、束の間の夢想から、現実へ帰還する。

 紅茶には、小さなピッチャーが揃えられている。……カラメルシロップか! カクテル用の。……これはいい。一段と風味が増す。

 いつもなら、食べる前にスマホを取り出して、いそいそ写真を撮って、それから食べていただろう。SNSに投稿して悦に入る。それがいつの間にか習慣化していた。わたしは、それをしなかった。不粋とか、集中の分散とか、そんな大層なものでもない。ただ単に忘れていた(実際忘れていた)…………それだけのことだ。

 四つ作った蜻蛉玉の一つを取り出して、眺める。小さなガラス玉の中に、キラキラしている午後を集めて、記憶する。(これで、えな思い出投稿と同等……くらいにはなっただろう)





 ガソリンスタンドへ寄って給油中、売店で観光案内リーフレットを入手。高原リゾートの紹介とマップだ。

 ふむふむ、あのデカい湖はカバネル湖と言うのか。冬になると全面凍結して『氷地獄』の異名もある。店員に訊いたら、凍ってもアイススケートには向かず、物好きが歩き回るくらいなんだそうだ。

 サウナ小屋はなんと、載っていなかった。益々もって、秘密の集いし場所めいている。いや、隠されて……いる?





 マップを見て、カバネル湖のほとりにあるサウナ小屋の対岸には、燻製小屋があった。丸太小屋のアイコンに、説明文では地元名産のソーセージやサラミ、燻製品なんかを販売しているようだ。よし、行ってみるか。

 水際をぐるりと回る道は無く、一度カバネル湖から離れた街道沿いに出て、高原リゾートの奥地側からアクセスした。奥地と言っても、勾配の利いた斜面にグラススキー場があったり、名の知れた大きなホテルがあったり、リゾート地としてはこちらの方が栄えている。





 ケルヴ燻製所。

 対岸のサウナ小屋とは、まるで違う。森の木々の囲いの中に、アスファルトで固められた広い駐車場があって、それほど大きくはない、小綺麗な丸太小屋の小売店がある。さびれたボート小屋と見紛みまがう、サウナ・ルチアとは雲泥の差だ。

「いらっしゃいませ」

 ドアベルに乗せられる挨拶の声。ガラスのショーケースには肉々しい、燻製肉が所狭しと並べられている。モーテル・パラジウムの夕飯に出てきたソーセージも、ここのものなのだろうか?

 まだ、今のところは食品の買い物をする気はない。それでもわたしは、加工肉に目が吸い寄せられる。

「干し肉のご試食はいかがですか」

 干し肉……

「ジャーキーとは違うのかね」

「ジャーキーは干し肉の一種ですね。違いをお試しになります?」

「あぁ」

 なるほど、ジャーキーも干し肉か。パラフィン紙に挟まれた肉片を二つ受け取る。

「ジャーキーは、牛モモ肉で作られるのがポピュラーで、歯ごたえがあります。干し肉は、地域に寄って様々な肉材から作られ、ジャーキーほど硬くはありません」

 ジャーキーは……想像通りの味だな。スパイシーでツマミ的な。干し肉は……

「なんか、どこかで、食べたことあるような??」

「こちらは、仔羊ラムの内モモ肉から作った、ジンギスカンフレーバーの干し肉です」

「ジンギスカン!」

 そうだ。それだ。

「プレーンな干し肉もお試しになります?」

 色味の薄い肉片。

「味付けに凝らなくても、美味いな。一袋いただこう」

 わたしは干し肉らしい干し肉と、いぶされて香ばしい色合いになっている、ミックスナッツを買った。保存食みたいだな。ラゲッジスペーストランクルームに載せているコンテナケースに、紙袋ごと入れた。コンテナには、氷砂糖入り乾パンの缶詰とビタミン剤、ミネラルウォーターのペットボトルが入っている。この車なら、万が一被災しても一週間はしのげそうだ。(退屈な食事と毛布に我慢出来るなら)

 駐車場内を移動して、レイクビューの良さげな場所に止め直す。両サイドの窓を開けて、風が通り抜けるようにして、倒したシートへ横になった。三十分か一時間か。わたしは昼寝して、もう一度ミュージアムショップへ向かった。





