エピローグ

 で、結局どうなったかというと。


 隣国の王女サマのご遺体と、その仲間達のご遺体……と呼べるかどうかの物を持って、我らが王太子殿下が隣国へと乗り込んだらしい。


 最初は溺愛していた王女むすめを無残に殺された国王が大激怒して、わたしの身柄は隣国へと引渡され、我が一族も全員死罪、隣国との開戦待ったなしだったらしいが……。


 王女サマのご遺体からも見て取れる変容が、仲間達の人の手ではとても行えない無残な遺体の様子が、全て『厄災』の手をとったからだと明らかになった瞬間、風向きは変わった。


 ……それだけどの国でも『厄災』は禁忌とされていて、その嫌悪感は根強い。


 だからこそ、『厄災』の手をとるような愚かな王女を育てたと隣国の王は、自分の息子でもある隣国の王太子に糾弾され、あっという間にその座を追われ、王女の生母でもある側妃、というか向こうの国でも側室制度はないそうだから、非公認の愛妾共々、離宮へと追放されたらしい。


 そして、空座になった玉座を継いだ隣国の王太子は、むしろ我が国に謝辞の意を表明し、わたしは『厄災』の手下と化した異母妹おうじょを退けた勇気ある者として讃えてくれたそうな。……て、そこまで言わせるって、あの王女サマはお異母兄様に嫌われ過ぎじゃないか? いったい何をしでかしてたのだろう? まぁ、深くは知りたくないけど。


 それを満面の笑みで教えてくれた我が国の王太子殿下は、その時ついでに~と、とんでもない事を教えてくれた。


 曰く、今までは内定という形で公にされていなかっただけの、ティボー公爵令息ロベール・アラン・ティボー・ル・ロワと、バタンテール辺境伯令嬢レリアーヌ・バタンテールの婚約を広く公にすると。


 なんでも、隣国に留学しているティボー公爵令息様は、ティボー公爵令嬢であるアン様がそのお命を狙われていると知って、心配のあまり一時帰国されていたそうで。

 で、その際にたまたま、たまたま? アン様と仲が良い、婚約者候補でもあったバタンテール辺境伯令嬢が、妹御の代わりに攫われた事を知ったそうな。

 でもって、憐れなバタンテール辺境伯令嬢を救う為に駆けつけたところ、『厄災』によって変容した隣国の王女サマと対決することになって、あわやとなった時に『厄災』に詳しいバタンテール辺境伯令嬢が、ご令息を庇ってそのお命を救ったそうで。

 それにいたく感激したご令息が、バタンテール辺境伯令嬢との正式な婚約を望んだとかなんとか……。


 ……いやなんだかですね?

 大筋は合ってる……合ってる? わたしが攫われたのと、隣国王女サマに『厄介な隣人』が関わってたことと、わたしがとどめを刺したことしかあってなくないですかね?

 あれ? 結構あってる?

 いやでも、わたしがアラン様の婚約者候補だったとか、正式に婚約者になったとか、初耳が多すぎますが?




「あら? 随分難しいお顔をしてるけど、どうかしたの? レア」


 女学院のカフェテラス、イイ感じに植栽の影になる席で、カップに注がれた紅茶の水面をぼんやりと見つめていると、後ろからふわりと良い香りと共に、涼やかな声がかけられた。

 まぁ、近づいてくる気配で、その正体はわかっておりましたけど。


「……人生について悩んでおりまして……」


「あら? まぁレアったら……。お兄様との婚約、まだ納得していないの?」


 何も言ってないのに、いつの間にか目の前の椅子にちゃっかりと腰を落とし、程なくして紅茶が運ばれてきた。

 美しい所作で紅茶を一口飲んだアン様が、揶揄うような口調でわたしに問いかける。


「納得してないというか……大体釣り合わないではないですか? 麗しの公爵令息様、しかもロア持ちのお方と、一介の田舎令嬢では……」


「もうレアったら。過ぎた謙遜は嫌味よ? 大体貴女がご自分で田舎令嬢とか言うから、バタンテールを知らないご令嬢方がつけあがるんじゃない」


 呆れたような声色で、わたしの背後に視線を走らせるアン様。

 恐らくそこには、以前わたしがアン様と親しい事に難癖付けてきたご令嬢方がいるのだろう。

 最近わたしとアン様のお兄様(とされているアラン様)の婚約が発表されたので、その恨みがましい視線はより一層強くなっている。


「いや、バタンテールは十分田舎ですよ?」


「バタンテールはその実力で、我が国の危機を何度も救ってくれた英雄の一族じゃない。

 住み慣れた土地が好きだからって、今の領地から動かないし、領地を増やすことも爵位を上げる事も断るから……」


 真実を知らない低位貴族に舐められるのよ? とアン様。


「……恐怖で遠巻きにされるくらいなら、侮られた方がマシなんですよ。アン様」


 そこだけはきっぱりと言わせてもらおう。

 いつにないわたしの口調に、驚いたようにアン様が息を呑んだ。


「……そう。でもお兄様は本気でレアが愛しいと思っているから、この婚約を早く正式なものにしたいと思っていたのよ。

 例の件がなくても……ね?」


「……っ?! もうっ! 恥ずかしくないんですかっ?!」


 思わず小声で訴える。頬が熱い気がするのは、この際陽気のせいにしておこう。

 だって……目の前にいるのは淑女の鑑と名高いアン様だけど、その正体はわたしの婚約者だというアラン様なんだから。

 面と向かって言われたら……恥ずかしいじゃないっ!!


「いいえ? だって本当の事だもの」


 妙にきっぱりと告げたアン様が、ぐっとその麗しいお顔を近づける。


「だからぜってぇ……逃がさねぇよ? レア?」


 いつもよりぐっと低い声でそう告げられて、わたしの耳まで熱くなったのは……いうまでもない。



 

 

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銀のとばりは夜を隠す ニノハラ リョウ @ninohara_ryo

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