第6話

さっきよりも必死に、より速く、木の間をすり抜けながら走った。

(なんだよ、体中が痛いじゃないか!)

男に叩かれたところはもちろん、今度は腕が燃えるように熱くなっていた。さっき熱いものが腕をかすめた時に火傷ができ、火傷の周りの皮フはただれて、火傷は黒い筋のように盛り上がってきていた。

(ど、毒? 毒が回っているのか?)

この怪我の現れ方は、アボミネーションが時々俺たちにしてくることと奇妙なくらいにそっくりだった。本当に同じようなものだとしたら、俺はもうすぐ耐えられないくらいの激痛に襲われるはずだ。


キョロキョロと周囲をうかがい、後ろを振り返ると、狂った男の叫び声はするものも、姿はもう見えなくなっていた――俺は逃げ切った!

『人の叫ぶ顔』の木にできた、口みたいなところにある穴の中に飛び込み、中にあった細いトンネルのようなところへ体全体をギリギリと詰め込むようにして入った。傷のことが気になり始めたが、気づけば目の前に地面のようなものが広がっていた。

あっ、と声を上げた次の瞬間、アミューズメントパークのウォータースライダーのようなところに倒れ込んだ。曲がりくねっているすべり台から放り投げられたように、俺の体はとんでもない勢いで投げ出されたため、声を押し殺してはいたが、頭の中では何度も叫び声を上げていた。このすべり台は木のゴツゴツとした皮からできている、トンネルに叩きつけられる度にそのことを思い知らされた。

湿った地面に顔を叩きつけられたようにして着地し、一帯が開かれた場所へ到着した。体中には切り傷やあざができてしまったが、『叫ぶ顔』の口を通って、俺はやっと気味の悪い森から脱出できたのだ。

地面にゴロンと横になり、息をはぁはぁと上げた。ここまでどうにかがんばってきたが、俺の身体は限界を超えている。冷え切った地面の上に寝転び、束の間の休息を取るのが今の俺にできること――体力が戻ってくるまで、ほんの少しだけ休みたい。

「一体これはなんなんだ?」

「フリンジワイルドのニューノーマルじゃよ」

(くそっ、またか。誰かが森の中から俺を呼んでいる)

視線を声の方へ向けると、やぶに潜んでいる赤く小さな目が見えた。

(ここにどうやってたどり着いたかも知らないし、これからどこに行くのかもわからないけれど、俺はもう負け犬にはならない。逃げたり、死ぬのをじっと待つなんてまっぴらだ、そんな弱虫はもう十分だ。こうやって、俺は過去の俺と決別する!)

俺は力を振り絞り――あの赤く小さい目の正体を見てやろうと――地面に手をつき、体を起こした。口を固く結んで膝で立ち、どうにか片足は地面を踏みしめることができた。立ち上がると足が燃えるような感覚になったが、片膝に手を当て、もう片方の手で剣を持った。

ふーっと息を吐き、剣を両手で握り、身体の前に携えた。剣士ならこの状況をどうするのか、俺が思うイメージの姿勢を取った。

お互いに物音ひとつ立てずに、赤い目は俺をじーっと見ていた。

「私が間違っていたのかな?」

周りを見回したが――近づいてくるものは誰ひとりとしていなかった。すると木々の間から冷ややかに笑うような音がこだました。俺はもう一度赤い目の方に顔を向けた。

「お前さんは正しい方向を見ていたぞよ」

なんだか不穏な声色が俺に話しかけている。

赤い目が瞬きをし、俺に音もなく近づいてきた――いや、歩くというよりも、地をはっているような様子だ。木の影に隠れると、赤い目は一瞬見えなくなったが、今度は枝にクルクルと巻きつき、赤い目の持ち主はついに姿を表した。


「どうも、新入りの有望者よ」

そこにいるのはアルビノのヘビだった。枝に巻きつき、俺の頭上から俺を見下ろしている。

拳をぎゅっと握りしめてはいたが、何が起きているのかまったく見当がつかない。しかし、この時ばかりは『これはアボミネーションではないだろう』と自分に言い聞かせていた。

「や、やあ、小さなヘビさん」

ヘビは口を動かすこともなく、勢いよく笑い声を上げ、俺に話しかけてきた。

「お前さんはおもしろいやつじゃ。武器を置きなさい。なあに、こんなちっぽけな精霊じゃ。お前さんのことを傷つける気はない」

「ごめんよ、もう腕を動かす力も残っていなくて」

「本当かね?」

ヘビは首を伸ばし、傷だらけになっている俺の腕を凝視した。

「この者が見るに、お前さんは怪我をしているようじゃ……ずいぶんひどい仕打ちを受けたようじゃが?」

「ああ……」

「精霊にやられたのか?」

「精霊? いや、男だよ――多分、他の有望者じゃないかな。やつの周りには虫が飛んでた――」

「それは契約されとる精霊じゃろう」

「そ、それだ。それが俺を攻撃してきたんだ」

「この者は理解したぞ」

ヘビはそう言うと、目の色を鮮やかな緑色へと変えた。

「その怪我はすぐ治る。お前さんを痛めつけた有望者がその精霊を自分の元に呼び戻せば、痛みも消え去るだろう」

「あの男が俺を捕まえたら、呼び戻すのか?」

「そうかもしれん。お若い有望者よ、お前さんはどうやってここに来たんじゃ?」

俺は後ろを振り返り、笑っているように見える木を指差した。

「俺はあそこからやってきた、嘘じゃない――」

「この者が思うに。あの陽気な木々らはおいたが過ぎるくらい、やんちゃしてくれたんじゃろう。お前さんを追っている者がここにやってくることは考え難い。あの木はお前さんが最初にいたところよりもっと遠くに移動させてきたようじゃしな」


その言葉で、俺はさっきまでの気持ちが吹っ飛んだように安堵の気持ちに包まれた。すると緊張の糸が切れたのか、身体には疲れがどっと押し寄せ、少しでも休みたい気持ちに駆られ、膝からガクッと崩れ落ちた。

ヘビは笑い声をあげ、この姿をおもしろがっているように見えた。

「休むがよい。お前さんには休憩が必要じゃ」

「それで、精霊のことなんだけど、一体それって何なんだ? 精霊は全部虫なのか?」

俺は尋ねた。

「そうではない。簡単に言ってしまえば、フリンジワイルドの中に住んでいるものは皆精霊じゃ。有望者は精霊と契約を結ぶことができる、願い出たり、継承したりしてな。お前さんが出会った有望者は継承精霊を付けていたんじゃろう」

「ふうん……おもしろいな……ってことは、俺のことを追いかけてきた亡霊たちもそうなのか! あ、ゾンビのリスも殺したんだ――これらはみんな――」

「そうじゃ、精霊じゃ。みんな精霊じゃ」

「ちょっと……整理させてくれ。有望者、精霊――精霊を付けた有望者――いろいろありすぎておかしくなりそうだ……なぁ、俺が今すべきことって一体なんだと思う?」

「もしフリンジワイルドを生き延びたいのであれば、精霊と契約を結ぶことじゃ。この者はお前さんが火急に精霊を見つけることを推奨するぞ」

「そ……そうか、わかったよ……生き延びたいなら……」

「不可欠なことじゃ」

「きみが俺の精霊になるっていうのはできないのかな? きみも精霊なんだろう? 俺にも優しくしてくれたし」


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