第7話

ヘビは俺のことを数秒じっと見つめてから、大爆笑した。

「なんてこっけいなことじゃ――この有望者は助言だけでは飽きたらず、この者をパートナーにしたいと言っておる。立場をよ〜くわきまえておられる」

「俺じゃダメなのか?」

「この者は一番下位の証明を持った者と契約を結ぶことはない。この者は第一の階層が始まる前から上位の証明を持った者――つまり、経験を積んだ有望者を待っておる。偉業を達成できそうな有望者と一緒に行くことをこの者は願っておるのじゃ」

「そうか……証明って何なんだ? 卿たちもそれについて話していたけれど」


すると、この時ばかりはヘビは笑いもせず、代わりに初めてため息をついた。

「お前さんは本当に知らんのかね――お前さんのことを有望者と呼ぶのもはばかられてきたぞ。お前さんをここに連れてきた者の名前も知らずに、どうやって世界の境目にたどり着いたんじゃ?」

言葉もなく、ただヘビを見つめるしかなかった。別の世界からやってきた、ということ以外は、俺には何もわからないのだ。

ヘビがまたため息をついた。

「無知なる者よ、左手の甲を見るがよい。そこに有望者としてのお前さんの位が記された証明の印があるじゃろう」

俺は左手を見、フンと鼻から息を出して、手をヘビに突き出して見せた。

「ない。俺にはそんなのないよ」

「ないわけない、そこにあるじゃろう――ややっ?」

俺に愛想を尽かし切っていたヘビは驚いたようにして俺にぐいっと近づき、首を伸ばし、手に触れるか触れないかのすれすれのところでくまなく俺の手を見尽くした。

「こ、こんなことありえん。証明を持たない者がどうしてここに? 証明がなければフリンジワイルドへ来ることはできないはずじゃ……証明なき者がどうやって人間界からここにたどり着き、境目を越えてきたんじゃ?」

ヘビは頭をにゅっと俺の顔の前まで突き出してきた。その目はぱちくりとするごとに、瞳の色を変えていた。


俺は注意深く説明を始めた。

「えぇと、俺は一度瞬きをした、目を開けるとそしたらなぜか森の中にいたんだ。そこで他の有望者を見かけたから、後ろをついていくと、卿たちがいるところにたどり着いたんだよ」

「たった一度の瞬きで? 証明なき者よ、瞬きする前にはどこにいたんじゃ?」

他の世界から来たとは言いたくなかった。少なくとも、今はそのタイミングじゃない。言ってしまったら何が起こるか見当がつかないからだ。

「牛のモンスターに襲われたんだ。死んだと思ったんだけど、瞬きをしたらここにいて。モンスターに襲われた傷も治っていた」

「牛の……モンスター? 人間界で襲われたのか? モンスターに?」

「そうだよ」

俺は、できる限り平静を装いながら会話を続けた。

「この者は……わかったぞ。この者は理解したぞ……証明なき者――いや、前例なき者よ、この者がお前さんを軽くあしらっていたことを謝らせていただきたい」

「気にしないで。誤解が解けて良かったし、俺も証明が何なのかわかったし……そうだ、それで俺が今すべきことは何か教えて――」

「この者と手を組むのじゃ。契約を結べ」

ヘビはそう言いながら俺の指をつたい、手にその冷たい体を巻きつけた。

「えっ? 待って、本当に? 君は上位の証明を持っている者と組みたいって言ってなかった? 証明を持っていない俺のレベルなんて0みたいなもんじゃないのか?」

「そんなことはない、前例なき者よ。この者が知る限り、有望者の印、すなわち証明なしにフリンジワイルドに足を踏みいれた人間はひとりもいないのじゃ。我らの未来には可能性しかないとこの者は思っておる」

