因習村の魚影 最終話

「……なんちゅう格好をしてるんだ?」


 そんな辛辣しんらつな言葉に、わたしは首をすくめることしかできない。


 今のわたしといったら、白黒ビキニにホワイトブリムとかいうへきのジャムような格好していた。こんなの家の中でも痴女ちじょ認定だ。


 で、でもわたしにだって言い分はあるよっ。


「だって冬子さまがいらっしゃるとは思いもしませんでしたので」


 目の前にいらっしゃるのは、冬子さまである。もちろんパイロットのような格好は微塵みじんもしていない。


 黒ダメージジーンズに白T、腕には車にひかかれても大丈夫そうなデジタル時計。玄関には、8ホールの黒いブーツが存在感ありげに輝いている。


 ちなみに今日の夏子さまは、真っ赤な錦鯉にしきごいが印象的な浴衣を涼し気に着こなしていた。


 うーむ、姉妹とはちょっと思えないね。


「ふーちゃんのメイドはどうしたんですか?」


「仕事帰りで寄っただけだからな」


「また、あの方の追跡を振り切ったのですか。ご迷惑をかけるのはやめなさいと」


「しょうがないだろ! あたしにだって仕事があんだ。秘密のなっ」


「それは、わたしたちにも教えられない秘密なのよね?」


「あったりまえだ」


 そういう冬子さまは、警察官と自称している。でも、JKである夏子さまよりも年下ってなると……警察官っていうのはどう考えたっておかしい。もっといえば、警察官が武装ヘリに乗ってるのも。


 ま、冬子さまが夏子さまの妹であらせられるのは間違いなく、わたしたちメイドにとってはそれだけで十分だ。


 それよりも、久しぶりに会ったけれども、なんだか大型犬のような感じが増してない? お姉さまである夏子さまに会えて嬉しいのかな。


「ももか、なんか言ったか」


「い、いえなにも……」


「それよりも」と、夏子さまははしを置き、言葉を発する。「どのような用件でいらしたのですか」


「なんだよ、用がなきゃ来ちゃいけねえっていうのかよ、姉様は」


「とんでもございません。ですけれども、ふーちゃんは用がなければやってこないような気がいたしますので」


 お嬢さまの言葉に、冬子さまが頭をガシガシかけば、ハリのような銀髪が揺れた。


「なんで、夏子姉様にはバレちまうんだ……」


 驚き半分諦め半分といった感じの言葉に、夏子さまがふふふと笑う。それ、わたしも不思議に思ってることなんだけれども、たぶん、お嬢さまだから他人の考えがわかるんだろうな。そういうことにしておこう。


「とにかくな、この前のこと覚えてるか」


「もちろん。イン湯村での一件ですわよね」


「話が早くて助かる。魚人という存在はすでに抹消したから誰にも話すなよってことを伝えに来たんだ」


「わかっております。――人間とあのような危険生物が手を結んでいたと、公表するのはためらわれますものね」


 夏子さまの言葉に、冬子さまが目を大きくさせた。ちなみに、わたしもである。


 なにそれ初耳なんですけど。


「あれ、ももかには話していませんでしたかしら」


「聞いてませんっ」


「あのリゾート地では、魚人と交流があったのですよ。どのようなことが行われていたかはわかりませんが、魚人たちが動いて回るのを黙認していたと考えられます」


「ど、どうして?」


「木耳さまが言われていたではありませんか。イン湯村の社員の方にも散歩しているヒトと見間違えたのではないかと言われたと」


 ガクガク震えている木耳さまの姿が脳裏に浮かびあがる。オドオドキョロキョロしていたのは、魚人を怯えていたというのもあるけれど、社員さんのことも怖かった――?


「じゃあ、誘拐されたのは」


「ええ、わたくしたちに打ち明けてしまったからでしょう。口封じというわけです」


 そう考えると、スイートルームが荒らされていたのも納得がいく。なんで中に入れたんだろうって思ってたんだ。社員ならマスターキーを持ってるもんね。


「ってことは、わたしたちも連れ去られるかもしれなかったってことじゃないですか!?」


 わたしの言葉に、夏子さまはちゅるりと素麺をすすった。


 な、なんてことだろう。あの洞窟に行こうが行くまいが、依頼を受けた時点で魚人たちとかかわりあいになる運命だったんだ。


 わたしががっくり肩を落としていると視線を感じた。


 冬子さまが、わたしをおもんばかるような目で見てきていた。同情するなら、オカルティックなあれそれのない安寧あんねいをください……。


「そこのところはふーちゃんが何とかしてくれたのでしょう。ここに来たということは」


「ああ、姉様が考えてる通りだよ。あたしたちはあのリゾート地に巣くっていたもんをみんな摘出してきた」


腫瘍しゅようのように言うのですね」


 ニコニコと微笑みながら夏子さまが言えば、冬子さまは露骨に舌打ち。教育はどうなってるんだろう、メイドは苦労されてるに違いないね。


「……機密事項だ」


 そんな特殊部隊か未来人くらいしか言わなさそうな言葉を発し、冬子さまは沈黙する。


 しばらく、無言が続いたのは夏子さまが考えこんでいたから。


「ああなるほど。道理で、依頼人さまが覚えていらっしゃらなかったのですね」


「そうだよ。記憶を消去したんだ。光をぺかーって当ててな」


 それなんてニューラなんちゃら?


「イヤだったら、脳ミソに電極ぶっ刺してもいいぜ」


「遠慮しておきます……」


「ま、アイツもあんなこと覚えてたくないだろ。ほぼ精神崩壊寸前だったぞ」


「あんなことがありましたからね。感謝いたしますわ」


 夏子さまが頭を下げる。


 途端、冬子さまは顔をビュンとそむけた。その速さといったらF1カー並みだ。


 ベリーショートの銀髪からはみ出たピアスまみれの耳は、真っ赤に染まっている。


「ばっか。別に褒められるためにやってんじゃねーよ!」


「それでも、わたしは感謝したいのですよ。ダメでしょうか?」


「ダメじゃねえけど……」


 素直じゃないんだから――あ、なんでもないので、にらまないでくれますか。


 夏子さまは、両手を合わせて横に倒す。お願いと言わんばかりに首をかしげている。その姿といったら、どんな国の王様であっても、首を縦に振るに違いないね。


 当然、冬子さまも――ためらいがちではあったけれども――頷いた。


「よかった。それでは、夕食を一緒にし上がりませんこと?」


「別にいいよ、邪魔だろうしな」


「そんなことはありませんわ。素麺そうめんにはまだかぎりはありませんもの? ですわよね、ももか」


 わたしは頷く。健啖家けんたんかの夏子さまのために、そうめんは箱で買ってきたからね。


 うーんと冬子さまは言っていたけれども。


 遠慮えんりょがちに、わかったよ、と言った。


「では早速お皿を持ってきていただきませんと」


「わかりました」


 わたしはキッチンへと引っ込んでいく。


 背後からは、夏子さまと冬子さまのやり取りが聞こえてきていた。


「若い女の子の、浴衣姿と水着姿が見られるのですからもっと嬉しそうにしなくては」


「誰がするかっ」


 夏子さま、それはお嬢さまっていうより、おじさんって感じです。


 なんて思いながらわたしは、冬子さまの分を用意しはじめる。


「ももか、はやくいらっしゃい」


「はあい」


 わたしは返事をし、二人のお嬢さまの下へとパタパタ駆けだした。


 リゾート地では、みょーな存在に邪魔された分、夏らしいことを楽しまなくっちゃ。

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このオカルトはお嬢さまによってメチャクチャになりました。 藤原くう @erevestakiba

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