第8話

「オーケー、アンサイ、だいたいわかったよ」

聞いた話をまとめると、フリンジワイルドは超自然界のようなところにあたる。ローサッドの世界として知られる人間界を取り囲んでいるらしい。今、再生の周期が起きていて、俺もテレポートしてそこに巻き込まれたようだ。

フリンジワイルドは精霊の住む場所だ。そして、人間界にとってはものすごい財宝のありかでもある。1034年ごとにフリンジワイルドへの扉が開くと、証明を持った者はフリンジワイルドに渡り、そのお宝を手にする冒険へと挑戦することができる。そこで人々は精霊を集め、扉が閉まる時に人間界へ戻り、集めた力は人間界により良い変化をもたらすために使われる。これが第一の階層だ。

前回の周期では、人間界へと持ち帰られた精霊たちの力により、戦争、商業、美術の分野で多くの発展が遂げられた。これがすなわち人間界でゴールデンエイジと呼ばれているものだ。再生の周期により新しいエネルギーが人間界に与えられ、新しい時代をもたらす――これには俺も納得がいった。この人間界へと戻って新しいゴールデンエイジをもたらすまでが、第二の階層になる。

また、周期の終わりには、生き残ることができた有望者は『卿の殿堂』という卿たちの住む世界へと向かい、その地位を巡る戦いに挑むこともできる。それはまるで神聖な領域へと踏み込むようなものらしく、多くの人々が目指しているものでもあるらしい。

その理由は俺にもわかる。

俺が見たインダルジェンス卿とスタグネーション卿は遠い昔に卿の地位を得たそうだ。それも、気が遠くなるくらい何サイクルも前に。ともかく、周期の最後は第三の階層または最後の階層に当たる。

また、アンサイは卿たちの世界がどんなふうにして構成されているのかについても一通り教えてくれた。

まず、ここには14の領域があり、死の領域はそのうちのひとつだ。他の領域は、生・熱・静寒・光・闇・空・海・戦・幻・地球・時間・獣・混沌。それぞれの領域には領域卿と呼ばれる卿がいて、そこには最大七つの卿の印縛処という室(へや)がある。ここが俺の見た卿たちがいるところだ。

それはすなわち、死の領域の第四室の卿、死の領域の第二室の卿といったようなものだ。彼らと同じように、他の印縛処の卿たちもその名の通りの能力や哲学を持っている。アンサイは有望者が卿の地位をかけて彼らに挑めるということも教えてくれた。何人かの卿は喜んでその地位を受け渡してくれるということも。

領域卿は印縛処の卿とのみ接触を持ち、印縛処の卿は姿を表すことはほぼない。しかし、第一の階層の始まりにだけはその姿を見せ、第一の階層の間だけは生者の世界へと戻るらしい。

「これでよし、と」

聞いたことすべてを携帯電話に打ち込んで言った。

「つまりさ、フリンジワイルドは世界が存在するのに欠かせないところなんだね。共生しているって言うかさ。卿たちもさ、そのサクセスストーリーのような……」

その話をすると、空気がピリピリしたものに変わった……これはアンサイが卿について説明をしてくれた時に感じたイラつきと同じだ。アンサイは何らかの理由があって卿を嫌っている――これは100%確実に言える。アンサイの見た目からは気持ちはわからないが、怒りを感じているのだろうか?

「そうじゃ、この者が一通り述べたようにな。だが、第一の階層の有望者になるということは、これくらいでは語りつくせん。とは言え、まずは我々のレベル上げをしないといかんな」

卿の話はアンサイにとって鬼門らしい。その話をいったん終わりにしたがっていることは明らかだった。

「ああ、そうしよう。話はまた練習とかした後で」

「そうじゃな……ところでこの者はひとつ聞きたいことがある」

「どうかした?」

携帯電話をしまい込みながら俺は答えた。

「その機械はなんじゃ? この者はそれを見たことがない」

「ああ、これはフリンジワイルドから集めた知識を使って作られた機械だよ」

「……そうなのか……なるほど……」

俺もこの世界でのごまかし方がわかってきたな、と思うと嬉しくなった。俺の持ち物を使った時には、精霊から集めた知識を使って誰かが作ったものだ、と言えばいい。あれこれ考え込む必要なんかない。