 コンビニや飛び込みの店では簡単に探せないものが、ここには置いてある。妙に充実しているレターセットのコーナー。透かし模様の入った便箋と、箔押しにふち取られた封筒を買った。…………よしよし。旅行に来ているから今月は会えない、と。別れた妻に手紙を書かなくてはならない。…………LINEでいいじゃないかって? 土産に添えて送れば、心象を損ねもせず、一方的送信で終了出来る。手紙は意外と、出す側にメリットが高いツールなのだ。

 ショップを出る時、わたしはそれを見てしまった。


 ガラスのオブジェクト。


 飴がけしたような艶々つやつやの林檎と、氷漬けにされたような桃。甘露かんろ

 見本展示品のそれらは触れてもよくて、わたしは桃に手を伸ばした。


 欲しい……


 いや、要らない。使いみちのない、ただ置くだけの物を増やすのは、あまり好きではない。

 ガラスの桃はフロストガラスで、淡い果実の色合いは白濁の向こう側にあって、手にしているのに触れることが出来ていないような、こおった果肉が手の中にあるような、冷たい不確かさで造られていた。


 氷漬けの甘露。


 フロストガラスという表層が、遮る膜が、桃の色味を一段と仄淡ほのあわくしてみせ…………サリサリとした表面は、およそ桃の触り心地とは似ていないのに、匂いのように記憶を呼び覚ます働きをしてくる。


 記憶……


 時間外に供された夕食のデザート。わたしの為に切り分けられた果実。グレゴリオが…………自分の為には無造作に、かぶりついていた桃。


 わたしはミュージアムショップの店員に、訊いていた。

「これと同じものはあるかね」

「申し訳ございません、お客様。こちらは品切れ中でして」

 店員は、手作りの工芸品なので、入荷の予定は答えられない旨を告げた。林檎の方は、店頭の棚にいくつか箱がある。わたしは吃驚するほど桃に惹かれ、見本の置き物へ、熱く一瞥いちべつにも似た眼差しを向け、ショップをあとにした。





 車を走らせているのに、桃の感触や、記憶が蘇ってくる。フロストガラスの手触りと、グレゴリオがいた桃の匂いが結びついて、どうも要らん拍車をかけて、あれが欲しいと、わたしに錯覚させる。

 特定の購買欲など、瞬間的最大風速みたいなもので、時間と場所の距離があけば間延びして、薄まってくるものだ。脳の報酬系回路リワードシステムが活性化して行動させられる、快感刺激の虜に、いちいちなってはいられない。前頭前野よ、最大限に仕事しろ。(※衝動性の制御をする役割を担う部署)仕事柄、習慣及び衝動の障害から買い物依存症となり、物に圧迫されて、躁鬱に陥っている者を見る機会が、幾度となくあったろう? わたし自身、学びと戒めを体得してきたろう?


 強欲など振り払え。


 もともと身体は生きていく為に、欲張りに仕立てられているんだ。身体中ミチミチに詰まった欲望は、わたしを日々動かしている。この上更なる欲望に自らを明け渡しては、例えば結果、獲得し得た物質的な質量に、何が引き起こされると思う?


 想像力に鞭をくれてやれ。


 わたしは思考の柔軟性も均衡も失って、カーブも曲がれず、人生の周回コースで派手にクラッシュすることになるのさ。想像してみ給え。整理整頓が崩壊した部屋、把握しきれない物、物、物。わたしはミニマリストではないがな。中庸という美徳。足るを知ることと、無知である自覚。甘くすり寄る強欲に、抗えるということ。これは力だ。


 触るな! わたしを乱すもの。


 誘惑の手を退けて、鼻息荒く運転をして、ハンドル操作はミスらない。冷静さをわたしは、保てて、いる。









 喫茶狸穴まみあな

 暖簾が出ている。店はやっているようだ。(テイクアウトの受け取りに寄る、客の為かもしれないが)

