あの日のメロディー
篠崎 時博
あの日のメロディー
夜空に輝く星たちは
今日も静かに願います
君の小さな夢がいつか
どうか叶いますようにと
だから安心してお眠り
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
「なあに、それ」
いつか昔、膝枕をしてくれていた母に僕は聞いた。
「お星様の歌だよ」
「お星様の歌?」
「そう、お星様の歌」
「2番は?」
「ないよ」
続きがあると思った僕に母は笑って答えた。
その日から「お星様の歌」は夜寝る前の定番になった。
「歌って」と頼むと、「はいはい」と困ったように、でも半ば嬉しそうに母は答えて歌ってくれた。
「ねぇ、眠れない……」
布団の上、まんまるの目で不安そうに僕を見つめながら、娘の
「眠れない、か……」
かつて自分にも似たようなことがあったこと、子供はふとした瞬間に教えてくれる。
(眠れないとき、母さんは何をしてくれだっけ……?)
子育てをしていて、頼りになるのは親というより、自分の子供の頃の記憶だったりもする。
「……あ!お星様の歌、歌ってあげる」
「お星様の歌……?」
「うん、小さい頃、パパのママがね……。えーと、おばあちゃんがね」
紬は不思議そうな顔をしたので、僕は言い直した。
「いつもじいじの家で紬がお祈りしてるおばあちゃん。分かる?」
月に二回ほど行く実家には、母のために用意したこじんまりとした仏壇がある。最初は黒と金で装飾されている仏壇を、宮殿のドールハウスだと思って何度も扉を開け閉めしていたりしていた紬も、最近ようやっと「死んだ人を祈るもの」と認識し始めていた。
「死んじゃったおばあちゃん……?」
「そう、死んじゃったおばあちゃんが、歌ってくれたんだ」
母は紬が生まれてすぐに亡くなってしまった。ガンだった。紬が妻のお腹にいる時に判明していたが、生まれてきた孫を見て安心したのか、その半年後にはこの世を去ってしまった。
「それ、どんな歌?」
紬は目を輝かせた。
「えーと、夜空に輝く……、星たち、は……」
「……」
歌い始めたものの、肝心のメロディーが思い出せないことに気づいた。
(どんなメロディーだったっけ……?)
「……続きは?」
催促するように少し冷めた目で紬は言った。
「えっ、あっ……、ちょ、ちょっと待って……」
脳内で必死に記憶を探る。
(思い出せ、思い出せ……。頑張れ、僕の記憶……!)
「……もういいや。パパ、おやすみ」
紬は不貞腐れてしまったのか、僕と反対方向を向いて寝てしまった。
「ごめん……」
子供はまるで小さな大人だ。
そう思うのは、時折見せる仕草が妻を思い出させるからだ。
昔は随分と聴いたはずなのに。
これほどまでに出てこないとは。困ったものだ。
そういえば、母はよく、教育番組で流れていた歌を僕と一緒に歌ってくれた。
「教育番組……。そうか!」
僕はネットで、昔見ていた教育番組の名前と歌詞の出だしのフレーズを入れて検索した。
しかし、該当するようなものは出てこない。
知恵袋も調べたが、唯一の返信が『30年くらい前ですか?私の知る限りでは、そういう感じの歌は無かったですね〜』であった。
さらに、某教育番組が販売しているベストアルバムのようなCDもダウンロードした。……が、やはりそれらしき歌は中に入ってはいなかった。
あのメロディーを思い出したい。次第にそういう思いがふつふつと湧くようになっていた。
その週の休日はちょうど、父に会う日になっていた。
母が亡くなってから、一人で過ごす父が気になって、こうして週末はなるべく会うようにしている。
紬の進学に合わせて新築を考えているが、二世帯住宅を勧めても、長く住んだ家を離れたくないといつも断られてしまう。
そんな父に、先日紬に歌おうとした「お星様の歌」の一件を話した。
「懐かしいな……。お前、その歌よく母さんにせがんでいたもんな」
「父さんも覚えてる?歌える?」
必死になってそう言うと、
「え?いやいや流石に忘れたよ」
「だよな」
母が歌ってたとき、父は大抵風呂に入っているか、ご飯を食べているかで、いつも聴いていたわけではない。
「それに、あれ、即興で作った歌だったしな」
「……え?」
「即興」と聴いて思わず聞き返した。
「即興……?教育番組で流れてたとか、CDがあるとか……」
「えぇ?ないない。何、売ってる曲だと思ってたの?」
父は笑いながら返した。
「だって、いつも歌ってたし……」
「まぁな」
父は仏壇に飾られている母の写真を眺めた。
「母さん、保育士だったろ?仕事中に子供からせがまれて、とっさに歌を作ったりすることがよくあるって言ってたな」
「お星さまの歌」と言ってたものの、最後は「ねんねこよ」というような子守唄のようなフレーズがある。即興で少し適当に作ったのなら妙に納得がいく。
夜空に輝く星たちは
今日も静かに願います
君の小さな夢がいつか
どうか叶いますようにと
だから安心してお眠り
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
もう聴けないメロディー、聴こえないメロディー。
今度は、紬に僕が歌おう。
僕の、僕なりのメロディーで。
あの日のメロディー 篠崎 時博 @shinozaki21
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