8月29日は焼肉の日。皆さま、ハチノスはお好きですか?

平井敦史

第1話

 8月29日は「焼肉の日」なのだそうです。

 だいたい、この手の「今日は何の日」ネタって、そうか今日は〇○の日なのかと気付いてからエッセイを書き始めたら、出来上がるのは翌日以降なんですよね……。

 まあそれはともかく、普通のお肉も美味しいですが、ホルモン焼きも美味しいですよね。しかもリーズナブル!

 そんなわけで、私が特に好きな、でもメニューに無いお店も多い、ハチノスについて語ってまいります。


 まず、「“ハチノス”って何じゃらほい」、という方もいらっしゃるかも知れませんので説明しておきます。

 ハチノスというのは、牛(およびその近縁種)の四つある胃のうちの一つ。ミノタウロス、ハチノスタウロス、センマイタウロス、ギアラタウロス四兄弟の次兄です。

 ……嘘です。ミノタウロスの「ミノ」は「ミノス(ミーノース)王」に由来し、胃とは関係ありません。でも「ギアラタウロス」はちょっとかっこいいと思うの。

 あと、脱線ついでに、ミノタウロスの本名は「アステリオス」というらしいです。これも無駄にかっこいいですね。


 ご存知の通り、牛の仲間は草をモグモグしては「胃」の中で微生物によって発酵させ、それをまた口の中に戻してモグモグ、を繰り返します。これを「反芻はんすう」と言います。

 この、食べた草を発酵させるための消化器官が、四つあるとされる「胃」のうちの前二つ、第一胃ミノ第二胃ハチノスなのです。

 三つめの第三胃センマイは、第二胃ハチノスから送られてきたものを選別し、小さなものはそのまま第四胃ギアラへ、大きなものはもう一度第二胃ハチノスへ送ります。また、栄養分の吸収も行います。あのパイル地みたいな無数の絨毛じゅうもうがその役割を担っているんですね。

 このように、四つの「胃」のうちの前三つは、牛の仲間独特の反芻のための器官であり、食道が変化したもの。我々人間はじめ他の動物たちのような、本来の「胃」は、第四胃ギアラだけなのです。なので、強力な酸である胃液が食道や口腔に逆流してくることはありません。


 さて、肝臓レバー心臓ハツなどの部位とともに、ホルモンとして食材にされるこれら四つの胃の中でも、私が特に好きなのは、先述の通りハチノスです。

 無数のヒダで細かく区切られ、その名の通り蜂の巣のような見た目をしたこの部位。一般的に焼肉屋などで出てくるときは真っ白ですが、本来は黒っぽい薄皮で覆われています。ちょうどセンマイと同じような色合いですね。

 この薄皮を手間暇かけていて下茹でして、はじめて食用になるのです。もっとも、薄皮を剥かずに黒っぽいのをそのまま提供している焼肉屋も中にはあったりしますが。


 やっぱり、メニューに無いお店が少なくないのは、この下処理の面倒臭さゆえなのでしょうか。大体、ホルモンは多少なりとも下処理に手間暇かかるものではあるのですけどね。

 皮を剥く手間だけでなく、下茹で加減も中々難しいようで、茹ですぎるとふにゃふにゃになってしまいイマイチです。


 でもだからこそ、美味しいハチノスが置いてある焼肉屋さんに巡り合えると嬉しさもひとしおなんですよね。

 ちなみに私は、一般的には焼きすぎとされるのかもしれませんが、表面のヒダがパリッとなるくらいまで焼くのが好みです。


 あと、海外ではハチノスを煮込み料理などに用いる地域も少なくなく、中華料理にもハチノスの煮込みとか、ハチノス入りの中華粥などがありますし、イタリア料理では「トリッパ」と呼ばれ、トマトと煮込んだりしますね。

 中南米などの地域にもハチノス煮込みはあるようで、メキシコ料理屋で食べたこともあります。


 日本では残念ながらメジャーな食材ではなく、スーパーの精肉コーナーでも、ミノやセンマイ、小腸テッチャンやレバーなんかは置いてあっても、ハチノスが置いてるのは見たことがありません。日本人ももっと食べればいいのにね、と思う今日この頃でした。



 最後に余談。エッセイを書くためにWikiなどで色々調べているうちに知ったことを、書かずにはいられないのが私の悪い癖なのですが、どうかお付き合いください(笑)。


 牛などの仲間が反芻と呼ばれる食物の摂取方法を行うのは先述の通り。

 ひづめを持つ動物、偶蹄類ぐうているいのなかでも反芻はんすう亜目あもく(ウシ、ヒツジ、シカなど)に分類される仲間と、ラクダ亜目がこれに該当するのですが、実はそれ以外にも意外な動物が反芻を行うことが近年発見されたそうです。


 それは、霊長類れいちょうるいのテングザル。

 ボルネオ島に生息するサルの仲間で、現在では絶滅危惧種に指定されており、日本の動物園でも2024年時点ではよこはま動物園ズーラシアでしか飼育されていないのだとか。

 その名の由来である天狗のような長い鼻が一番の特徴(ただしこれはオスだけ)ですが、実は泳ぎも得意で、指の間には水かきもあります。天狗と河童のハイブリッド!?


 そしてもう一つの特徴は、立派な太鼓腹。彼らの主食は木の葉で、多くのサルの仲間が餌とする果物類と異なり、非常に消化が困難なため、長大な消化器官を抱えているのです。

 長い腸には食物繊維セルロースを分解する腸内細菌を共生させ、また、反芻動物によく似た、三つないし四つにくびれた――実際には前の部分は食道の一部なのでしょう――胃を持っていて、2000~2001年および2005~2006年の観察例から、実際に反芻(に類する行動)が観察されたのだそうです。


 このようにして、栄養価が高く消化も良い代わりに探すのに労力を要する果物類に見切りをつけ、栄養価が低く消化も悪い代わりに、難なく手に入る葉っぱを主食とする道を選んだテングザル。おかげで今となっては、果物は彼らにとっては栄養過多。食べると腸内で大量のガスが発生し、命の危険もあるのだとか。


 そう考えると、肉から野菜から果物から、何でも食べてしまう我々人間というのはかなり特殊なんですよね。実際、我々は平気でも、犬や猫が食べると猛毒、という食品も多いですし。

 何でも食べることができるよう進化したご先祖様に感謝しつつ、何でも美味しくいただくといたしましょう(なんだその結論)。

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