「それでアンサイ、これからどうする?」

「フリンジワイルドをもっと回り、こちらが勝てそうな精霊を見つけたら服従させ、我々のものとしようではないか。そうやっているうちに、この者が前例なき者の能力が何なのかを感じることができるじゃろう」

「『服従させ、我々のものとする』? それはどういう意味だ?」

瞳の色を緑色に変えたアンサイを見つめた。

「お前さんはもう体験済みと思うぞ。ゾンビのリスを思い出してみよ。倒してしまえばもうお前さんのもの、つまり服従となるのじゃ。ひょっとしたら、リスの体から何かが出てきたのを見たのではないか?」

「なんで知ってんだ!」

「それがヴィタイと言われる経験値じゃ。ヴィタイを己のものとすれば、その力が宿る。前例なき者はリスのヴィタイにより、今のレベルは1になっておる。もしレベルをもっと上げたければ、これを繰り返すしかない」

「ちょっと待った。レベル1? マジで?」

「そうじゃが? 何か変なことでも言ったかの?」

「いや、その……ただ、ゲームの中で使うような言葉だなって思って……」

「人間のゲームは現実を反映しているってことかのう? この者は想像できるぞ、人間の子供達は有望者のように成長するキャラクターを演じたいのじゃな」

「ああ……ホントだよ……それより」

俺は立ち上がり体を伸ばした。

「俺たちはこれから精霊を倒しにいくだろ。どっちの方向に行くべきなんだ?」

「この者はすでに微かに感じておる。お前さんも同じものを感じているじゃろうから、迷わずにその方向へと進めばよい」

俺はアンサイをひとなでした――なでられるのは嫌じゃないらしい。

「わかったよ。それじゃ……こっちだ」

そう言いながら、森を横切っている道の方を見つめた。

「よし、行こう。レベルアップして、つまらない生活とはおさらばだ」

「よろしい、この者は未来に希望を感じておる。進んでいこうではないか。フリンジワイルドがどんなものか、経験を積んだらまた説明をしてしんぜよう」

「了解だ」

「まずはレベル2になることじゃ。その次に、武器をお前さんの象徴するようなものに仕立て上げることじゃな」

俺は目の前の枝を除けて、木々の中に分け入った。

「それってこの試用剣のこと?」

「そうじゃ。その剣はお前さんの個人的な欲求やニーズを映し出す……少なくとも、そうなるであろう。お前さんとこの者は一心同体だからな、その武器は我ら両者を映し出した姿になるのじゃ」

俺はフフッと笑った。

「俺たちの子供みたいじゃない?」

アンサイは困ったように笑ったようだった。

「だってさ――俺たちは印を結び、その流れを受け継いでるってことだろ」

「あ、あのな、この者はその例え話がどんなものかわかっておるぞ……」

俺はもう一度クスッと笑った。

「君は首元にいると体温が上がるんだな。知らなかったよ、アンサイ。俺だけが暑いのかな、それとも君もいつもより暑い?」

「……この者は前例なき者がそんなユーモアのセンスを持っているとは思っていなかったぞ」

俺は声を出して笑った。

「アンサイ、君ってマジでおもしろいやつだな!」

俺たちが共に旅をするなんて考えてもいなかった。簡単に決めていいことではなかったかもしれないが、考えてばかりいては時間だけが過ぎ去ってしまうし、もしかしたら俺が死んでしまうことだってあり得ただろう。今はアンサイとタッグを組んでいるから安心できるし、少しだけ自信も出てきた気がする。俺の当面の目標は自力で生き抜くこと。何が一番おもしろいかって、この世界は俺のいた世界みたいじゃないということだ。もしここにレベルというものが存在するのなら、敵を負かしていく度に俺は強くなっていくだろう。それを目標に励めば励んだ分だけ、何があろうと命を落とすことはない。本当の意味でのがんばりが報われる世界なんだ……

「負け犬みたいに死んでたまるか」

俺はつぶやいた。

「これは俺の人生だ、生き抜いてやる」


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アンプレセデンテッド・プロスペクト : 前例なき者 〜異世界・死のゲームサバイバル〜 @Rise_Guz

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