第27話 当たり前のことは誰も話題にしないもんだ
「まじまがいなくなって、せいせいするね! ふん!」
プルトはそう言いつつも、涙を流しながら震えていた。
ラバはぼくたち人間のように、手で涙を拭うことができない。
あずさみたいなファッションツンデレじゃなくて、プルトは本物だ。
間島はプルトのたてがみを撫でながら寂しそうに微笑んだ。
「そうだな。俺も馬が喋るのに慣れちまうと、向こうでやっていけるか不安だぜ。お前が悪いんだからな、プルト」
「まじまのばか! うええええん!」
ぼくたちは港に来ていた。
今日は定期船めいふらわあ丸が来る日だ。
ワールド・ゲート社の警備部門は、あれ以来姿を見せてこない。
「アニキ。別に見送りなんて、いらなかったんすよ」
「まあ、そう言うなよ。寂しいじゃないか」
間島は島を出て、本土に戻る事を決めた。
島に来た頃のぼくらと同じように、ちっぽけなリュックサックを背負っている。
「アニキ。俺は地球に戻ってワールド・ゲートと戦うぜ。どうしてもお袋の仇を討ちたいんだ」
「うん。でも、あんまり過激なことはしないでくれ」
「ま、アニキがそう言うなら暴力は自重してもいいかな」
ぼくは胸をなで下ろした。
間島はけっこうキレやすいから、心配だ。
「でも、それじゃあどうするんだよ?」
「別に暴力だけが手段じゃないぜ。黒船もGHQもそうだけど、この国はとにかく外圧に弱い。外国に行って、そこで権力を握るんだ。外から圧力を掛けて、それであいつらを解体してやる。それが一番手っ取り早いんすよ」
それは、国を捨てると言っているに等しかった。
あまり立派な国じゃないけど、それでも日本はぼくのふるさとだ。
生まれ育った場所なんだ。
とても間島と同じ事をやる気にはなれないし、素直に応援もできない。
だけど、止めるつもりにもなれなかった。
自分の小市民ぶりに、我ながら呆れちゃうよ。
ぼくは英雄にはなれそうにない。
ただ、個人的な感情として間島の事は心配だった。
「間島。本当に一人で平気なのか?」
「アニキ。俺は金持ちだぜ? 見てくれ、『夏への扉』を読んで思いついたんだ」
間島が派手派手なシャツの裾をめくって見せると、ぼくは思わず目を丸くした。
腹に金色の針金が幾重にも巻かれている。
まるで腹巻きだ。
ズボンの裾をめくると、両足首にも巻かれていた。
「な、なあ間島。こ、これってまさか……」
「そのまさかだぜ。もちろん純金さ。あの夜、例の機械で作ったんだ。徹夜でね。これを元手に色々やってみるつもりっす。マネーはパワーって言うだろ?」
「抜け目のないやつだ! 欲張りめ、軽く二〇キロくらいはあるだろ! ちょっとよこせ!」
「だーめ。アニキの頼みでも、これだけは無~理~」
ぼくと間島は肩を組んで笑い合った。
くそう、ぼくも作ればよかった。
何億円になるんだろう?
くそう、本気で悔しい。
あずさは首に書けたネックレスを外すと、間島に渡した。
「これ。ユウとセットで作ったの。か、勘違いしないでよね。別に二人が仲良くしろなんて言ってないんだから。……でも、いつか会いに行ってよね」
血縁は無いけれど、間島とユウは義理のきょうだいみたいなものだ。
間島は何とも微妙な笑顔を浮かべながらも、ネックレスを首に掛けた。
「ありがたくもらっとくよ、あずさちゃん。アニキと仲良くな」
「ええ。間島くんこそ野垂れ死なないようにね」
出航を告げるアナウンスが入った。
「へへへ。それじゃ、また!」
汽笛が鳴る。
ぼくたちはめいふらわあ丸が時空の狭間に消えるまで、ずっと見送っていた。
「行っちゃったな」
「ええ。……ねえ、兄さん」
あずさは海風に揺れる髪を軽く抑えながら、ぼくを見た。
「なんだい、あずさ」
「間島くんさ、あたしたちのことを農業の素人って言ったじゃない」
「そうだね。事実だと思う」
島に来てから三ヶ月以上が経つけど、ぼくたちの畑はほとんど家庭菜園レベルだ。
とても今期の収穫だけでは食べて行けそうにない。
当然、補助金に頼る事になる。
「でもね兄さん。あたしたちには三年間の時間があるの。それだけあれば、きっと素人なんかじゃなくなるわ。ワールド・ゲートの思惑通りになんか行かないんだから」
「ぼくもそれを言いたかったんだ。大丈夫、ぼくたちならやれるよ。ぼくたちにとって三年間は人生の五分の一、二〇パーセントだからね」
「うん。これからもよろしくね、兄さん」
「さ、帰ろう」
見送りの中に、見慣れない女の子がいた。
ショートカットの髪型で、スラリとスタイルが良い。
いかにも女の子らしいフリルの付いた白いワンピースを上品に着こなしている。
ぼくの目は、思わず彼女に釘付けになった。
誰だろう。
島では見たことないから、今日の船で来たのかな。
彼女はぼくと目が合うと、花のような笑顔を浮かべてぼくに手を振った。
えっ、本当に誰?
