あをの瓊音(ぬなと)
松嶋豊弐
第1話
靑褪めた
ささやきに似た
山を掘り寶玉を採るは、
兵庫縣は寶塚市、
葵のたつきは至つて易しい。
白き皿に盛られた
「やァ〳〵、おはやう」
多田滿子の息子、柾は葵の
この
「やァ。おはやう」
柾は葵を抱き締める。
「ちよつと……」
「惡かつた、惡かつた。朝はおまへが勃ち易いものな」
柾がさつと離れるが、葵はきまりが惡さうにする。
逢瀨を重ねるうち、殊に柾と
葵と柾は求め合ひつつも、葵の身軆を考へて、肌が觸れるは憚る。言はずもがな
「どうにも遣る瀨無うて、日々身悶えさせられてゐるよ」
「嗚呼、わてもや。辛うてかなわん」
二人はお互いの手にさへ觸れぬ。
ふと、屋敷の前に黑いクゥペが止まつているのに氣がついた。
大きな黑の背廣の男が車から降りて來る。
「濟みません。
「へえ、わての事で御座いますが……」
疑はしう思うたが、柾はもう遲かつた。
がつしりとした背廣の男は、藥を嗅がせて昏らませ、葵を擔ぎ上げた。
こゑを出す閒もなしに、黑のクゥペは葵を乘せて走り去つた。
柾は立ち盡くすまゝであつた。
葵はしづかに微睡んでゐた。
………………、
…………、
…………、
……ん。
……、
さう、たしかに。
きつと……、
夢を視た。
ちぎれながらに、繋がつてゆく缺片。
忌まはしい前觸れ。
葵は目をそむけたうなつた。しかしながら、どないにもする事がでけなんだ。
目をそむけることが赦されぬ眞、或いは幻。
暗き霧の中に射すひとすぢの光の行く先。
ざわめきさざめいては、葵の
明日を羨んで、光射す
つやゝかな
ハンス・ベルメェルの
いにしへの
儚き
モォリス・ラヹルの
ひたすらにおちてゆくわたくし。
オモヒカネノミコトがかろやかに舞ふ。
ポキリと折られた言葉。
媾はひ合ふ
リヒャルト・ヴァアグナアが滅ぼす
そして…………、
……。
…………。
………………。
……………………。
………………………………。
光、匂ひ、濕り。
ひとつぶの雫の落ちる音────
葵は目を覺ました。
嗅がされた藥の甘き匂ひがかすかにした。
腰掛けに縛りつけられ、全くの眞裸に剝かれてゐた。身軆が動かせぬ。脚を開く形で据ゑ置かれ、葵のたをやかな
「お目覺めかい」
恐ろしさで葵は口籠もる。
「何も怖い事をしやうつてんぢやないョ。君には
居丈髙な
「おや〳〵、勃つてゐないぢやないか。困るなァ」
背廣の男は
刺された痛みの後に、みどり色の藥が襲ひ來る。熔けた鉛の如き渦が身體の内を
「アアァ……」
花の莟の如くに萎へていたものが、見る〳〵うちに
にはかに
背廣の男は苦々しきかんばせで舌打ちをする。
「違ふ! やり直しだ」
忽ちに、腰掛けの穴から艷めかしき黑色の張型が現れ、尻に押し當てられた。
「嫌ッ……!」
張型のおほよそが、ぬめりけを帶びた汁に覆はれると、葵の桃色の
「おまへ、
「ひィ、何卒お赦し下さりませ……」
三日の閒、葵を責め
葵は今、
向かへに來給へと柾に
柾は葵をかへりみつつ、心解いたこゑやつた。
待つ閒、葵は虛ろになつたと思うた。
「葵!」
着くや否や、人目も憚らず、葵を抱き締めた。柾の溫かさに淚が頬を傳つた。
「言はんならん事があつて……」
葵は言葉がなか〳〵出なんだ。
「あゝ、心安うしてくれ。ゆつくりでええさかひに……」
柾がやさしうに背中をさすると、途切れ〳〵に譯を傳へた。
「あ……、わてな……捕まつてゐる閒に、
柾は葵をきつう抱き締めた。
「何もなうてよかつた。其ないな事があるものか。
目頭に淚が溜まる。
「さうか、さうか。ありがたう……」
二人は額をつけ、そして口づけを交はした。
長き、長き口づけであつた──
あをの瓊音(ぬなと) 松嶋豊弐 @MatsushimaToyo
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