「てことは、君が俺の精霊になるってこと?」

「そうじゃ、この者がお前さんと手を組んでしんぜよう」

ヘビはそう言い、120センチほどの長さの体を俺の手にきつく巻きつけた。

「だが、ほんの少し痛みに耐えてもらわねばならん」

「痛み――」

するとヘビが口を開けキバをむき出しにし、俺の腕に素早く噛み付いた。

「痛っ!」

俺は思わず声を上げたが、手をしっかりと握り腕に力を入れ、ヘビの動きを見続けた。

ヘビがキバを俺から抜くと、スルスルと俺の腕をはい上がり、俺の首周りに巻きついた。その感触にゾワっとし、首の後ろの髪の毛が逆立ったが、びくつかないようにどうにかやり過ごした。気持ちは乱れる一方だったが、俺の左手の甲に光るマークが入ったのだけは気づいていた。

「不快な気分にさせてしまったな。申し訳なかったとこの者は謝ろう。しかし、これはどうしても必要なものなのじゃ」

ヘビは言うと、スカーフのように俺の首に巻きついた。どうやらここに落ち着く気らしい。

「こ、これが証明なのか?」

「そうではない、前例なき者。証明は様々な印のうちのひとつにすぎない。証明があれば人間がフリンジワイルドに足を入れることが許される。印は、一般的に印縛処を始める時や、フリンジワイルドの報奨を利用する力となってくれるのじゃ」

「それじゃあ、これはなんの印になる?」

「共命印じゃ。我々にしか使うことができん。この印は精霊と人間が契約を結んだ時にのみに現れるものであり、ものすごく深い繋がりを示しておる。これが意味するものはな、この者はお前さんと運命を共にする契約を結んだ、ということじゃ。今、お前さんにこの者のエッセンスを注入した。これでお前さんは他の有望者と同じようにフリンジワイルドでタスクをこなせるようなったぞ。我々はもはや対等な関係じゃ、フリンジワイルドにいるどの有望者と精霊の繋がりよりも一番強い繋がりを持つ。感覚、力、感情――これら全部がリンクしている。お前さんが痛みを感じればこの者も痛みを感じる、と言ったようにな。つまり、お前さんが命を落とせば、この者の命も終わる。お前さんがこの繋がりを素直に受け入れれば、この者の名前も知ることとなる。この者の名前は今、お前さんの心の中に聞こえているはずじゃ」

「俺の心の中に聞こえる名前……オーケー。俺は俺の人生を最大限まで生き抜く。ついてこい、アンサイ!」

俺がそう言うと印が光を放ち、チクッとした痛みを感じた。痛みが消えると、家の壁にコイルが描かれたシンボルへと変化した。


アンサイは体をくねらせ、その印を見ながら俺の頭の横に顔をつけた。

「この者は共命印の形が印と似たようなものになるようにしてやった。これで前例なき者も有望者の中に混じり、遜色なく動けるじゃろう」

「了解……ありがとう、アンサイ。これからは精霊を使っていたあの男のように、俺も君のことを使えるんだな」

「多分な、でもひょっとしたらできないかもしれん。この者は印の存在は知ってはいたが、共命印がどれだけの力を持つのか、その特徴は何なのか、ということはわからんのじゃ――この者が知る限り、そういう者に出会ったことがあるやつはあまりおらん。この者の力は他のもののようにわかりやすい形で出ないかもしれん。だから前例なき者よ、フリンジワイルドを生き抜きたければ、もっといろいろと身につけるべきじゃ」

アンサイは俺の顔の真ん前に顔を突き出し、俺を見つめた。

「少なくとも、この者の知識やスキルはどうにか役に立つだろう」

「最悪の場合、君が危険を回避してくれるってことか……アンサイとチームを組んで良かったよ」

「この者は我らの未来が約束あるものになることを願っておる。そうさせるためにも、前例なき者はこの者の意見に耳を傾けたほうがいいであろう。他の有望者に遅れを取らないよう、何が起こっているのかこの者が説明をしてやろう」

「誰かがついにこの状況を説明してくれるのか? 頼むよ! 頼むから説明してくれ!」 俺は笑いながらそう言った。


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