あずさがぼくの裾を引っ張った。
「兄さん、あたしやっぱりユウと一緒に遊んでいくわ。また後でね」
「えっ?」
あずさは美少女に駆け寄ると、二言三言何かを話した。
ぼくに向き直り、手招きしている。
ぼくは混乱しながら二人に近づいた。
「やっぱり兄さんも一緒に遊びましょうよ。さ、ユウ。今日は何をする?」
「そうだね。天気も良いし、海で泳ごうよ。僕、水着持ってるんだ」
美少女の口から、ユウの声がした。
よく見れば胸には、見覚えのあるネックレスが掛かっている。
ということは、やっぱりユウなのか?
いつの間にかみゆきちゃんの自転車が近づいていた。
みゆきちゃんはユウの前で停まると、ポーチから文庫本を取り出してユウに渡す。
「ねえユウー。かりてた本、よんじゃったー。おもしろかったよー」
「わざわざ持ってきてくれたのか。いつでもよかったのに」
「いいんだー。かえすのわすれちゃうもんねー。じゃねー」
みゆきちゃんは何の疑いもなく、美少女をユウとして扱った。
チリンリチンとベルを鳴らし、自転車で走り去っていく。
「ああ、ごめんごめん。……えっと、信也。僕、普段はあんまりこういう格好しないんだけど……変かな」
「えっ? ああ、いや。よく似合ってるよ」
あまりのショックに、ぼくはしどろもどろになっていたらしい。
「もう、兄さんったら。恥ずかしがっちゃって。兄さんが言ったのよ、格好つけながら。池本ユウとして生きろって」
そういえばそんなことも言ったっけね。
男にしては小柄だとは思っていた。
男にしては身体が柔らかいと思っていた。
男にしては声が高いと思っていた。
男にしては、いい匂いがした。
総じて確かに違和感があった。
今にして思えば。
間島もユウのことををクソアマって言ったよな。
間島のことだから言い間違いだと思ってたけど。
どうしよう。
ずっと男だと思ってました、なんて今更言えないぞ。
しかもけっこう可愛い。
あずさはイケメンじゃなくてお姫様に憧れてたんだな。
「しんや! ユウがいめちぇんだね! きゃわわ!」
プルトも気付いてたのか。
もしかしてぼくだけか? 知らなかったの。
待てよ。そういえば、ワールド・ゲートの社内人事では女は不利なんだ。
日本最大の企業なのに、取締役に女の人は一人も居ない。
すっごい前時代的だけど、とにかくあいつらは今でもそういう価値観で動いてる。
男尊女卑で封建主義で権威主義だ。
そうか、だからか。
だから男の格好をして、自分のことも僕って言うんだ。
なんかフランス革命の漫画でそういうのがあったし、イヤミなライバルに電話をかけ続けるとじつは女の子だった、ってゲームもある。
漫画やゲームと現実をごっちゃにするなよな。
ぼくはユウを見た。顔を赤らめて俯いている。
「えっと……ごめん、水着があるって言ったけど、本当はスクール水着しかなくて。しかも旧型の」
いや、それが一番いいんだよ? ……とは言えない。
あずさに怒られる。
「ねえ兄さん。あたしの水着も楽しみにしててね。ユウには負けないんだから」
あずさは少し恥ずかしそうに笑うと、ぼくの右腕に抱きついた。
柔らかい胸が肘に当たる。
くそ! こいつが悪いんだ!
ユウのことを王子様みたいな目で見るから!
なんでいつもみたいに「か、勘違いしないでよね」って言わなかったんだよ!
おかげで思いっきり勘違いしたよ!
「あずさばっかり、ずるいんだ。僕だって!」
ユウが左腕に抱きついてきた。くそう、こいつやっぱり柔らかくて良い匂いがするぞ。
「若いっていいなあ。なあ、マイアさん」
「そうですねえ、発田さん」
発田さんとマイアさんが楽しそうにぼくらを見つめながら、アイスキャンデーを舐めていた。
いつから見ていたんだよ。
さっきはいなかったのに。
タイヤが無い変なスクーターで『ローマの休日』ごっこか?
いや、マイアさんは本物の王女だから、ごっこじゃないのか。
船木の爺さんが酒瓶を掲げた。
「わしらの夏はこれからじゃ! わしの青春もこれからなんじゃ!」
それはない。歳考えてよ。
でも、船木の爺さんの言う事も一理ある。
すべては、これから。
ぼくたち一家にとっても、間島にとっても。
もちろんユウにとってもだ。
「よおし、みんな行こうぜ!」
蝉の声は地球と同じ。
異世界だというのにやっぱり空は青くて、入道雲が白く陽の光を反射していた。
ここが、ぼくらの世界。
(了)
ぼくらの世界と異世界開発会社 おこばち妙見 @otr2000
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