因習村の魚影 14

 ヘリコプターから降りてきたのは、やっぱり知り合いだった。


 なんだかごっついヘルメットをはずし、短い銀髪をガシガシかいているのは女の子。年はかなり若い。わたしよりも年下なのは間違いない。実際の年齢は教えてもらったことがないからわからないけど。


「お久しぶり、ふーちゃん」


 フーちゃんと呼ばれた女の子は小さくため息をついた。


 彼女は、御城冬子みきふゆこさま。夏子さまの妹にあたる方だ。


 夏子さまと同じお嬢さまであり、また別ベクトルのすごい方なんだが、それはまたの機会に。


 冬子さまは口をとがらせ、夏子さまを見、


「また変なもんに首を突っこんでるんだな」


 あきれたように言った。


「それが仕事みたいなものですからね」


「あたしいつも言ってるよな。お姉様方は危険なことをしすぎだって。だから、あたしが尻ぬぐいをする羽目に……」


 ぶつくさ言っている冬子さまだって、ヘリの操縦っていう危険なことをやってると思うんだけど。


 なんて思ってたら、ぎろりとにらまれた。めちゃくちゃ怖かった。


「あ、あのっ! 冬子さまのおかげで助かりました」


「あたしもホッとしてるよ。渡したヤツが役に立ったんだからな」


 役に立ったどころじゃない。これがなかったら、わたしたちは魚のエサになってたかもしれないんだから。いや、ホントに。


 その人型の魚たちは、もうピクリとも動かない。黒煙の中で焦げともつかない香ばしい匂いを、まわりに振りまいている。もちろん、干物を焼いたわけじゃない。アイツらがそうなったんだ。


「なにしたんですか……?」


 知りたいか、と冬子さまが口角を上げる。夏子さまの笑みをお嬢さまの笑みとしたとき、冬子さまのそれは悪魔かなんかのものだと思う。


 背筋に冷たいものが走る。テストの点が悪かった時に、お母さんに詰め寄られているときというか。


 っていうか、『ワルキューレの騎行きこう』が聞こえてきそうな登場の仕方だったから、何を使ったのかなんとなく想像できる気がする。今もなお燃えてるしね……。


「こんなに派手なことをしていて大丈夫なのですか」


「しょうがないだろ。お姉様を助けるためなんだから。それに、案外あたしたちが動いた意味もあったかもしれねえなあ」


 そう言いながら冬子さまは、黒煙の根元を見つめる。遠い目をしている冬子さまがなにをしているのか、わたしは知らない。たぶん、夏子さまも知らないんじゃないかな。


 でも、今の冬子さまの姿を見ていると何となく想像できる。そもそも武装ヘリコプターなんか乗れる仕事なんてそうない。っていうかヘリの免許って18歳未満でとれるのかな。


 黒一色の服装に身を包んでいた冬子さまを見つめていたら、


「ほら戻った戻った。ここの後処理は、あたしたちがやっておくから」


「なにからなにまでご迷惑をおかして申し訳ありませんの」


 と、夏子さまは、だんまりを決め込んでいたほかの人たちに一人一人握手をしようとする。手を取ろうとするが、反応はかんばしくない。それでも、夏子さまは握手するんだけどね。


 そんなお嬢さまの手を冬子さまは乱暴に掴んで。


「そんなことしなくていいって」


「そうですか? 優れた活躍には、それ相応の感謝をお伝えしなければ――」


「はいはい。言葉だけでじゅーぶん。ももか、もう連れていっていいぞ」


「は、はい」


 わたしは夏子さまの手を引っ張ることにする。散らばった荷物とかどうしようとかは考えられない。


 冬子さまって、正直苦手なんだよね……わたしよりもちっこいのに、すんごく怖いんだ。『手乗りタイガー』じゃなくて、手乗りドラゴンってところかな。


 夏子さまは意外にもすんなりと引きずられてくれた。いつもだったら、根が生えたみたいに動かないのに。妹の言葉は聞くのかなあ、それとも冬子さまの眼光に怖がってる?


 どっちにせよ、わたしにドナドナされながら、


「それではごきげんよう。今度は三姉妹でディナーにでも行きましょう」


「わかったわかった。春子お姉様が帰ってきたらな」


 ひらひらと冬子さまは手を振って、消えていった。






 それから、わたしたちはスイートルームに戻った。


 時刻は午前5時とか6時とか。


 部屋は、物盗りかサイクロンに襲われたような荒れ方をしており、この辺で竜巻が起きたという知らせはなく、十中八九泥棒のしわざだ。


 もっというと、大理石の柱やフローリングには、ネコの爪とぎめいた傷跡が残されていた。魚の腐乱臭もある。


 なにがやってきたかなんて、口にするまでもないだろう。


 世間的には、泥棒のしわざということになったけどね。


 で、朝になって、リゾート地の人たちが騒ぎはじめる――なんて思ってたんだけど、そんなことはない。


 朝日に覆いかぶさるようにしてモクモク上がっていた黒煙は、いつの間にかなくなっていた。


 たぶん、冬子さまたちがやったんだろう。あの人たち、どんなことをしてるんだろ……?


 とにかく。


 わたしたちは帰ることにした。魚人たちに物は奪われちゃったし、依頼は解決したし、もうこんなとここりごりだよ……。





 あ、そうそう。


 木耳きがみさまとは、後日、話をした。


 ひどい拷問ごうもんを受けていた彼だったけれども、一か月もするとピンピンしていた。


「大丈夫でしたか?」


「えっと、何がですか」


 そんな返答がやってきて、わたしは夏子さまと顔を見合わせた。


 あんな凄惨せいさんなこと(くさやによる臭い責め)をされたっていうのに、それを忘れるなんてことがあるだろうか。わたしなら絶対忘れられないね。たぶん、今生は魚を見たくないし、人魚もノーサンキュー、いつだって消臭スプレーを構えて、ガスマスクをかぶって生活すると思う。


 でも、木耳さまはすっかり忘れてる。あまりのトラウマに記憶にフタをしちゃったのかな。文字通り、くさいものにフタをした。


 依頼以前に、わたしたちと連絡先を交換していたことすら覚えていない。どうしようもないので、わたしたちは帰ることにした。






 同日の夜。


 わたしたちはそうめん流しをすることにした。夏といえばってやつで、リゾート地では夏というものを一ミリとも味わうことができなかったので、することにしたんだ。ちなみにわたしの提案。


 小型ウォータースライダーでクルクル循環しつづける素麺そうめんを夏子さまがすくっては食べすくっては食べる。お嬢さまの細い体のどこにたまっているんだろうか。


 わたしはぷにぷにの横っ腹をつまんでみる。


「……ちょっとヤバいか」


 ピーンポーン。


 インターホンが鳴って、わたしはぎょっとする。時刻は午後八時。荷物の依頼を頼んだわけではないし、来客の予定もない。あったらこんな防御力のないかっこうしてないし。


 だれだろう。


 はしを動かしつづける夏子さまを横目に、玄関へ。


 のぞき穴から外を見れば――。

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