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素朴な灰色の石で作られてた壁には、ところどころに時の経過を感じさせる小さなひびが走っている。部屋には装飾はほとんどなく、天井は低くて、露出した木の梁が無骨な雰囲気を漂わせている。

ここは王宮クリスタル・パレスの敷地内にあるグリムゾンレッドの詰所の一室だ。

部屋の中央には、実用的な作りの木製のテーブルが置かれており、その上には簡素な金属製の燭台が一つだけ置かれている。テーブルの周りには数脚の木製の椅子があって、その一つにトマス殿が腰かけていた。


部屋の窓は小さく、外の光はほとんど差し込まないので、部屋の中は薄暗い。壁際に設置されたオイルランプの光に照らされたトマス殿の横顔を見ると、目鼻立ちがしっかりていて鼻が高く、とても整った顔をしているのがわかる。短く切りそろえられた栗色の髪は清潔感がある。モテそうだな。


王子殿下とお嬢様の契約が成立してから数時間後の現在。


俺は関係者に尋問するというトマス殿と一緒に尋問に立ち会わせてもらうことになった。

もちろん、お嬢さまの命令で。


「なぜ私があくせく自分で捜査などしなければならないんだ?大した科学捜査もできないこの世界で、私自身が行動する必要性を感じんな。ミス・マープルのように、座して謎を解明しようじゃないか。」


そう言ったお嬢様は捜査の手伝いを俺にやらせることなんかを王子殿下に許可してもらったわけだ。


「それにしても、不思議なご令嬢だな。ブラックモア侯爵令嬢は。」

昨日と今日でわりと打ち解けたトマス殿とは割とフランクに話せるようになった。グレイ子爵家の三男ならしい彼に対して、俺は一応敬語を使ってるけど。


「不思議っていうか、変なご令嬢ですよ。」

俺がそう返すと、

「そんなをこと言って…。エドモンド殿はどうにも職務に対して忠誠心がない。」

と顔をしかめてきた。自分の方が年も身分も上だとわかって、ちょっと上からになってきてるんだよな。


「そんなことないですよ。俺は俺なりにブラックモア侯爵家に忠誠を誓ってますし、お嬢さまに対してなんか、もう、忠実な犬のごとく従ってますよ。じゃなきゃ、こんなとこ来てないですし…」


「お前はお嬢さまに言われなくても捜査の協力に志願していそうだけどな。」

トマス殿が目を細めて怪しむようにこっちを見てそう言った。


「で、まず誰に尋問をするんですか?」


トマス殿に問いかけると、彼は手元のメモを確認しながら答えた。

「まずは執事のクレイトンさんに話を聞く予定だ。その後、メイド頭のスタッフォード夫人、王妃付きのメイドで、昨日悲鳴を聞いたという2人に話を聞く。」


「昨日、団長も尋問したんですよね?」

俺が疑問を口にすると、

「ああ。お前も含めて、昨日現場にいた人間には団長が調書を取っている。今日話を聞くメイドも、昨日王妃の私室にいたんで、王妃と一緒に事情を団長が聞いている。」

そう言ってトマス殿は俺に紙の束を渡してきた。


調書の内容をざっと確認する。


そこには質問の内容とその答えが人物ごとにまとめられている。昨日尋問したなら今日改めてやる必要ないんじゃないかと思ってたけど、重要な証言が確認できないな。

お嬢様に見せたら無言で突き返してきそうだ。


「時系列がまとまってないですねぇ。これじゃいつ誰がどこで何をしてたのか、わかんないじゃないですか。」

「だから、今日も尋問するんだ。」

俺の発言にちょっと怒ったようにトマス殿が言う。


「昨日は王子殿下のお茶会もあったんで、人の出入りはいつもより多かったはずですよね?もっと尋問の範囲を広げた方が良いんじゃないですか?」

「事件があった棟に昨日出入りしたものに限定して、尋問するんだ。」

俺の質問にトマス殿は嫌そうな顔で答えた。


「そうすると、あの棟に出入りした人が少なすぎませんか?」

王族のプライベートエリアに指定されている棟に使用人が4人しか出入りしてないっていうのはちょっと、あまりに少なすぎる。


「あの棟は王宮の中でもほとんど使用されていない場所なんだ。なぜか、亡くなられたイザベラ前王妃が気に入って私室を設けたらしいが…。その流れでエリザベス王妃もあの棟に私室を設けていらっしゃるだけで、他の部屋はすべて使われていないからな。」


なるほど。つまり、王妃がちょっと息抜きで一人になりたいときに使ってるプライベートエリアってことね。


「昨日団員総出で使用人たちに棟への出入りを確認して、詳しく話を聞く人間を決めたんだ。結局、昨日団長が尋問した面子と一緒だったが…」

トマス殿はそう続けた。

大変だったろうな…。使用人は数百人はいるんだから。

トマス殿にも疲れが見える。まだ20代の前半なのに。


「ふーん。棟の入り口の前に兵士がいたと思うんですけど、彼らに出入りした人間の確認はしたんですよね?」

「もちろん。あの入り口は来客用の正式な入口だからな。お前を除いて、外部からの来訪者はウェストウッド殿一人だった。」


「使用人の出入りは管理してるんですか?」

「使用人はあの入り口を使わずに、使用人エリアと棟をつなぐ回廊から直接棟に出入りするんだ。」

「てことは、棟に出入りしたかどうかは本人の申告次第ってことです?」


俺がそう質問すると、トマス殿はやれやれと言った風に

「他に確認のしようがないんだ。」

と言った。

うーん、これは捜査対象を絞るだけで大変そうだな。


お嬢様の言葉を思い出す。


「人は嘘をつく生き物だ。嘘というものは人間を複雑にする、重要な要素の一つだからな。」

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