皆十みなと……さん、居るかい?」

 引き戸を開けると、カウンターの向こう側に狸穴皆十まみあなみなとは居た。

「……菊池さん!」

 狸穴皆十はわたしを見て、わたしの名前を覚えていた。

「いらっしゃいませ。どうぞ」

 わたしは狸穴皆十の正面に座った。相変わらず店内は誰も居な……居た。カウンターのいちばん奥に、誰か座っている。

「営業中? コーヒーを注文してもいいかな?」

「ふふふ。今日のメニューですよ」

 人好きのする狸穴皆十は柔和で、リラックスという無償のサービスが、真っ先に提供される。 

 狸穴皆十から受け取ったメニューを開くと、喫茶店のメニューの中に、ハヤシライスやビーフシチューがあって、トーストにもスープが付く仕様になっていた。

「今日は……ハヤシの日? トーストも頼めるかな」

 ブラウンシチューのミニスープが付くらしい。試してみよう。

「コーヒーとトースト、承りました」

 モーテル・パラジウムのトーストと食べ比べてやる。

「店長、出来ました」

 狸穴皆十は、カウンター奥のバックヤードから呼ばれて、大きな手提げ袋を持って戻ってきた。

「お客様、お待たせ致しました。重いので、お気を付けください」

 カウンターに居た客に、それを渡している。テイクアウトか。配達しないで、客が受け取りに来るというのは、ほんと旨いこと考えたな。

 客がわたしの後ろを通った時、中がチラリと見えた。

「…………鍋」

「ハヤシとカレーは、マイ鍋でのテイクアウトも承っていましてね。少々お高くはなってしまいますが、ご利用いただいてるお客様も居るんですよ」

 カフェでのマイボトル・マイタンブラー割引は聞いたことあるが…………まぁ、確かに悪くはないな!

 コーヒーを淹れていた狸穴皆十は、一度バックヤードへ引っ込むと、厚切りのバタートーストとスープカップを持って出てきた。

「お待たせ致しました」

 バタートースト!

「いただきます」

 グレゴリオのトーストとは別物だ。グリルで焼いたのか、一口齧るとサックリしているのに、中身はモッチリ水分しっとりで……トースターで焼かれたのとは、異なる出来だ。

「パン…………食パンうまいですねぇ」

「うちで朝少し焼いているだけなので、なくなったら、トーストもサンドイッチも終わりなんです」

 バターが染みててジュワッとなるとこ、ドッと快感が押し寄せて、『美味い食パン』という多幸感にうっとりする。頬張り尽くしたい欲にブレーキを踏んでとどまり、ブラウンシチューのミニスープに手を伸ばす。

 ご丁寧にカップまで熱く温まっていて、程良い熱に、唇で触れる小さな快感は…………

「…………ハァ」

 どうしてドミグラスソースというものは、かくも旨味に溢れているのか…………

 スープカップにソーサーは、保温性の高そうな厚手の造り。熱を帯びたカップの分厚い縁は、瞬間、噛みつきたくなって…………スープの温度を堅牢に守るに、最も相応しいスープカップが選ばれている。狸穴皆十まみあなみなとの食器センスは、抜群だ。

「良い…………」

 わたしはトーストの耳で、スープカップに残ったブラウンシチュースープを余さず掬い取って食べ、完食。

 グレゴリオのトーストと狸穴皆十のトーストは、別種の旨さを追求しているもので、どちらがより優れているか、そんなことは果てしなくどうでもよかった。わたしにわかるのは、他者から与えられる、『食』という偉大な喜びについて。それだけだった。

「ごちそうさま」

 狸穴皆十は微笑んでいる。…………妻も、食卓でこんな顔をしていた…………ような気がする。料理をする側に居る人とは、そう……なの……か?

