かつて主人公は初恋を手放した。
その代償の大きさに気づいた時には、もう大きな厄災に魅入られた後だった。
思いがけず鼻先にぶら下げられた逆転のチャンス。
取り戻したいと願うも、嘲笑うように襲いかかる不幸の嵐。
翻弄され壊れていく精神。
果たして、彼に救いは訪れるのだろうか。
生きるとは選択の連続だ。日常的な簡単なものから、人生の転機に至るまで。
選択の基準は様々だが、時に人はもっともらしい理由をつけて諦める。
それが戦略的撤退なのか、単なる怠惰なのか、境目は曖昧だ。
ただ、判断ミスが重なれば理想から遠のき、心は満たされず空洞を生む。
そんな時、隙間が好物の「魔」に魅入られてしまったら……
この物語の中で、多くの人が魔に呑まれていく姿が自分と重なってみえて怖かった。誰の心にも確実に存在する自己否定や自己憐憫がとても丁寧に描かれているからこそ、リアルに己の問題として読み進めることができた。
皆さんも是非、この恐怖と結末を体験してみてください。
お勧めです。
健一には、優秀な弟がいる。かつて想いを寄せた人が弟と結ばれ、一子をもうけ暮らす中、健一は田舎で細々とジャム工場を営んでいた。
しかしある日、弟の勧めで買った会社名義の株が暴落し困窮。トレーダーとして生計を立てていた弟は株の暴落を受け、事務所や家を手放すことになり鬱を患ってしまう。
お人好しの健一は、弟一家を迎えることになるが……。
鬱病の弟、かつての初恋の人、その娘との奇妙な同居生活。そして、ジャム工場で働く人々と登場人物ひとりひとりに差す『魔』。
初めは小さな『魔』は、気付かぬ内にどんどんと大きくなり、やがて闇へと移り変わり彼ら自身を呑み込んでいきます。
清廉潔白な人なんていない。負の感情というのは誰しもが抱くもの。でも、それとどう向き合い、何を大事にし生きていくか。
そんなことを考えさせられる、人の闇の一端を見事に描ききった密度の高いお話でした。
そして、しんどいお話をすらすらと読ませる作者様の筆力……、唸りました。
書き手の皆さんも読み手の皆さんも、いろんな観点から楽しめるお話です。
ぜひ足を止めて読んでみてください。
おすすめです!