墓場の夢

武江成緒

墓場の夢




 頭上は一面、うす灰色の曇り空。




 濃さも淡さも見てとれない、のっぺりとしたグレーが天をぬりつぶしている。

 雲間をとおす日の光の気配すらなく、いまが果たして何時なのか、見当もつかなかった。


 地上にひろがっているのは、これまた一面、灰色の。

 コンクリートの地面のうえに、ぬりつぶされた藪や木立の代わりだとでも言うかのように、無数のせきが立ち並んでいる。

 どれも小さく、くすんでいて、まるでコンクリートから生えてきた四角いきのこの群れのようだ。

 訪れるものを、黙って待ち受け、そして招き入れるかのように、奥へ、奥へと続いている。


 左と右には、百メートルほど墓がひろがってその果てには、味もそっけも感じられない、そしてこれまた灰色をしたブロック塀がそびえている。

 そう高いものでもないが、塀のうえからのぞくものは見あたらず、その向こうには何があるのか、察することもできなかった。

 前にひろがる墓石の果てがどこにあるのか、それはどうにも不明瞭で見てとれず。

 はるか彼方には、なにかがうずくまっているような丸い小山が、黒くぼんやりうかがえるけれど。

 現実感のないその姿は、地上の地形というよりは、こののっぺりした灰色の空が足元にうかべている影のようで。

 ここからどれほど離れているのか、墓地がはたしてそこまで続いているのかどうか。考える気にもならなかった。




 そんな、すべてがメリハリなく、ぼんやりとした灰色の光景のなかで。

 それに穴をうがったように、そのまん中に、あかいものがおどっている。


 紅い着物の少女だった。

 色彩のない墓場のなか、たった一人ですべての色をになうかのように。

 ありとあらゆる赤い花から、散るこうようの最期から、あざやかな金魚のひれから、夜闇にさかる炎から、そして、ほとばしる鮮血から。

 それら全てから色をしぼりだし、そこからさらにエッセンスを抽出した。

 そんな風な、地上もっとも鮮やかな紅は、燃えるように、うごめくように、風景すべてをおかすように輝いていて。


 その様は、美しいというを超えて、むしろ毒々しくすらあった。




――― てんてん、手ンまり。手ン、手毬。




 毒々しく咲きながら、ひろがる墓場のまんなかで、少女は手毬をついている。

 少女の手からしたたり落ちては、灰色の地面からまた戻る、まるで巨大な血のしずくでもあるかのような、やはり紅い、その手毬。




――― てんてん、手ン毬。手ン、手毬。




 手毬唄は単調で、ただひたすらに、そんな文句だけをりつづけている。




――― てんてん、手ン毬。手ン、手毬。




 だというのに、なぜだろうか。

 少女の、鈴をころがす声には、まさに毒々しさをふくむ嘲笑、否、哄笑が脈うっていて。




――― てんてん、手ン毬。手ン、手毬。




 決して、あの少女にかかわってはならないと、胸のなかが早鐘をうっていた。




 だというのに。




――― にゃぁ。




 聞こえてしまった。

 少女が笑いつ打つ手毬が、灰色のコンクリートに突き当たるたびに、響く、その鳴き声を。




――― にゃぁ。




 猫だろうか。

 そう思おうと努めても、その鳴き声は耳から根をはり、頭のなかに描くのだ。


 毬のなかに身をちぢめている、赤ン坊を。


 否、胎児を。




 紅いはらに閉じ込められて、幾度となく、幾回となく、笑いをこめた壊れ唄とともに地面に叩きつけられる、その胎児。


 そのビジヨンは、頭のなかにおさまらず、脊髄をすべり腹へと落ち、胸へとこみ上げ、肺から口へと吐き出さずにはいられなかった。


 忌まわしいその紅い少女に、問いかけずにはいられなかった。




『その手毬は、ぼくのお父さんではないのですか』




 手毬がとまる。

 紅いそれを胸に抱きよせた少女は。

 骨よりも、死灰よりも白いおもてをこちらへと向け。


 嗚呼、やはり。

 着物よりも、手毬よりも、毒々しい、忌まわしいその笑顔をあらわにした。






 いつの間にか。

 灰色ののっぺりとした曇り空は、そのすべてが。

 毒々しく燃え咲いて輝きうごめく紅へと変じていて。


 黙りこくっていたあの冴えない墓石どもは、いまや一面、びくんびくんと震える紅い脈に覆われ尽くしている。




 視界をうめて蔓延はびこった、紅い脈の草原は、はるか彼方。

 いまや赤黒く、血の香りと肉の息づかい漂わせるものへ変じた、あの小山へとつづいており。

 その巨大な肉塊が。




――― にゃぁ。




 と、紅い空と、墓石どもと、脈をふるわせえたとき。




――― 嗚呼、これが、ぼくの一族の歴史だったのだ ――― 。




 という声が、肩のうしろから聞こえてきて。






 目が醒めるまで、涙をながしてそこにじっと立ち尽くしていた。




《了》

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墓場の夢 武江成緒 @kamorun2018

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