「又来るよ、皆十みなとさん」

 大して喋りもせず、軽食を平らげて去る。それでもわたしは満足して、狸穴を気に入り始めていたのかもしれない。

「ありがとうございました」

 狸穴を出て、車を運転して、モーテル・パラジウムへはすぐに戻って来られた。八号室前に車を停めて、わたしは再び出掛ける。





 朝、グレゴリオと歩いた森への道を、歩きに行った。晴れ間の森、彫像の佇む森。悪夢の風景では、暗く長かった道を。

 グレゴリオの話を思い出して、早足になっていくのを真似してみる。スキップになりそうなくらい、わたしにしては早く。速く。

 もしもわたしが、グレゴリオくらい若かったら、もしもグレゴリオくらい痩せていたなら、わたしはとっくに走り出しているだろう。後ろから誰が来ようと、人をメトロノーム扱いしてくる何者をも、振り切って。颯爽と走り抜けてやるのさ。

 グレゴリオでもない、豚になった菊池武雄でもない、わたしは…………息切れして、ゼイゼイ鳴いて、湖へ辿り着いた。


 サウナ・ルチア。


 サウナ小屋は、ちゃんとある。わたしが入手したマップには、どこにもない。

 わたしはカバネル湖を見渡して、車がないと対岸のケルヴ燻製所には、到底歩いて行けそうにないと見て取った。サウナ小屋から離れて、湖に沿って歩いていると、打ち捨てられたボートを見つけた。

 オールは一本。エンジンは載せていない、手漕ぎのボート。まだまだ全然使えそうだ。辺りを見回して、近くに人は居ない。わたしは侵入者、ボートに乗り込む。オールを片側のオールクラッチ(※オールをボートに固定して、使用する為の輪っか部品)へ通して、漕ぎ出す真似をする。湖へ向けて、しばし想像の船出。『Row row row your boat』の童謡を口ずさむ。


