ブルーバードは幸せな夢を見るか?

もも

ブルーバードは幸せな夢を見るか?

 青井鳥子あおいとりこは、産まれる前から神の寵愛を受けていた。

 鳥子の両親はある宗教の熱心な信者だった。


「神様、どうかこの世に存在する誰よりも、この子を一番に愛してください」


 母親は膨らんだ腹をさすりながら祈りを捧げた。

 父親は綺麗な金も汚い金も、すべてをまとめて祭壇に積み上げた。

 神からの愛を求める両親の一途な声は、見事に聞き届けられた。

 

 鳥子は神の祝福を受け、心地良い腹の中から無理やり外の世界へ引きずり出され、寒さに泣き喚いた。

 ようやく鳥子と会えた家族は、その存在の確かさに歓喜した。

 

 鳥子が歩き出して間もない頃、兄弟姉妹が次々といなくなった。


 ひとりは車道を自転車で走行中、転んだ拍子に大型バイクのタイヤに頭蓋骨を砕かれた。

 ひとりは海中に捨て去られた釣り糸に足首を捕らえられ、浮かびあがることが出来なかった。

 ひとりは何物にも執着しない性格がゆえに、自ら命を処分した。


 兄弟姉妹に続き、父方および母方の祖父母、両親の全てがこの世の者ではなくなった。


 祖父母および父と母には、兄弟姉妹はいない。

 鳥子は家族全員を失ったが孤独な身の上になるのと引き換えに、祖父母と両親が蓄えた財産をすべて受け継いだ。


 年を追うごとに、鳥子は美しい娘へと成長した。

 静かな雪原に音もなく首ごと落ちた椿のように、佇むその姿をがくに収めて独り占めしたくなる衝動に誰もが駆られた。


 思春期、鳥子は恋をした。

 相手は柔らかな髪をした朗らかな青年だった

 鳥子は青年を校舎の屋上へ呼び、告白した。

 鳥子が想いを伝えると、青年は「嬉しくてこのまま空を飛べそうだ」と言うなり、フェンスを飛び越え足場のない空中へと勢いよくジャンプした。


 傷付いた鳥子を慰めたのは、近所に住む男だった。

 男は優しく微笑みながら「君のためなら死ねる」と言い、鳥子の目の前で駅のホームから飛び降りた。


 大学生になった鳥子は、就職活動に真面目に取り組んだ。

 内定を貰った小さな会社は、鳥子が初めて出社する予定だった日の早朝、給湯室から出火しビルごと燃えてなくなった。


 自身の存在意義を求めた鳥子は、周囲に乞われるまま両親が心酔していた宗教団体で働くことになった。


「欲とは汚いものである。欲はという姿を取って現れる。汚れは浄めなければならない」


 鳥子から考える力を奪おうとした指導者は、脳を走る血管が至るところで破れ帰らぬ人となった。


「欲とは汚いものである。欲はかねという姿を取って現れる。汚れは浄めなければならない」


 鳥子から私財を取り上げようとした幹部は、借金取りに内臓を分割され売られた。


「欲とは汚いものである。欲はにくという姿を取って現れる。汚れは浄めなければならない」


 鳥子を散らそうとした教祖は、嫉妬に駆られた他の教団の女性たちから刃を向けられ身体中を穿うがたれた。


 団体は解散の道を辿り、鳥子に残されたものは神へ続く道だけだった。

 神は、目覚めることのない深い眠りについた鳥子を見ている。


『この世に存在する誰よりも、この子を一番に愛せよ』


 神は鳥子を無二の者とするために、鳥子を取り巻くあらゆるものを否定した。

 ヒトの願いが成就したことを確認すると、神は鳥子を置いて去った。


 神に愛でられ、神によって作られた籠に閉じ込められた鳥子。

 神からの愛を失った今、青井鳥子はどのような夢を見ているのだろうか。

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