♪Row, row, row your boat

 gently down the stream


♪Merrily, merrily, merrily, merrily

 Life is ……


 子どもの頃は、習い事の英会話スクールで、『Life is a bad dream』と歌っていたっけなぁ……


「ふはっ」

 ギョッとして振り返ると、人が居た。わたしは慌てて立ち上がる。

、か。いいねぇ」

 グレゴリオくらい若い青年が、笑っていた。わたしは驚いたのと、恥ずかしいのと、慌てたので蹌踉よろめいた。

「……大丈夫?」

 駆け寄った青年に手を取られて、わたしはすぐさま立ち去ろうとした。

「ごめんなさい。脅かすつもりはなくて」

「…………」

 そうかい。

「この辺の人? 旅行者?」

 青年は人懐っこい野良猫のように、気易く話し掛けてくる。

「わたしは旅人だ」

「旅 人」

 ククククと笑みを溢して、繰り返される。

「僕は、狸穴十一朗まみあなじゅういちろう。僕も『旅人』だよ」

「狸 穴…………喫茶狸穴の?」

「あれっ? もしかして、皆十みなとさんを知っている?」

「ただの客さ」

 一客だがな。

「僕は……名乗りましたよ?」

 挑発的な笑みに変わっても、青年の人好きする雰囲気は変わらない。

菊池きくち 武雄たけお

「菊池さん、初めまして」

 一礼しても、まだニコニコしている。

「初めましての人間に、興味津々か」

「ごきげんな替え歌が気に入りまして」

 嫌味がまるで通じない。

「十一朗くん、お父さんはまだ働いているのに、君は遊んでてい」

「お父さん?! 皆十さんのこと? 違うよ、菊池さん」

 違う? まさか、

「お孫さん?」

「あっはっはっはっ」

 青年は笑いのツボに嵌ったらしく、ヒイヒイ笑っている。

「皆十さんは、  。父親をさん付けでなんて、呼ばないよ」

 なんとなく親子かと思ったのに。

「菊池さん、皆十さんと喋ったりした? 狸穴が日替わりなの、知ってる?」

 タメ口が不躾に聞こえないのは、人柄なのか。狸穴家の気質なのか。

「今しがた、狸穴でコーヒーとトーストをいただいてきた。旨いな、狸穴は」

「本当? うれしいな! 僕も狸穴で」

 働いているのか? 狸穴十一朗。

「お昼にハヤシライス食べたんだー。おいしいよねぇ」

 …………子どもだ。十一朗は子どもだ。グレゴリオよりは年上そうなのに。

 十一朗は漕ぎ手席の隣に座ってきて、ちゃっかり隣に収まっている。

「菊池さんは、日帰りじゃなくて泊まり客?」

「あぁ」

「どこに泊まってるのかな?」

 こやつ…………陽キャとかいう人種だな。ナチュラルに、会話のラリーに参加させられる。

「モーテル・パ」

「パラジウムか〜、へぇ〜〜、ふぅ〜〜ん」

「十一朗くん……」

「いいよね、奥歯パラジウム。僕も従兄弟の家がなかったら、泊まってみたかったな。でもあそこ、宣伝とかしてないから、外から来る人は絶対知らないのに菊池さんはど」

「わたしは車を走らせていて、偶然見つけた」

 カットしてスマッシュは、わたしにも出来るわい。お子様め。

「いいね!」

 十一朗はオールを手に取って、草むらを漕ぎ出した。湖には出航しないボートを。わたしが歌っていた替え歌を、真似してハミングする。

「♪〜〜」

「古い歌なのに、よく知っているな」

 いや、簡単なメロディだし、わたしが歌っていたのを覚えたのか?

「そうなんだ。これ、昔の歌?」

 漕げよ、漕げよ、漕ーげよ、ボート漕げよー。歌詞も簡単なものだ。

「♪gently around the lake

♪Merrily, merrily, merrily, merrily」

 十一朗も、川下りの歌詞を替えている。

「「♪Life is a bad dream」」

 わたしも歌った。

「これ知ってる? 菊池さん」

 十一朗は別のフレーズを歌ってみせる。

「♪Under the spreading chestnut tree」

 何十年も昔々の記憶が、知っていると言った。大きな栗の木の下で、だ。

「♪There we sit both you and me

♪Oh how happy we will be

♪Under the spreading chestnut tree」

「どうして十一朗は、英語の方で歌えるんだ?」

「少しだけ、インターナショナルスクールに通ってたことがあるから」

 わたしの習い事とは、スケールが違ったらしい。インター校……か。

「英語、喋れるのか?」

 ふふふと、悪戯っぽい笑みで、十一朗は答えない。

「菊池さんは英語出来るのー?」

「日常会話程度ならな」

 未だに発音はよろしくないが。

「ふぅん」

 十一朗は、蛍光色の靴下にサンダル履きだ。派手なネオンカラー。

「僕、これから奥歯パラジウムの夕食に行くんだ。菊池さんも、泊まってるなら来るよね?」

「そうだな」

 まだ夕飯には早いぞ。

「僕、狸穴から歩いて来たんだー」

「狸穴から?! 遠いだろ!」

「お腹空かして食べた方が、おいしいじゃん!」

 どうやら十一朗は、腹ペコでモーテル・パラジウムの夕飯へ来る気で、早く着きそうだからカバネル湖を散歩していたらしい。

「もう一周したから飽きてたんだよ」

 若さってやつは……

「わたしの部屋へ来て……いっしょに待ってるか? 夕飯」

「うん!」

 やれやれ。









 食肉解体処理工場。


「食肉解体処理工場?」

 モーテル・パラジウムの食堂に着席した十一朗は、グレゴリオが午後を潰していそしんでいた場所を、そっくり唱えた。

 食卓のど真ん中には大きな琺瑯ホーローのボウルが置かれている。

「ヴァイスヴルストですぞ、菊池様」

金井かないさん、プレッツェルは半分にしておきますか?」

 下間しもつま家の執事も着席している。

「丸ごと頼みます。若様」

「わ〜、でっかいプレッツェルーー!」

 十一朗は又してもナチュラルに、馴染んでいる。グレゴリオの友だちか?

「私が作ってきました。どうぞ、召し上がってください」

 グレゴリオが皆にヴァイスヴルストを取り分ける。今日はナイフ・フォークだ。

「いただきまーす」

「いただきます」

 金井さんとグレゴリオは、やはりお祈りを唱えている。

「十一朗さん、食べ方は知っていますか?」

「知らなーい」

 グレゴリオと十一朗。どう見てもグレゴリオの方が年下なのに、十一朗の末っ子のような雰囲気が、年齢差をあやふやに思わせる。

「私の真似して皮をいてみて」

 グレゴリオは、ナイフ・フォークで大振りのヴァイスヴルストを縦半分に、底の皮を切らないように、切り開くと

「こう」

 くるんとフォークの先で、半身はんみを皮から外してみせる。残った半身からも皮を外して、一口大に切り

「これは甘いマスタード」

 つけて、食べる。十一朗は、早速グレゴリオと同じようにしている。わたしも真似をする。

「今回は、レッドチェダーのチーズソースとBBQバーベキューソースも用意してみました」

 グレゴリオは一人ずつ、ココット皿に三種類もソースを用意していた。

「『ソーセージは教会の正午の鐘を聞くことを許されない』ということわざがございます」

「金井さん……午前中は、さすがに無理です」

 なんだ、なんだ?

「どうして? ソーセージ、どうにかなっちゃうの?」

 十一朗が金井さんに訊いた。

「ヴァイスヴルストは、ドイツ、バイエルン州の伝統的な白ソーセージで……よくいた仔牛肉、新鮮な豚肉のベーコンから作ります。非常に傷みやすいので、早朝に準備して、朝食と昼食の間のスナックとするのが現地の食べ方なのですよ」

「肉を燻さないから、味が落ちるの早いんです」

 グレゴリオも答えた。

「グレゴリオは午後いっぱい、これを作る為に食肉解体処理工場へ行ってた訳か」

「えぇ。知り合いが居るので、ちょっと都合してもらいました。自分でソーセージを作ってみたかったので。どうですか? ヴァイスヴルスト」

「おいしーい。凄いね、グレゴリオ」

「美味しゅうございます、若様」

「旨いな」

 グレゴリオは嬉しそうに、にっこりしている。ほんとに美味しい。

 食感がふわっふわで、レモンか……カルダモン? 爽やかな風味もして、確かに昼前のスナックというのはよくわかる。これを手作りして、夕飯にしようというグレゴリオも、上出来だ。いくらでも食べられる。

「付け合わせが若干アメリカンなのも……これはこれで、いいな」

 芋とザワークラウト、ではなくフライドポテトとピクルス。ドイツ料理感もあやふやだ。

「十一朗さんが、ピクルス多めのバーガー好きなんですよね?」

「あっ、これ僕に合わせてくれたんだ。ありがとう、グレゴリオ」

「今日は、こちらもあけてもらいたくて」

 グレゴリオは足元に置いていた箱を開けて、グラスとクラフトビールを配った。

「私はお酒を飲まないから」

「それは宗教的な理由?」

「ふふ」

 グレゴリオめ。にごしおって。





 食後のデザートは、朝と同じ。ヨーグルトアイスに、ミントリキュールのクリーム添えだった。グレゴリオは…………グレゴリオは、モーテルの管理人なんぞしてていいのか? 今日の夕飯は、凝りに凝っていた。ゴリゴリのドイツ料理にするでもなく、十一朗イレギュラーの好みにも寄せていたグレゴリオ……(彼の神は自らの善良なる一信徒を注視せずに居られるのか? 居られるのだな。神よ)

 おかげで物欲に駆られた焦燥は、割とどうでもよくなった。





 十一朗は、金井さんが車で狸穴家へ送っていった。グレゴリオも夕食が終われば、モーテル・パラジウムから教会へ帰る。教会? いや、グレゴリオにはグレゴリオの帰るべき場所があるだろう。わたしの帰る場所は……今はモーテル・パラジウムの八号室だ。

 わたしは湯船に浸かりながら、まったりしている。

 食卓に置かれたヴァイスヴルストと変わらない。わたしは白豚の、白ソーセージ。冷めないよう、琺瑯ホーローのボウルにプカプカ浮かんで、食べられる為に掴まれるのを待っている。(なんて気持ちの悪い想像だ)


 グレゴリオは、大きな平皿を並べて……

 グレゴリオは、ナイフ・フォークを用意して……


 人生は、悪い夢だ…………





 湯冷めしないうちに、ベッドへ潜り込む。傷みやすいヴァイスヴルスト。わたしはいぶされることもなく、わたしはされることもなく、わたしは叫びなど……しやしない。





 サウ。





【次回】3/7 奥歯

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サウの白豚 連休 @ho1idays

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